顔なし姫3
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「こいし
こいし」
「こいし
かなし」
ひらひら ひらひら
つぶやきと呼応するように、いくつもいくつも桃色が落ちてくる。
下は湖。
暗くて前も後ろも見えないが、花弁が落ちるたびに生まれる波紋が、底は水だと教えてくれる。
ここは主が作りだした空間。
一日の、ほんの短い時間だけ行ける場所。
どうしてかは分からないけど、ここは少しだけなつかしい気配がする。
ここは、ぼくに一番関係する場所なのだと、主は教えてくれた。
ぼくも、そう思う。
絶対にここにこなければいけないと言うわけではないけれど、どうしてか行かずにはいられない。
ーここにいるのは だれですか?ー
今日は来てすぐに手紙を書いた。
前は時間がきて、すぐに帰らなくちゃいけなかったから。
「こいしこいし」
「こいしかな・・・」
ぴたりと、鳴き声がやんだ。
「だあれ?」
花びらの雨がやんで、はじめてこっちに声が響いた。
「誰か、いるの?」
慌てて、ほかの花びらに文字を書く。
ーどうして ないて いるんですか?ー
桃色は、すうっと奥に吸い込まれていった。
「さみしいの。
一人になってしまったの」
どうして、一人になったんだろう。
誰を、なくしたんだろう。
でも・・・
ーなら ぼくが となりに いますー
気づけば、そう書いていた。
「ありがとう」
ーあなたは どこに いるんですか?ー
ここがもう少し明るければいいのに。
そうすれば、あなたが見つかるのに。
もし、姿が見えたらまっすぐに飛んでいくのに。
けれど
「・・・」
声が、止んだ。
なにか、悪いことをいってしまっただろうか。
ーあの・・・ごめんなさいー
少しして、一枚だけ桃色が落ちてきた。
ねえ、泣いてるの?
ごめんなさいと、もう一度書こうとしたとき
「どうして、あなたが謝るの?」
だって・・・
「ごめんなさい。
勝手に黙ってしまって」
ー・・・ごめんなさいー
「だから、どうしてあなたが謝るの?
悪いのは私のほうよ」
それから、また少しの静寂。
どうしよう、帰りの時間が近づいてくる。
「ねえ」
かすかに震える声。
また、桃色が落ちてくる。
「1つだけ、約束をしてちょうだい」
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