こいしかなし2
小さな小さな、光の玉があった。
―本当に、その人の為だったの?-
誰の物とも分からない声。
ぼくは首を傾げた。
「どういう意味ですか?」
―あなたは、自分の為には生きていないの?-
「ぼくは、ずっとあの人のために生きてきました」
―それなら、どうして忘れてしまったの?-
「それは、約束の所為で…」
―本当に?-
「え?」
―それなら、どうして忘れた後、取り戻そうとはしなかったの?-
「それは、全部忘れてたから」
―うそだよー
―記憶は忘れてても、強く長く思い続けた思いは染みついてる―
―大切だったなら、それだけ無意識に取り戻そうとするものだよ―
ぼくは、何もしなかった。
いや、なくした物を取り戻そうと焦る気持ちがなかった。
―本当は、どうでもいい物だったんじゃないの?-
「違う!」
それは、違う!
絶対に!
だって、ぼくの中はあの人でいっぱいだったんだもの。
ぼくの生きる意味は、あの人だけだったんだ。
―それは、昔の君でしょ―
じゃあ、今のぼくは?
今のぼくの中身は、一体何でできてるの?
◆◆◆
ばきっと、空間が割れる音がした。
クロの足元の地面が、まるで板がひび割れるようになくなって、双子もろとも下へと落下する。
時を超えて
世界を超えて
それはクロたちのような存在に許された特権。
そして今回飛ばされたのは
ざぶん
花びらが舞う、湖の空間だった。
◆◆◆
主という役は、刷り込まれたものだった。
でも、ぼくは主と一緒に行動すること本当は楽しんでいた。
「行こう」
と明るく笑って、ぼくを知らないところに連れて行ってくれる。
あの人とは正反対の主。
記憶のないぼくの中身は、確かに主でいっぱいになっていた。
―本当は、だれでもよかったんだよ―
光の玉はまるで馬鹿にするように言う。
―自分を必要としてくれるなら、誰でもよかったんだよ―
―かわいそうにねえ、あんな物の怪に騙されて、すりかえられて君は本当にかわいそう―
かわいそう?
ぼくは、かわいそうなの?
◆◆◆
『『じゃあ、どうすればよかったんだ!!』』
水の中に沈みながら、双子はクロの首を絞める。
小さな4つの手は、その大きさからでは考えられないほどの力を込めてくる。
「知らないよ!
知るわけがない!」
必死で振りほどき、クロは泳ぐ。
水面へ向かって。
そして水をかき分け、唯一の陸地にたどり着いた。
枯れかけの一本の桜。
その下に倒れる、二つの影。
クロは少女に駆け寄り、抱き起す。
「生きてるかい!?」
体中がまるで落としたガラスのようにひび割れた痛ましい姿。
少女の命が長くないことは一目瞭然だ。
「物の怪め…」
苦しそうに、うらめしそうに、少女はうめく。
「よかった」
安堵して、すぐ、クロは言う。
「お願い、ボクに願ってくれ」
「どういう、ことかしら?」
少女はクロを嫌っている。
大切な人を奪った奴なのだから当たり前だ。
彼女にとって、クロに願うことは、憎い仇にすがることと同じこと。
分かった上で、クロは頼むのだ。
「ボクは、誰かに望まれないと力を使えない
なにも叶えられない
キミが望めば、キミも、あの子も助けられるんだ!」
「何をバカなことを…」
少女は、本来ならばこの空間以外では生きられない。
神としての力はほとんど残っていない。
それでも、息抜き位に外に出てもそこまでの影響はないはずだった。
約束を破った反動は、そこまで重い物だった。
放っておけば、数分で彼女は死んでしまう。
「分かっているわ
私のせいだってことくらい」
人の姿で眠る蝶々を、彼女は見る。
「このまま一緒に死のうと思っているの」
神である彼女が、こうなることを予想できなかったなどありえない。
「あなたと初めて出会った時だって、本当はこの子と一緒に消えればそれでいいと思っていた
それが、今に変わっただけよ
あなたの思い通りにはならない」
蝶々は今、深い眠りについている。
記憶の中を、心の中をさまよって、永遠に目覚めずに死んでいくだろう。
それが、彼に跳ね返った反動。
「…なのに、どうして?」
少女は、ひび割れた手を伸ばしクロの頬に触れた。
「悔しそうな顔をしてくれなくちゃ、困るわ
どうして、今にも泣きそうな顔をしているのよ」
神様にとって、クロのような存在は、世界の理を崩す悪しきもの。
本来は天に還るはずの魂が醜く歪んだもの。
そのはずなのだ。
だから、悪役のような顔をしてくれなければ困ると彼女は思う。
こんな風に、まるで幼い子のように苦しまれたら、困ってしまう。
「あなたは、私から――を奪った悪者でいなくちゃいけないのよ
けして…けして
あの子が、はじめて言ったわがままを叶えてくれた恩人だなんて思っちゃいけないのに…」
少女の瞳から、一筋の涙。
◆◆◆
―かわいそう、君は本当にかわいそう―
「どうして?
どうして、ぼくはかわいそうなの?」
―だって、記憶をとられて大切な人から引き離されて、挙げ句にこんなところまで落ちてきて…これのどこが幸福だって言うの?―
―誰もが言うよ
君は不幸だって―
光の玉はぼくの周りをぐるぐる回る。
―そうだ、どうせならあいつらを皆殺してしまおうよ―
「でも、ぼくはここから出られないんでしょ?」
―大丈夫、力を貸してあげる
少しの間なら、外に出られるようにしてあげる―
―だってぼくは、神様から生まれたもの
力を込められたものだから―
―恨みをはらそうよ―
◆◆◆
「助けなさい
私と、あの子を」
少女がつぶやいた瞬間、クロのマントが大きく揺れた。
まるで空気を含んだように膨れ上がり、クロの体が溶けだす。
解けて、黒い液体になったクロは少女と蝶々を包み込んだ。
一見すると、まるで呪いに侵されているように光景。
けれど、塊の中でじわじわと少女はその力を取り戻し、ゆっくりと黒い卵から姿を現した。
そして
『『クロ、みいつけたあ‼!』』
黒い水面から飛び出した双子を
「無礼者!」
吹き飛ばした。




