桜の話3
その人は、人間のことが好きだと言っていた。
「だって、面白い建物や文化を持っているのよ
動物たちとはまた違った進み方をしていて、おもしろいわ」
「そうですかねえ」
人間は、たまにこの湖にやってくる。
人間の間では聖地と言う場所らしく、病気の人や、願いを持った人がお祈りに来るんだ。
でも、だれも神様の姿は見えない。
もちろん、精霊であるぼくも、本来の蝶々の姿の時は人間には見つからない。
「私はなにもできないわねえ」
人が願い事をするたびに、その人は悲しそうにうつむく。
「あなたの本当の仕事は、それじゃないでしょ
それに、人間の願いなんて叶えてたらキリがないですよ」
そうだ。
人間は強欲だ。
一昔前までは、この森はもっと大きかった。
けれど人間達はもっと豊かな暮らしがしたい、広い所がほしいと、森を壊してしまった。
彼らのせいで、一体いくらの動物の命が消えただろう。
つつましく暮らしていくだけの恵は与えられてるはずなのに。
人の欲望は天井知らず。
本当に、嫌いだ。
「ほらほら
そんな怖い顔しないの」
そしてこの人がどうして人を護ろうとするのかも分からない。
「可愛い顔が台無しよ」
「ぼくは男の子です!」
「ふふ
ごめんなさい」
全く…でも、この笑顔には叶わない。
この人が望むなら、少しくらい人間の幸せを願ってもいいかもしれない。
◆◆◆
本来なら、蝶々を少女の元に行かせる必要はなかったのだ。
そのことは約束の中に含まれていなかった。
行かせれば、せっかく奪った記憶が戻って蝶々は逃げてしまうかもしれない。
いや、そもそもどうしてゲームをして勝ったらもらうなどと言いだしたのか。
素直に、願いの変わりに従えと言えば、ことはもっと早く進んだはずだ。
そのことを双子が言及すれば
「…」
クロは黙って俯いた。
◆◆◆
ぼくは、あの人の手の中から生まれた。
ずっと1人だった神様が流した涙の一滴がぼくだった。
「だれもいない
だれもが私をおいて行ってしまう」
生きる時間が、周りとは違い過ぎた。
ただ、1人でもいい。
側にいてくれる存在が欲しいと、神様が強く願い、蝶々の姿の精霊が生まれた。
ぼくの存在はあの人の為。
ぼくの意思はあの人の意思。
ぼくの存在意義は、あの人。
「決めたわ、あなたの名前はーーー」
そのはずだったのに、どうして、もらった名前が思い出せないんだろう。
深く深く
あふれた水が下に落ちるように
ぼくはもっと深く、沈んで行く。
◆◆◆
それだけではない。
あの蝶々はクロのシモベという役を与えられていた。
蝶々の性格上、主が命じれば絶対に裏切ることはない。
『『どうして、もっとしばりつけておかなかったの?』』
記憶を取り戻そうとするな
なにも考えるな
言えば、その通りにしたはずだ。
そして、蝶々はもっと簡単にこちら側に来ていたはずなのに。
それどころか、双子の目の前にうずくまるそれは、蝶々の記憶を呼び戻そうとするかのように
少女が昔、彼に告げたようなことを口に出したりしたのだ。
成功率をどうして下げたのか。
『なあ、クロ』
『また、繰り返す気?』
◆◆◆
「ねえ、あなたはどこか行きたいところはない?」
時折、その人はどこか寂しそうにそう言う。
「私は、確かに1人になりたくなくて、あなたを生んだわ
でもね、時々思うの
私はあなたを縛ってしまっているんじゃないのかって」
「そんなことないですよ」
ぼくは、あなたの側にいたいからいるんだ。
あなたが、笑っていてくれればそれでいい。
あなたの望みが、全部叶えば良い。
あなたが、幸せならそれでいい。
そういえば、その人はいつも悲しそうにぼくをその手の平で包む。
「どうして…」
どうして、ぼくがあなたの幸せをくちにするたび、悲しむの?
ぼくが小さいから?
ぼくがバカだから?
ぼくが無力だから?
もっと、もっと、ぼくに力があったらいいのに。
刀をもらったのは、そんなことを思っていた頃だった。
ぼくは悩んで悩んで、そしてたのんだ。
もっと強くなりたいと。
そしたら、あなたは、自分の力を使ってぼくに一本の刀をくれた。
青いさやに納められた、それはぼくの中に吸い込まれた。
「いい?
これは、あなたが本当に必要だと思う時に使いなさい
あなたのために、使いなさい」
これで、あなたを守るんだ。
うれしくて、うれしくて
何度も使いかたを練習した。
なのに、守れなかった。
◆◆◆
『なあ、クロ』
『まだマニアウわよ?』
◆◆◆




