桜の話2
◆◆◆
「それでも…どうして、約束をやぶらせたんだ
どうなるかは、キミ達が一番よく知っているはずだろう!?」
『『………』』
「ボクを作ったキミ達が、どうして約束の邪魔をするんだ」
ゆっくりと、クロはその場に座り込んだ。
◆◆◆
「…そう、それでここにきたの」
経緯を話すと、少女は静かに頷いた。
どうやら、ここは主が作ったあの黒い空間の中らしい。
本来の姿ではなく、人の姿で来るのは初めてだ。
「やっぱり、あなたがあの声の人だったんですね」
真っ暗な、湖に浮かぶ小さな陸地。
そこには一本の桜の木が咲いていた。
明りもないのに、ほんのりと花が光り、思わず見とれるほど綺麗だと思った。
「どういう、つもりなのかしら
あの物の怪」
「あの…」
襲る襲る、ぼくはなにか悩んでいる少女に話しかける。
「なあに?」
「おしえて…」
どうしてぼくがここにいるかを尋ねようとしたその時
―ぴしー
ぼくの中で、何かがひび割れた音がした。
◆◆◆
崩れ落ち、クロは荒い呼吸を繰り返す。
『おや、どうした?』
『あら、大丈夫?』
クスクス笑う2人の声が頭上に降ってくる。
その響きに不安げな物あh一切なく、むしろ分かり切っていたことを嘲るようだった。
「わかってたくせに」
忌々しそうにクロは言う。
「ボクたちの約束がどんな意味をもつのか、教えたのはキミ達じゃないか」
◆◆◆
まるで、割れた水槽から水があふれ出すようだった。
ぼくの中に閉じ込められていた何かが、ゆっくゆっくり、でも確実に勢いをまして
「どうしたの?」
不安げな彼女の声をかき消す。
少しづつ、何かが割れて行く。
あふれて行く。
―これは、約束だよー
聞きなれた声が耳の奥で反響した。
◆◆◆
彼らは願いを叶える存在だ。
叶える願いに、対価は必要としない。
それはつまり、願いを叶えるための契約の様なものは一切しないということだ。
彼らは願いを叶えた後、なにも手を出さない。
例え、これを叶えたとして結末が悪い方に転がっていくとしても、ただ、見守るだけ。
例えば、森の外へ出たいと願った少女
例えば、愛しい人を手に入れたいと願った青年
例えば、夢の意味を見つけたいと願った少女
口にするかしないかは問題ではない。
人が抱える強い願いを感じ取ったのなら、彼らはそこへ行くだろう。
◆◆◆
気が付くと、ぼくは真っ黒な空間にいた。
桜の咲くあの場所とも違う。
なんの気配もない、真っ暗な部屋。
「どこだろう?ここ」
なんとなく進んで行くと、小さな窓があった。
窓というか、まるで空間を切り取ったような白くて四角い枠だ。
「なんだろう?」
覗いた時
―あら、また転んだの?―
玉を転がすような、軽やかな声が聞こえてきた。
◆◆◆
『なあ、クロ
オレは怒ってるんだぜ』
『ねえ、クロちゃん
アタシはシンパイしてるのヨ』
対価を求めない彼らがそれを求める時、約束は意味を持つ。
『どうして、間違った契約を伝えた?』
『ドウシテ、ためらったノ?』
彼らが約束をするときは、仲間を増やすとき。
仲間にできそうな器を見つけたら、言うのだ。
願いを叶える代わりに自分の物になれ
と。
願いの形は多少は複雑にしてもかまわない。
ただ、もしその願いが途中で破られれば、そのむくいは
願いの中心に全て跳ね返ってくる。
◆◆◆
そこは綺麗な湖だった。
森の中に広がる大きな空間。
空気は柔らかくて、水は触れると少し冷たいけれど、風は暖かい。
動物たちが良く休みにやってくるその湖の真ん中には、小さな島が浮かんでいた。
島には一本の桜の木が生えている。
どんな時期でも枯れることのない、美しく不思議な花だった。
ぼくは、そこに住んでいた。
桜に宿った神様。
少女の姿のその人に、ぼくは仕えていた。
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願いの反動で、クロの体は大きくきしむ。
「どうして…」
『だから言ったじゃないか』
『オコッテるって』
『『ばれてないとでもオモッタ?』』
「ボクはまだいい…でも、こんなことしたら、あの子は耐えられないかもしれないことをしているくせに」
◆◆◆
「あら、また転んだの?
おっちょこちょいねえ」
ぼくは普段は蝶々の姿をしているけれど、人間の姿にもなれる。
ただ、蝶々と違ってこの姿はひどく動きづらい。
「しょうがないじゃないですか
歩くのは苦手なんですから」
主の頼みで人の村の様子を見に行っては、ぼくは必ず転んでけがをして帰ってくる。
「普段から練習しないからでしょう」
その人はぼくの頭を優しくなでる。
「ほら、今日も私に森の外のことを話してちょうだい」
その人は、依代である桜の木から長く離れられない。
でも、好奇心が旺盛な性格でよく外の話をねだってくるんだ。
「しょうがないですね」
ぼくはその度に話す。
森の外に広がる村のこと。
人間の営みや、おもしろいと思ったこと。
あの人が笑って、目を丸くして、それから笑うことがうれしかった。
「私も、外に出られたらいいのに」
「わがまま言わないでくださいよ」
その人はいわゆる土地神と言うもので、この辺りで一番空気が綺麗なここで地の流れを保っているらしい。
そのおかげで、この土地は枯れないそうだけど、ぼくには説明が難しすぎてよくわからない。
とにかく、この人のおかげで、空気が綺麗なんだって思うことにした。
「いつか外に出られたら、色んな所にいきましょうか」
「いつかっていつです?」
「いつかよ
そうだ、その時のことを考えて計画を立てましょう」
「無駄だと思いますけど」
「あなたって、本当につまらないわねえ
それとも、まじめっていうのかしら?
そんなんじゃもてないわよ」
「余計なお世話ですよ」
変わり映えのない、でも幸せな日々だった。
◆◆◆
『『いいじゃないか
こわれても』』
ケタケタ
双子は笑う。
『『そのほうがカンタンなことをシッテいるくせに』』
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