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魔法使いのくつ5


◆◆◆



最近、彼女は毎晩こっそり外に出る。

目立たないように路地に隠れて、たまに通る人間をじっと見つめる。


目当てはキレイな足の人。


幼いころから、それだけを見ていた彼女の眼は確か。


「あの人だわ」


女性はそっと、目当ての人物の後をつけ始めた。


◆◆◆




「ああ、本当に忌々しいわね」


落ち着いて、どこか気品のある口調。

路地の奥からゆっくりと現れたのは、薄桃の着物をまとった一人の10代半ばくらいの少女だった。


若草色の瞳を鋭く光らせ彼女は主を見据える。


「久しぶりね

物の怪」


主は目を向いて


「なんで」


それだけ言った。



◆◆◆


音を決して立てないように、底の柔らかなクツを履いてきた。


(今日こそ、今日こそ)


彼女は理想を守るためなら、どんな努力もおしまない。

まるで、どこかの国の女王様のよう。


いや、実際、彼女は女王さまなのだ。



◆◆◆


少女がぼくを見てなにかを言った。

けど、その言葉はまるでノイズがかかったように聞き取ることが出来なかった。


少女がわずかに目を細める。


「ごめんさい

約束、やぶってしまったわ」


彼女はぼくと主、どちらにもそう言った。


◆◆◆


悲鳴が上がった。


また一人、足を切り取られた。


オニは誰?


もう、答えは出ているよ。

書かれていたよ。


警戒されなくて

親しまれて

夜に歩き回ってもおかしくない人。


ー全く、警官は何をやっているのかー


捕まらないのは、捕まえる人がオニだからさ。


◆◆◆


「あの二人か」


主はつぶやき、険しい顔で少女に詰め寄った。


「今すぐ戻るんだ」


「どうして?」


少女は動かない。


「分かっているくせに、どうして出てきたんだい!?」


「あら、そのほうがあなたには都合がいいんじゃない?」


一体、なんの話をしているのだろう。

少女の背後には、路地が作る闇が広がっている。


真っ黒な、景色。


―こいし かなしー


「あ…」


ぼくは無意識に指差した。


「桜」

◆◆◆


女王様は、許さない。

自分の国を荒した人を許さない。

自分のものを冒涜したことを、許しはしない。


「やっと、見つけた」


クツを愛する彼女にとって、自分の作品の色を勝手に塗り替えられることほど

むしずの走ることはないのだ。


オニ退治の時間だ。


追い払おうか。

つかまえようか。


そんな面倒なことはいらないよ。


一生、黙らせればいいんだ。


女性は、うっとりと切り取った足を眺める警官に、持っていたナイフを振りかざした。













「なにを、しているんだ?」













いつの間にか、後ろに一組の夫婦が立っていた。

食事の帰りか、余所行きの服装に、履いているのは彼女が見立てた靴。


驚く彼女をよそに、女の方が悲鳴を上げた。

続けて


「人が死んでるぞ!!」


叫ぶ男性。

集まってくる人達。

倒れた警官。

足の切り取られた人。

ナイフを持つ靴屋の主人。


「違う、違うのよ」


女性は誤解を解こうと叫ぶ。

自分は、クツを冒涜する、オニを退治したかっただけだと。


あたりまえだけど、誰も信じてはくれない。


彼女は逃げ出した。



「どうしよう!どうしよう!」


死人に口なし。

誰も真実を語ってはくれない。


女性は願った、誰にも捕まらない場所に連れて行ってと。

誰も自分を責めない墓所へと、彼女は一歩踏み出した。



◆◆◆


目の前に、桜が舞う。

やっと、会えた。

何故だかそんな気がした。


「なんで?」


口をついて出た言葉。

彼女は不敵に笑い、主を指さした。


「ねえ、あなたは本当にこれが主なんて上等な存在だと思うの?」


◆◆◆


どぼん


水に落ちる音。

なるほど、海の底ならきっと誰も追って来ない。


「いや…」


助けを求めるように女性を手を伸ばす。


「助けて…」


数分後、黒いハイヒールの片方が水面に浮かんだ。

残念ながら、拾ってくれる人はいなかった。


◆◆◆

ふいに、主の目の前に人間の魂が現れた。


怯えるように揺れる魂。


「食べないの?」


少女の問いに、主はなにも言わない。

けれど少女は分かり切ったように


「せっかく、あなたが仕込んだ魂でしょう?

そのために、願いをかなえているんでしょう」


非難の目を向けた。

そして主は


「戻るんだ」


魂片手に少女を見据える。


「今すぐ、戻れ!」


主のマントが膨れ上がり、少女の体を包み込んだ。


◆◆◆



それから、その町では靴屋の殺人鬼のウワサがしばらくはやったそうだ。


「怖いわねえ」


「全く、すっかり騙されていたよ」


歩く彼らの足を包むのは、とある女王様の作品達。



彼女の最後は、誰も知らない。



◆◆◆


静まり返った路地で、主はゆっくりと魂を飲み込んだ。

それからぼくを見て


「ごめん、ぼくこれから用事ができちゃった」


いつも通りひょうきんに笑う。


「だからさ、適当なところで時間つぶしててよ」


「え?でも…」


主はぼくの目の間に立ち、そっと肩に触れた。


「ちょっと色々狂ったみたい

戻ってくるまでは、キミの行きたいところにいけばいい」


とん、と肩を押された時足に地面の感触がなくなった。


「え?」


「ごめんね」


主の顔が遠くなる。

狭くなる視界の向こうで、かすかに歌声が聞こえた。


「 ♫

♪バラの花輪だ 



♪手をつなごうよ♫,



ポケットに 花束さして♬,



ハックション! ハックション!




みいんな ころぼ♪」







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