絵描きの世界4
◆◆◆
『なあ、あんたも』
『そうオモウでしょ?』
そして2人は今、花びらが舞う世界に立っていた。
「物の怪め」
忌々しそうに、桜の主はつぶやいた。
◆◆◆
夢中で扉をたたき続けて、ようやくあいたと思った瞬間走った。
後者はもう、真っ暗で、普段なら怖がってたけど今はそんなこと、言ってられない。
息を切らして教室に飛び込んでからは、正直記憶があいまいだ。
ぐしゃぐしゃの絵
ボロボロの筆が転がってる
お前には、価値がないと言われた気がした。
誰にも信じてもらえないのに、描く意味がどこにあるの?
自分を表現するものさえ
嘘つきと言われるのに
意味はないよ。
気が付くと、筆は砕け散っていた。
無意識にあたしが壊したのだろうか。
どろどろの画用紙の端に、虹があった。
彼女、みたいだと思った。
どんな世界でも、まわりから美しく、キレイでいられる、彼女みたいだと思った。
(もう、いいや)
そう、思って学校をでた。
ふらふらと、鍵のついた校門を乗り越えようと手をかけた時
『ちょっと、そこ行く』
『オネエさーん!』
ふいに制服の両袖を惹かれて、足が止まる。
なにかと思って見下ろせば
『あそぼうよ!!』
真っ黒なマントを羽織った、二人の子供がいた。
なんでこんなところに子供が?
馬鹿みたいにぽかんとしてたら、子供たちはきゃっきゃと笑い出した。
よく見ると、顔がそっくりだ。
双子なのかもしれない。
『びっくりしてる?』
『ビックリしてル!!』
「あ、あなたたち、どこの家の子?
こんなところに勝手に入っちゃいけないよ。」
とにかく、放っておくわけにはいかない。
もしかしたら、近所の小学校で肝試しでも流行ってるのかもしれない。
どうしたものかと考えていたら
『くんくん』
『クンクン』
両側から、においをかがれてびくりとする。
「な、なに!?」
は!もしかして、ずっとトイレにいたから臭かった!?
自分の腕を鼻に押し付けてにおいをかいでいると
『するよするよ』
『アノコのニオイ』
顔を見合わせ、クスクス笑いあう。
その、なんというかあまりにもそっくりすぎる仕草に、少しだけゾッとした。
双子なんて、こういうものなんだろうか?
『ねえねえ』
『アソボウヨ!』
「ええ?」
ダメだよ、と言う前に、双子は勝手に話を進めていく。
『なにがいい?』
『かくれんぼハ?』
『鬼ごっこ!』
『ニラメっこ!』
『あんまり騒いじゃダメだよ』
『あのコにミツカッチャウ』
『それなら、ちがうばしょにいこう』
『ボウケンごっこ!』
『それがいい!』
『ソウシヨウ!』
双子は、両側からあたしの手を握った。
「ちょっと、あなたたち・・・」
『ケンケンパで、マルをわたろウ!』
気が付くと、目の前に大小さまざまなマルが地面に掘られている。
「え、なにこれ!?」
暗くて気が付かなかっただけだろうか?
戸惑うあたしの手をひいて、双子は走り出す。
もちろん、手をつながれてるあたしも。けど
『まるをはずれたら、どうなるの?』
『オッコチチャウよ?』
『どこに?』
『ドコかに!!』
よろめいたあたしは、マルから遠く離れた場所に足をついた。
その瞬間
「!?」
ぶあっと、足元から風が吹いて。地面を踏む感触がなくなった。
「きゃああああああああ!!!」
落ちる。
そう気づいたときは時すでに遅し。
『ウサギをおいかけたワケじゃナイケド』
『ふしぎのせかいへは、あなの、むこうにいかなきゃね!』
『『あははははははははは』』
笑い声と一緒に
おちる
落ちる。
「きゃっ!!」
とすん、とお尻から着地する。
随分と長く落ちていた気がするけど、思いのほか衝撃は軽かった。
「一体、なんなのよ・・・」
立ち上がってあたりを見渡す。
上も下も、右左すべてが真っ暗。
なんにもないし、なんにも見えない。
少しだけ進んでみるけど、壁や行き止まりがある感じはしない。
上を見上げても、光の1つも見えない。
一体、あたしはどこに落ちたんだろう。
「どうしよう・・・」
足をとめ、ため息をついた。
「母さんたち、心配してるかな・・・」
こんなに遅い時間まで外に出ていることはなかった。
帰った説教の1つや、追及も免れない。
なんて言い訳しようかと考えて、思う。
「別に、いいかな」
帰らなくても、いいかな。
帰って、あたしはどうしたいんだろう。
好きなものも、嫌いになりそうなのに。
帰る意味がどこにあるんだろうか。
ここがどこかは分からないけど、いっそ、消えてしまってもいい。
きっと、その方が楽かなあ。
「…そうしたら」
そうしたら、彼女はどう思うだろう。
笑うかな、少しくらいは罪悪感の1つも感じてくれればいいけど。
そうだよ。
いいじゃないか、別に。
「いっそ、もっと下まで落っこちればいいのに」
つぶやいた時
『お姉さん』
『ミーツケタ』
ひやりとした柔らかいものが両手に触れ、ひっと心臓が縮み上がった。
『さあ』
『イコウヨ』
今までどこに消えていたのか知らないが、あの双子はまるで暗闇から抜き出たみたいに姿を現した。
ダボダボのマントは暗闇に溶け、青白い顔が光もないのにやけにくっきり浮かび上がっている。
なんというか、異質な何かを感じた。
「あなたたち・・・もしかして、座敷童?」
学校のウワサを思い出し、聞く。
『ざしき?』
『ワラシ?』
二人はケラケラ笑い
『お姉ちゃんが』
『そういうことにシタイなラ』
『そうすればいい』
まるでとるに足らないことだとでも言うように話題を放ってしまう。
『そんなことより』
『ハヤクいこうヨ』
『いいでしょ?』
『イイよね?』
『『ハイかいえすで、こたえてよ』』
『あははははは』
『キャハハハハハ』
「・・・はい?」
息継ぎなしで、くるくるしゃべるから、もうどっちが話しているのかさっぱり分からない。
混乱するあたしの手をひいて、双子はまた走り出す。
「ねえ、一体どこに行く気なの?」
『ねえ、一体どこに行く?」
『ネエ、いったい、ドコにイキタイ?』
ばたばたと、あわただしい足音が響く。
『なにをみようか?』
『ナニガみたい?』
なんだろう、両手をひかれて窮屈な姿勢で走っているせいか違和感を感じる。
『例えば』
『タトエバ!』
ぱたぱたぱた
壁もないのに、反響音。
でも、それじゃない。
『誰かの心の中』
『ナットクのいかないコトノしんそう!』
どきりと、心臓が固まる。
まさか、この先に、彼女の心が見えるのだろうか?
そんな、都合のいい、おとぎ話みたいな出来事があるんだろうか?
『だめだよ』
『ナンデ?』
ぱたぱたぱた
あたしの足音。
『だって自分の気持ちは自分のもの』
『ノゾキナンテ、はしたない』
そうだ、おかしい。
あたしの足音しか聞こえないのが、おかしい。
『それに、それはお姉ちゃんのしたいこと?』
『ソレハ、おねえちゃんが、ホシイこと?』
二人の足音が聞こえない。
こんなに、激しく足を動かしているのに、こんなに、走っているのに。
やっぱり、この二人は人間じゃない。
でも…
『『ねえ、おねえちゃんはどうしたい?』』
それを知って、あたしはどうするって、いうんだろう。
『ほら』
『ツイタ』
気が付けば、目の前には灰色の扉。
『さあ』
『イコウヨ』
向こう側にあるのは、地獄?
どっちにしても、いいものじゃなさそうだ。
けど、もういいじゃないか。
同じ言葉を繰り返す。
「もう、いいよ」
やりたいことは、なんにもない。
扉はゆっくりと開かれた。
扉の向こう側は、ガラクタが一面に広がっていた。
目の前の世界は、まるで捨てられたおもちゃ箱みたい。
人形、クレヨン、ミニカー、虫取り網
子供っぽいものから始まって
ギター、ピアノ、パレット、マイク、カメラ、ボール、料理道具
妙に高そうなものまで千差万別。
無造作に積み上げられている。
でも、どれも一様にどこか壊れていて、使い物にはなりそうにない。
あの双子は、またどこかに消えたようだ。
くぐったはずの扉は消えて、あたしはまた1人。
へたりこむと、がしゃりとガラクタがわずかに崩れた。
壊れて
動かなくて
必要とされない。
「まるで、あたしみたい」
目的のないおもちゃ。
あたしも、このままガラクタになるんだ。
そう思って、目を閉じた瞬間
「だあれ?」
かわいらしい、舌足らずな声が聞こえた。
目を開くと
「あなた、人間?」
光の玉が、浮いていた。
どっかのオカルト話に出てきそうな人魂がとっさに思い浮かぶ。
真っ白で、淡い光で構成されたそれは、あたしの周りをぐるりと浮いて、再び目の前に戻ってきた。
「ねえ、どうしてここにいるの?」
「…わかんない」
首を横にふると、光はわずかに揺れる。
「ねえ、私、これから上に行くの。いっしょにいきましょう」
「やだよ。ていうか、あんた、何?」
「私?私はね」
光は、どこかうれしそうな声になり、その輝きも一回り大きくなった。
「私はね、ガラクタだよ。
前の私が消えて、今、生まれなおしたばかりなの。
前の私は食べられちゃったけど、自分の役目は忘れてないよ。
ねえ、ここは人間のいる場所じゃないわ。
いっしょに、いきましょう」
「…いや、帰らない」
まるで小さな子供みたいに、顔を横にそむける。
ガラクタが、困っている気配がする。
「そっかあ、じゃあ、私もいけないなあ」
「…なんでよ」
あたしになんか構わず、勝手に行けばいいのに。
「だって、かわいそうだもん」
なんだ、同情?
「あなた、勘違いしてるから
勘違いされたガラクタたちが、かわいそう」
あなたじゃないよ、とガラクタは言った。
「………」
ー傷ついたのは、こっちよー
彼女の声が、耳の奥にこだまする。
「やめてよ」
もう、あそこにいたくないんだ。
「やめて」
もう、なんにもしたくないの。
「どっか、行ってよ!!」
手を、たたきつけるみたいに下に振り下ろした。
がしゃん、と音がしておもちゃが大きな音をたてる。
光は、なにも言わない。
しばらく、あたしの荒い息が続く。
「ねえ、痛い?」
「はあ?」
一瞬、なんのことか分からなかったが、光があたしの手元に移動したことからたたきつけた手のことだと気づく。
「・・・」
ふしぎと、痛みも衝撃も感じなかった。
「痛くないでしょ?」
うなづくと、光はクスクスと、かわいらしい笑い声を出す。
「ここはね、夢のカケラたちの眠る場所なの」
「夢?」
「そうよ。
人間が、手放しちゃった夢達。
傷ついた、ガラクタたち。
私は、それ全部でできてるの。」
「なんのために?」
「消えないために」
「意味わかんない」
ガラクタなんて、消えたっていいじゃない。
捨てたっていいじゃない。
「うん。人間はそれでいいの。
捨てて、壊して、忘れて、いいの。」
「だったら、なおさら、無駄じゃない」
「そうだね。
でも、進めるでしょう?」
「は?」
「自分を生み出した人間が、ちゃんと生きれるなら、捨てられてもいいの。
ここは、そんな優しい夢達が眠る場所」
「なによ、それ」
意味わかんない。
けど、ガラクタはとてもうれしそうに宙を舞う。
「だって、夢は傷つけるためにあるんじゃないもの」
憎らしい、と思った。
なんで、こんなに楽しそうなのか、と。
どれだけきれいごとを並べてもここはガラクタの墓場じゃないか。
なんにもできない、役立たずじゃないか。
あたしより、劣ってる。
あたしより、汚いくせに。
なんで、なんで
「ねえ、いっしょに戻ろう」
そんなに、楽しそうなのよ。
役目とか、したいこととか、どうしてあたしにないものを、あんたが持ってるのよ!
「ねえ、大丈夫?」
あたしには、ない。
こんなに、カタチにできるものは、なんにもない。
ガラクタにすら、できないのに。
傷ついたガラクタ?
「ふざけないで!傷ついたのは、あたしよ!!」
叫んだ瞬間、彼女の顔が、頭によぎった。
「なんで・・・」
顔をふせた瞬間、目の奥が熱くなった。
「なんで・・・」
まるで顔をのぞきこむみたいに、光が視界に入ってきた。
「もう、やだよお・・・」
「泣かないで」
光は優しく慰めてくる。
「いいよ。
別に、いいんだよ。
苦しいなら、あなたの思いはここにおいて行こうよ」
そうすれば、楽になれる?
「それで、あなたが進めるなら、いいんだよ」
あたしは、進めるの?
したいことも、代わりの道も知らないのに、進めるの?
「大丈夫、消えないから」
この傷は、消えてくれないよ。
「あなたが忘れる、だけだから」
でも、忘れられるの?
「それで進めるなら、いいじゃない」
そんなの…
「そんなの、いやよ!!」
涙も鼻水もボロボロ出しながら、叫んだ。
「ふざけないでよ!
優しくして、何様のつもりなのよ!!」
絵を描くことが、好きだった。
でも、その好きは、誰かを傷つけた。
「なに勝手に決めてんのよ!!」
今も、これからもきっとそれは続く。
あたしがそれを好きでいる限り、傷つけるものはある。
そうまでして、描きたいの?
そうまでしないと、描き続けられないの?
「あたしが、一体、何をしたっていうのよ!!」
どんな夢も、傷つけるために生まれていない。
なのに、どうして、こうなるの?
ただ、好きなだけなのに。
「あたしは、ただ・・・」
苦しい。
「ただ・・・」
悲しい
「ただ・・・」
でも、その先にあるのは
「絵が、好きなだけなの」
いつだって、変わらないの。
変わって、くれないの。
「あたしは、やっぱり、悪い子だ」
未来につながるとか、そんなの知らないよ。
「だから・・・忘れて・・・捨ててなんか、やるもんか」
絵が、好きなんです。
絵を、描きたいんです。
それが、今のあたしのすべてなんです。
好きなんです。
好きなの。
それくらい、許して、ください。
「そっか」
にじんだ視界が、白くうまっていく。
「今度は、ちゃんと届けられた」
気が付くと、あたしは帰り道に立っていた。
それから、あたしは毎日学校に行く。
相変わらず、居場所はなくて、冷たい視線は変わらない。
誤解は解けないままだし、これからも、そうかもしれない。
でも。かまわない。
あたしがしたいのは
誤解を解くことでも
誰かの注目を得ることでも
賞を取ることでもない。
ただ、絵を描くこと。
それができればいい。
本来なら、これはあまり良い終わりじゃないんだろう。
でも、あたしは悪い子だもの。
良い子のために提示された答えをなぞりなんかしない。
進み方は、1つじゃないんだもの。
あたしは、あたしが満足する結末に、向かうんだ。
さあ、剣の代わりに筆を持て。
それで、あたしは、今日も白い世界を切り裂いて行く。




