絵描きの世界
少しだけ、「それ」の話をしようか。
「それ」はどこにでも「いる」もので
「それ」はどこにでも「ある」ものだ。
◆◆◆
い じ め
言葉に出さず、空気だけで呟いてみた。
休み時間の騒がしい教室。
あたしの言葉は、空気にとけるどころか、誰かの笑い声に押しつぶされてしまった。
まあ、いいか。
今度は心の中だけでつぶやいた。
どうせ、誰も聞いていないから。
このクラスの中で、きっとあたしほど悪い生徒はいないだろう。
◆◆◆
それの生まれは至極単純だけれど、存在もまた単純だ。
『全く、邪魔するななんてよく言うぜ』
『マッタク、クロちゃんはまたクリカエスきかしら』
◆◆◆
このご時世、いじめという言葉がどれだけ市場にあふれかえっているのだろう。
まるでどっかの山の湧き水みたいにポンポン事例が生まれて
さらさら、流れていく。
水だって、一番上のあたりは
「きゃー、きれい!」
なんて叫ばれて飲んでもらえるけど
下流のほうでは
「わー、きたなーい」
なんてしかめ面されるのがオチだ。
いじめだって、発見されるものは、上流の水みたいに騒がれるけど
見つからずに下流にいけば、誰だって目をそらす。
今のあたしの状況は、泥にうまった川水だ。
大人はすぐに助けを求めなさいというけれど
いじめが騒がれるのはたいてい、本人が死んだ後。
そうまでしないと、こっちを見てもらえないし、あたしにはそんなこと、する気もない。
大人にとって、あたしは「ひねくれた」悪い生徒。
生徒にとっては、「いじめられても仕方がない」最低な奴。
ほら、どっちを見ても、あたしは悪い生徒。
「つまんね」
空気だけの言葉をもう一度吐き出す。
あたしは、いつから、こんなに臆病になったのだろうか。
◆◆◆
それに形はないけれど、カタチを持つことはできる。
それは遊びが好きで、ひどく寂しがり屋だ。
『どうせ、本能にはあらがえない』
『ドウセ、まよってもムダなのに』
『『クスクスクス』』
だから仲間をつくりたがるのだ。




