絵描きの気持ち6
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「あのね、私、あなたのことが好きだよ
だから、あなたの好きな、絵を描く道具に宿ったんだ」
筆は、散らばった絵の具を押して、色を絞り出す。
「聞こえなくても、いいよ」
多くは出せない。
「でもね、あなたをいじめる人のことも好きなんだ」
どんなに頑張っても意味ないのに。
「だって、そのおかげで、私はここにいるもの。」
ねえ、消えてしまうよ。
「その私の全てが言ってるの」
ふらふらと、今にも倒れそうな筆が、画用紙をなぞる。
「なくなっても、いいよって」
◆◆◆
消えろと言われても、消えるわけがない。
だって、もう、生まれてしまっているのだから。
なかったことには、できやしない。
◆◆◆
「ちゃんと、覚えてるから
あなたが、忘れても、私が覚えてるから」
ぺたり、ぺたり、とぐちゃぐちゃの色の上を、絵の具がなぞる。
少女の目には、筆だけが動く怪奇にしか見えてないはずなのに。
「私の人格が消えても、また、同じ存在が生まれるから」
怖がられたら、どうするんだ。
「ちゃんと、大切に守っていくよ」
君の言葉は、何一つ届いていないのに。
「だから・・・」
筆が大きくきしむ。
持ち手に、ひびが入る。
「だから、夢を、嫌なものにしないで」
◆◆◆
誰かがガラクタと言ったそれは
誰かの中では宝物だった。
◆◆◆
「忘れないでね」
ぱきん、と筆が割れた。
どうして?
どうして、彼女はこんなに頑張ったんだろう。
自分を捨ててまで、捨てる意味がどこにあるんだろう。
ぼくはそんなのごめんだ。
そう、思っていたはずなのにどうしてだろう。
彼女の気持ちを、知っている。
ぼくは、こんなばからしい行動をしてしまう理由を知っている。
―そこまでしなくていいのにー
頭に浮かんだ言葉は、誰が言ったものだったのだろう。
「どうかしたのかい?」
主様に声をかけられて、ぼくは我に返った。
気づけば、少女の姿はなく、主は白く光る玉を両手で包むように持っていた。
「あの…人間は?」
「ん?ああ、帰ったよ。
なんだかすごく、険しい顔してたけどね」
「そう、ですか。
あの…なにがあったか、聞かないんですか?」
「話したいなら、話せばいいよ」
「…」
何も言えないぼくは、とても恥ずかしくて最低な存在な気がする。
「あの人間は、どうなるんですか?」
「さあ?知らないよ。
ボクが興味あったのは、こっちだけだし」
主はうれしそうに、光の玉にほおずりした。
「なんですか?それ」
「あの女の子の魂だよ。」
「え」
まだ、生きているの?
まだ、大丈夫なの?
主はぼくの顔を見て、疑問を読み取ったらしい。
「この魂は、もう力を使い果たしたよ。
放っとけば消えて、また新しいガラクタが生まれる。
夢に、終わりはないからね」
主様はそっと、魂に口づけし
「でも、どうしてあの人間の夢を消さなかったの?
そうすれば、大好きなあの人間と一緒にいられたのに」
少しだけ、不満そうな顔になる。
魂は、ゆらりと、まるで笑うみたいに揺れた。
「ま、いっか」
次の瞬間、女の子の魂は主の口に収まった。
ぼくは、呆然とそれを見ていた。
主は、そんなぼくに
「泣かないでおくれよ」
困ったように笑った。
それから
「見てごらんよ」
投げ出されたままの画用紙を指差した。
「キレイな、虹だよ」
画用紙の真ん中。
小さく細く、でもはっきりと。
七色の虹が描かれていた。
全てを塗り替えるほど、誰かの目をひくほどのものじゃない。
でも、夢の絵描きがいた証拠だった。
「さあ、帰ろう」
「…どこへ、ですか?」
「どこへでも、だよ。
ボクらは、どこでも行けるじゃないか」
「………」
ぼくは、主の肩にとまった。
「…人間は、嫌いです」
その理由も、わからない。
「そっか」
主は、なにも聞かない。
「でも、ボクは人間が好きだよ」
「…知ってます」
行進曲が、流れ出す。
主の歌う、楽しい鼻歌。
♪二羽の小鳥が一つの石に止まっていた
ファ ラ ラ
♫ラ ラル ドゥ
一羽が飛んでいって 一羽が残った
ファ ラ ラ ラ
♫
ラル ドゥ
もう一羽も飛んでいって だれもいなくなった♫
♪ファ ラ ラ ラ ラル ドゥ
とり残された石は ひとりぼっち♪
ぼくは、なにをするべきなんだろう。




