絵描きの気持ち4
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それは、まるでガラクタを寄り集めたようなものだった。
弱く弱く、少しの悪意ですぐにぐらついて、動けなくなってしまう。
だから、いつもはじっと隠れて大切に大切に守っている。
けれど、ある日、我慢できずに外に飛び出した。
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「さっき、キミを呼んでるときに面白い気配を見つけたんだ」
「面白い気配、ですか?」
「そう、いつもなら隠れてるはずのかわいい気配さ」
クスクス笑いながら、主はとある教室に姿を消した。
中から密やかな話し声がして、何をしているのかと覗こうとした時
「助けてください!!」
まるで声の塊をぶつけられたような大声が、あたりに響いた。
◆◆◆
ガラクタは、いつも女の子を見ていた。
目障りだと、消えてしまえとなじられる姿はまるで自分そのもので、親近感を覚えすにはいられなかったのだ。
けれど、ガラクタにはなにもできなかった。
だから、いつも自分を責めていた。
見ている自分は卑怯者だと。
同時に、どうあがいても変わらないくらいの弱虫だと。
◆◆◆
教室に入ると、一人の女の子が主のマントに縋りついているのが見えた。
「どうしたんです?」
と聞くと
「ちょっとお願い事をされたのさ」
主は女の子の頭をなでた。
「大切な人間が、閉じ込められているんだって」
そうでしょ、と主が聞くと、女の子は首がちぎれそうな勢いでうなづく。
「あの子を・・・あの子を、外に出したいの。
連れていきたいの。
安心させたいの!!」
ぼろぼろと涙を流しだす女の子。
どうやらそうとう、切羽詰まっているらしい。
「大丈夫ですか?」
理由はともかくとしても、このままでは落ち着いて話もできない。
ああ、ぼくに涙をぬぐえるくらいの指があったら良かったのに。
「そうだよ、落ち着いて」
主がマントの裾で女の子の涙をぬぐった。
「静かにしないと、寄ってきちゃうよ」
「?何がですか?」
主はしっと、人差し指を唇にあてた。
「さっきの奴らさ」
ざわりと、教室の外で何かが動く気配。
さっきの、影たちの気配。
「大丈夫」
身構えるぼくとは反対に、主は軽い足取りで、教室の入口に立つ。
開かれた扉の向こうに、たくさんの目が見えた。
ひそひそ、何かをささやきあっている。
主がゆっくり息を吸い込む気配を感じた。
「失せろ」
しん、とあたりが静まり返る。
「よるな。
下等な存在。
選ぶことも、必要とすることも分からないなりそこないが。
ボクに、近寄るな」
その時の主様の声は、とても冷え冷えとしていて、ぼくが初めて聞くものだった。
ここからじゃ、後姿しか見えない。
けど、なぜかその時の主の顔を、ぼくは見たくなかった。
とても、怖い、何かを見るような気がしたから。
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もっと、強い体がほしかったとガラクタはいつも思う。
こんな、振り絞った勇気がすぐにしぼんでしまうような姿はいらないと。
頑張って出てきたのに、すぐに体が重くなって、おまけにお化けたちにもいじめられて、逃げ込んだ机の影からもう出られない。
「早くいかないと、見せてあげないといけないのに・・・」
ふるえる肩がふいに叩かれた。
「みーつけた」
それは、ガラクタに対してにっこり笑う。
◆◆◆
「お待たせ」
振り返ったその顔は、いつもの主。
「今のは、なんですか?」
平静を装って聞いてみる。
「お化けだよ」
「お化け、ですか?」
「そう。なんなら、その子にも聞いてみるといい。
下手するとボクより知ってるかもしれないよ」
びくりと、女の子の肩が揺れる。
よっぽど、怖い目にあったのだろうか。
「あの・・・」
「お願い、します」
ひぐ、としゃくりあげながら、女の子はこちらを見上げる。
「私、あの子のところに行きたいんだけど、あいつらが邪魔して勧めないの。
早く行かないと、手遅れになるのに。
ねえ、あなたなら、あれを追い払えるよね!?
さっき言った通り、ちゃんとお礼するから!だから!」
立ち上がり、主に向かって女の子は必死の形相で叫ぶ。
一体、何があったんだろう?
そんなに、助けたい人がいるのかな。
「人間を、助けたいの?」
ぼくは聞いた。
「うん!」
「・・・でも、君は・・・「いいよ」
主がぼくの言葉を遮った。
「キミと約束、してあげる」
ぱっと、女の子の顔が明るくなる。
「本当!?」
「ボクは嘘はつかないよ」
ね、と主様はぼくを見た。
それは、おもちゃを見つけた子どものよう。
そうか、遊びを、始めるんだ。
◆◆◆
どうして、ガラクタがその子にひかれたのかと言えば、それは必然としか言いようがない。
ガラクタという存在は、お化けたちからいつだって嫌われている。
いつも見ている女の子と同じように。
ただ、その子はガラクタとは違った。
どれだけさげすまれようと
悪意をぶつけられようと
いつも背をしゃんと伸ばして、かっこよかった。
そんな子を、ガラクタにしてはいけないと、思ったのだ。
◆◆◆
「いいかい?
キミに、これをあげる」
主が女の子に手渡したのは、小さな鍵。
「これは、どんな扉でも開けることができる、魔法のカギだよ」
女の子は、小さな掌で、それをぎゅっと握った。
「ボクはこれから、キミの邪魔になるお化けを退治してくる。
その間、この子をキミのそばに置いておくよ」
主がぼくを指さす。
「頼めるよね」
「頼むもなにも、あなたには逆らいませんよ」
「そう」
主はふふっと笑う。
それから
「まあ、危険はないから、二人でおじゃべりでもして進むといいよ」
最後にもう一度女の子の頭を撫でて、教室から出て行った。
「・・・えっと、行きましょうか?」
主がいなくなって数分後、まだ泣いている女の子に恐る恐る話しかける。
困ったなあ。
泣いてる女の子の相手は得意じゃないんだ。
「うん」
よかった。
とくにぐずらず、歩き出してくれた。
教室の外は特に変わりないように見える。
おかしな気配もしないし、主が払ってくれたのだろうか。
「ねえ」
しばらく無言で進んでいると、女の子が口を開いた。
「なんですか?」
「あなたも、あれと約束したの?」
「はい?」
あれとは、主のことだろうか。
「そうですね、約束したらしいです」
「らしいって?」
「ぼく、記憶がないんです
全部、忘れちゃったんです」
桜が舞い踊るあの暗闇が、脳裏に浮かぶ。
「どうして?」
「わかりません」
「ふうん」
女の子は、どこか気の毒そうにぼくを見る。
「そっか。大変なんだね。
あなたも。
そんなに小さいのに、頑張ってるんだ」
「…そんなこと、ないですよ」
ぼくは、なにもできない。
ばくは、主の一人も守れないんだから。
与えられた役目の一つも果たせないんだから。
「私はね、いつも隠れてるの。
生まれた時から、そうなの」
「そうなんですか」
「うん
生まれた時から、弱くて小さくて、もっと、強い体ほしかったなあ」
女の子の息は少し上がっている。
泣いていたから、というわけでもなさそうだ。
もともと体力がないのだろう。
「ぼくも、もっと大きな体がほしいです」
「その姿もかわいいよ」
「男の子にかわいいとか、言わないでください」
「あれ?あなた男だったの?
見た目じゃわかんないよ」
「失礼ですね」




