絵描きの気持ち3
◆◆◆
「学校にはね、色んな部屋があるんだよ」
廊下を進みながら、主は学校のことを色々教えてくれた。
「ここは音楽室。
色んな音をだすおもちゃがあるんだ」
コツコツと、響く一つ分の足音。
「こっちは、理科室。
人間の体の構造とか、変な匂いでいっぱいだよ」
コツコツ
コツ・・・コツ・・・
「ほら、早くおいでよ」
コツコツ
こつ・・・こつ・・・
「・・・ん?」
違和感で、後ろを振り返った。
「どうかしたかい?」
少し先で主が手招きしている。
「いえ、なんでもありません」
こつ・・・こつ・・・
「・・・んん?」
「ほら、早く早く」
主はぼくを待っている。
早く行かなきゃ。
こつ・・・こつ・・・
「あれれ?」
やっぱり、変だ。
でも、何が?
主様がわざわざ止まって待ってくれてるのに、はやく行かないと。
こつ・・・こつ・・・
「・・・止まって?」
ぼくは羽ばたくのをやめた。
こつ・・・こつ・・・
「おかしい」
足を持っているのは主様だけ。
その主は、今、足を止めている。
こつ・・・こつ・・・
何もない廊下。
誰もいない箱の中。
こつ・・・こつ・・・
誰だ、誰だ?
どこにる?
「どうかしたのかい?」
主は気づいていないのだろうか。
早くおいでという声に応えず、ぼくはじっとあたりを見渡す。
こつ・・・こつ・・・
見つけなきゃ。
主にとってそれは危険なのかもしれない。
可能性があるなら、探さなきゃ。
こつ・・・ゆらり・・・
廊下。
壁。
床。
天井。
全部がつき明かりで青白く浮き上がる。
ゆらり・・・ゆらり・・・
風が吹いた。
窓ガラスがガタガタ揺れてる。
ゆらり・・・ズルリ・・・
窓ガラスに合わせて、影も、揺れる。
影?
ズルリ・・・ズルリ・・・
外には木はない。
さえぎるものはない。
だから、落ちる影は、壁が作る物だけ。
動くはずがない。
ぐにゃり・・・
見つけた時、それがわかった時、影が形を持った。
厚みを持ったわけじゃない。
けど、ただ揺れていたそれは、手を持った。
足を持った。
目が、開いた。
ひそ・・・ひそ・・・
口が、動く。
ひとつじゃない。
右、左、上、下。
落ちた影がみんな、ぼくを見つけた。
ひそ・・・ひそひそ・・・
見つけた。
あれ?おかしいな。
・・・ひそひそひそひそひそ
探していたのは、ぼくじゃなかったっけ?
・・・ひそひそひそひそひそひそひそひそひそひそ
ねえ、何を言ってるの?
聞こえないよ。
なぜだろう。
この気配を、ぼくは知っている気がした。
・・・ひそひそひそひそひそひそひそひそひそひそひそひそひそひそひそ
耳を、耳をすまして。
もう少しで、その音が言葉になる。
あと一歩、あと一歩のところで
「ダーメ」
黒い鬼に、捕まった。
◆◆◆
別にその女の子が特別なわけではない。
どの時代にも、罪人はいるものだ。
どの教室でも、つるし上げられるものだ。
隠し事がへたくそなバカな人間。
でも、そのおかげで「それ」は生まれることができたのだ。
◆◆◆
「ダメだよ。
あれは見つけちゃダメ」
優しくやわらかく、主は言った。
ゆるく手の中に捕まえられて、目の前が真っ暗になる。
まるでここだけ空間がさえぎられたようで、さっきまでのひそひそはもう、聞こえない。
「かくれんぼって、知ってるだろう?」
かくれんぼ?
それって、人間の子供がする遊びのこと?
「そう、かくれんぼさ」
ごそごそと、向きを変えればうっすらと主の姿が見えた。
「あれは、かくれんぼをしているんだ」
隙間から見える、微笑する口元。
「オニも、終わり方も知らないかくれんぼだけどね」
隙間からこぼれるのは頼りない月明り。
指の輪郭はぼやけて、闇と主の境界が危うくなる。
まるで、主様の形が溶けていくような・・・おかしな錯覚を覚える。
なのに、薄く笑うその口元と、明るい声だけは、やけにはっきり聞こえてきて
「でも・・・」
「ダメだよ」
もぞもぞしていた、ぼくの体が止まる。
「ダメだよ」
主はもう一度繰り返した。
「オニの役目は、キミじゃない
だから、ダメだよ。
ボクの言うこと、聞けるよね」
動いてはいけない。
見てはいけない。
命令が、ぼくをしばる。
それは、初めての感覚だった。
初めて、主は命令らしい命令を、ぼくにしたのだ。
見えない縄で体がしめられる。
違う、ずっと前からそうだったじゃないか。
だけど・・・
「でも・・・」
あなたは
「あなたを、守らないと」
主だから。
主様を、守らないといけないんだ。
だって、ぼくは
「ぼくは、あなたの・・・」
どうしたことだろう。
どうして、のどが固くなるの?
言わなきゃいけないのに。
「あなたの・・・」
主の、シモベなのに。
「あなた、の・・・」
どうして?
どうして、ぼくを包むその指が固くなっていくの?
怒っているの?
当たり前だよね。
「・・・危険から、あなたを守らないと」
それが、ぼくの役目なのに。
それも満足に果たせない。
ぼくの体はこんなにちっぽけだ。
だから、言おうとした言葉すらも満足に出せない。
消えていく。
なくなっていく。
「・・・すみません」
「泣かないでよ」
ふわりと、ぼくをつつむ指から力が抜けた。
それから、主の指先がまるで壊れ物を触るみたいに、ぼくの顔をなでる。
「いいよ」
変わらない、主の優しいほほえみ。
ゆっくりと、言い聞かせるように主様はささやく。
「いいんだよ」
「でも・・・」
「キミが謝ることなんて何一つないさ」
廊下は完璧にもとの静けさを取り戻していて、影は本来の居場所からピクリとも動かない。
「すみません」
「だから、なんで謝るのさ」
「・・・なんとなく、です」
「あはは。やっぱりキミは面白いね。」
おいでと、主は再び歩き出す。
「せっかくだ。
予定を変えていつもの遊びをしようか」
コツコツと、一人分の足音が響きだす。




