顔なし姫7
ある日、お姫様はお忍びで城の外へと遊びに出た。
長く語るまでもない。
不運な話さ。
たまたま、空を飛んでいた飛行機が、火の種を地面に落とした。
たまたま、その種は姫様の頭上に落っこちたのさ。
焼けた顔を誰が見せたがる?
焼けた自分を誰が人前にさらしたがる?
お姫様がどうして、こもってしまったのかという、その理由。
自分の顔がみにくいなどと、誰が一体語りたがるんだ。
だから、みんな言ったんだ。
姫様は呪いにかけられたと。
だから、みんな納得したんだ。
都合の言い理由を仕立てあげて。
ピカピカ光る、銀の剣。
現実移した、光の鏡。
そのただれた顔を見た青年は
「うわああああああああああ!!!!!!」
驚き、足を踏み外し、盛大に転んだ。
「いてて・・・」
立ち上がり、最初にいったその一言はこう。
◆◆◆
「考えすぎもよくないけれど、考えないことも、同じくらい悪い」
主の言うことは、時々わからない。
そういうときの主は、少しだけ別人みたいな顔をするから。
◆◆◆
「あ、ごめんなさい。
転びませんでしたか?」
姫が首を傾げた。
「よかった。転んだ拍子に振り返らなくて。
女の子の顔を見て、悲鳴を上げるなんて、おれもまだまだですね」
どうして、恐れないのだろう。
どうして、さげすまないのだろう。
この顔を見た姫の両親でさえ、醜いと彼女をなじったのに。
「ああ、でも、よかった」
どうして、こんなにおかしなことを言うのだろう。
姫にはわからない。
だから、姫は思った。
「のどが焼けているから、返事をしてくれなかったんですね。
よかった。無視されてるわけじゃなかったんだ」
彼はおかしいんじゃないか、と。
考えていなかったのは、どっちだろう。
考えてみろ。
大臣も、金につられた者たちも、すぐに彼女を見捨てた。
「なら、外に出た時、地面でも紙でも、字を書いておしゃべりしましょうよ。」
なのに、彼はずっと昔から彼女のもとへ通い続けた。
みんな、みんな、火に巻かれて天へ上った後も、彼は変わらずここに来る。
変わらず姫を迎えに来る。
姫は考えていなかった。
「ああ、でも、その顔を見られるのが嫌なんですよね」
出口の一歩前、青年はふいに短剣の全てを抜き出した。
「それなら、こうしましょう」
ためらわず目をつぶすほどの、彼の執着というものを。
「大丈夫です。
おれは、あなたの美しい顔を知っています。
あなたが望むなら、それ以外はなんにも目に焼き付けません」
強く外へと彼女を引っ張り出し、青年はただれた唇にキスをした。
◆◆◆
「あれ?」
「どうしたんです?」
「ああ、いや・・・」
どうしたんだろう?2人が外に出てきたのに、主の顔から表情がなくなっていく。
嫌そうなんじゃない。
ただ、無表情になっていく。
◆◆◆
これは、幸せを約束されたおとぎ話なんかじゃない。
だから、彼女が王子様からキスを受けても、なんにも変わらない。
当たり前だろう。
顔面血まみれの王子様なんかいるものか。
けれど
「ね、姫。
もう、誰もあなたに嫌がらせをする人はいませんよ」
外の世界が静かなことは、確かだった。
笑いものにされることが
嘆かれることが
全てが煩わしかった彼女にとっての、そこは確かに安らぐ世界。
誰だって、闇の中より日のあたる場所がいい。
「さあ、姫様」
血だらけで、汚い顔で青年は笑う。
「一緒に、逝きましょう」
◆◆◆
「知ってたんだね」
主は、つぶやく。
「何をですか?」
「さあ、なんだろう?」
ぽつ、と頭の上に何かが落ちてきた。
空は晴れているのに、雨が降ってきた。
「ただ、彼は幼いころからお姫様に恋してたんだよ」
◆◆◆
一人の男の子がいた。
男の子の家には、お姫様の肖像画があった。
その美しい顔に、ずっと、彼は恋していた。
恋は盲目とは、まさにその通り。
◆◆◆
「ねえ、知ってるかい?」
「何です?」
「お金持ちの人はね、自分の顔を絵描きに描かせる時、本物よりうんと綺麗に描かせるんだ」
「…」
主は空を仰ぎ見る。
「ああ、変な天気。
そう思わない?」
ぼくはガレキの下で、雨をよける。
「ええ。本当に、変な話です」
◆◆◆
現実に、理想通りの王子様とお姫様はいない。
だって、現実は、ページになんてつづられていないもの。
他人が望むようには運ばないもの。
◆◆◆
「なんにせよ、取られちゃったなあ。
残念」
2人の魂が昇っていくのを見届けると、主はふざけたようにそう言った。
それがまるで何かをごまかしているみたいで
「食べなくて、よかったんですか?」
尋ねれば
「今回は無理
だって、彼らは独りじゃないもの」
よくわからないけど、主にもなにか基準のようなものがあるらしい。
「じゃあ、どうして食べてしまうんですか?」
雨は少しづつ勢いをまして、あっという間に地面に乾いた場所はなくなった。
「ボクが、そういう存在だからさ」
主はそっと、ぼくを手のひらで優しく包んだ。
「帰ろうか」
雨に濡れた紙は、絵の具がにじんであっという間にふやけていく。
主はそれを踏んづけて、気分を取り直すように歌を歌った。
「♪♪おいで駒鳥ちゃん
♫
怖がらなくてもいいよ ♬
♪ 羽一本傷つけないから
おいで駒鳥ちゃん ♫
♪ こっちへきてパンをお食べよ
♫
そして元気におなりよ♪」
◆◆◆
誰もいなくなったお城。
最後の持ち主が地面に書いたその文字は、雨が溶かして流してしまったとさ。
◆◆◆
♪おいで駒鳥ちゃん
♬
驚かしたりしないから
♪猫が隠れてなんかいないよ
♫
飛び跳ねた後は
♫羽をたたんで休みなよ
♫そしてパンくずをお食べ
♪気にすることなんかないよ♪
♫




