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顔なし姫6

◆◆◆


何度も通った城への道筋は忘れようもない。

ほどなくして目的地へたどり着いた青年は、さび付いた扉をゆっくりと開けた。

初めのころこそ、姫のことで騒ぐ人も多かったが、今では人気のかけらもない。


一人分の足音を響かせ、彼は城の一室へと通じる扉の前に立った。


◆◆◆



「それにしても、ここはホコリっぽいねえ」


廃墟へとたどり着いた主は、言葉通りマントで口元を覆った。

風と一緒に砂埃が舞い上げるこの場所は、お世辞にも景色がいいとは思えない。


「おまけに、面白そうなものもない。

潤いが必要だよ。

例えばボクみたいなね」


ウインクされて、ぼくにどういう反応を期待してるんだ。


「ていうか、あなたって女だったんですか?」


「え?なに?

ほれた?」


人間にしてはずいぶんと発育のいいそれを、主はわざとらしく揺らす。


「冗談は発言だけにしてください」


「キミ、もっと主をたてようとか、ほめようとか、思わないわけ?」


「仮にも主に、惚れるなんて不義理で軽率なことはしません」


「…ふーん」


「それで、実際はどうなんですか?」


主が女なら、扱いも少しは変えないといけない、かもしれない。


「最初に言っただろう?」


主はつまらなそうに、足元の小石を蹴る。


「ボクはなんにでもなれるって」


小石はかん、こん、と軽い音とともにガレキの陰に隠れてしまった。

それは、結局どちらなんだろう?


「まあ、この辺の人は魔女なんて言ってるから、女だと思ってるみたいだけど」


「なら、男なんですか?」


「キミはボクの話をちゃんと理解してるかい?

性別なんて、ボクには意味のないことさ」


「・・・」


「まあ、あれだよ。


決めつけってよくないよね」



◆◆◆


ゆっくりと、地下への階段を降りていく。

初めのころこそ、ランタンなどの灯りをもっていたけれど、下へ降りれば意味がないとわかり、彼は持つのをやめた。


今、持っているのは魔女からもらった短剣だけ。


青年が魔女から言われたことは二つだけ。

帰るときはこの短剣を半分だけ、抜くこと。

そしてもう一つは


「ご機嫌いかがですか?」


姫様の手をしっかりと握ることだった。


◆◆◆


「おや、見てごらんよ」


がしゃがしゃと、ガレキを無遠慮に踏みつけ回っていた主はふと足を止めた。


「これはまた、立派な肖像画だ」


砂と小石を払いのけ、主が引っ張り出してきたのは額縁に入った絵。

色はくすんでしまっているけど、ずいぶんと立派なものだとわかる。

おそらく、ガレキの隙間に偶然もぐりこんだために、雨風から守られてきたのだろう。


「綺麗な人ですね」


描かれているのは、青いドレスを着た、金の髪のお姫様。

優し気に微笑むその姿は、おそらく美人と呼ばれる類に入るのだろう。


「この国の、最後のお姫様だった人さ」


主はゆっくりと絵を地面に横たえる。


「もう、何百年も経ったけどね」


◆◆◆


ーキミは、今まで姫に外に出ろと言う以外のことをしたことがあったのかい?ー


魔女に言われ、青年は気が付いた。

そうだ、なにも方法は一つではないのだ。

けれど、焦ってはいけない。


「ごきげんよう」


青年は、いつも通り丁寧に頭を下げ、たたずむ姫に挨拶をした。


「また、来てしまいました。」


「・・・」


いつも通り、顔を闇に飲まれた姫は、なにも話さない。

けれど、じっと自分を見ていることだけは何故か青年にはわかった。


「今日こそ、あなたを外に連れていきます」


ゆっくりと、そして大きく一歩を踏み出した。



◆◆◆


「人間同士のね、争いがあったのさ」


主はこの国の歴史をぼくに教えてくれた。


「ここは昔、大きな国があってそれなりに平和だったそうだよ」


人間というものは、よくわからない。

平和であったなら、それ以上をなにも望まなければいいのに、この国の人間はもっと裕福な暮らしを望んだ。

そして色んな場所でケンカをして、最終的にここは真っ赤に燃え上がったのだ。


「まるで、大地に赤い花が咲いたみたいだったよ。

花弁が風で揺れるみたいに、火の布が外側へ向かって大きく広がるんだ!」


主はその様子を空から見ていたという。


「そういう言い方、不謹慎じゃないですか?」


「ボクは人じゃないから、いいのさ」


全く、もう。

笑い話ではないだろうに。


「まあ、そんな風に派手に燃え上がる前にも何度か国の中に赤い花は咲いてたみたいだけどね」


◆◆◆


「おれは、あなたを外へ出すことに命をかけています」


姫の前でひざまづき、恐る恐るその手を取れば


「・・・」


姫は何も言わず、何も反応を見せなかった。


「おれは、あなたと共に、いきたいんです」


そして青年は彼女の手を引き、歩き出した。


◆◆◆


主の話を聞き終えたぼくは、疑問を口にする。


「どうして、あの青年はそこまでするんですか?」


「そりゃあ、あれだよ。

コイさ」


「こい?」


「魚じゃないよ」


「あなたではないんですから、そんなバカはいいません」


「キミ、やっぱりひどいよ」


恋というものは、人間にそこまでさせるなにかを秘めているのだろうか?


◆◆◆


ー戻るときは、この短剣を半分だけ抜くんだー


そして振り返らずまっすぐ進めと魔女は青年に言った。

それだけいいのかと彼は聞くが、魔女はそれ以上のことを教えてはくれなかった。

ためらいや、疑う気持ちはなくはない。

けれど


「・・・」


万策つきた彼には、もう、こうするしかない。

青年はためらいがちにゆっくりと刀身を半分だけ引き抜いた。


すると不思議なことに、刀の前面はまばゆい銀色に輝きだし、後ろはまるで鏡のようにつるりと光を吸い込んだ。


「すごい・・・」


足元はしっかり照らされ、これなら姫の手を引いて歩いても転ぶようなことはない。

鏡のように映る面を見ていれば、姫がちゃんとついてきてるかも確認できる。


「これなら、きっと・・・」


念願を叶えられる、青年は意気揚々と前へ進みだした。


「いきましょう。姫。

外はきっと、暖かく、あなたを迎え入れてくれます」


「・・・」


姫はなにも言わない。

けれど、少しだけ顔を下に向ける。


「おれは、そのためだけに、ここまで来たんです」


少しづつ、外の明かりが見えてくる。

青年の目は輝き、その輝かしい表情を姫に向けようとして何度も思いとどまった。

外に出れば、思う存分向き合える。

彼女の、美しい顔が見れるのだ。


銀の光が青年の行く末を照らす。

闇を追い出し、やがては通路全体を照らし出した。

光に負ける闇は、姫の顔もまた、例外ではない。


「ねえ、姫様・・・」


青年が何かを言おうと、鏡を見た時だった。


◆◆◆


ふいに聞こえた絶叫に、主の目がパッと輝いた。


「お、もうそろそろかな」


「なにがです?」


「ふふん」


主は、地面の肖像画を楽しそうに見下ろす。


「ねえ、どうしてキミは、あのお姫様が地下に閉じこもってしまったと思う?」


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