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顔なし姫4

◆◆◆



呪いにかかった人間の話をしよう。

その人は、お姫様だった。

お城に住む、正真正銘の王様の娘だ。


彼女が呪いにかかったわけは、別に糸つむぎの針に刺されたからでも、藁人形を釘で打たれたからではけしてない。


さらに言うなら、呪いにかかった彼女がどうなったかといえば、野獣になったりいばらの城にとじこめられたりしたかといえば、違う。


そんな、大層で野蛮なことではない。


ただ、顔が見えなかっただけなのだ。



◆◆◆

♪おいで駒鳥ちゃん

    ♫ 


 怖がらなくてもいいよ    ♬


 ♪    羽一本傷つけないから


      おいで駒鳥ちゃん      ♫


♪  こっちへきてパンをお食べよ


         ♫


家に戻ると、主はイスに座って歌を歌っていた。


「変わった歌ですね」


「ああ、おかえり」


振り向いた主を見て、違和感に気が付いた。


「・・・なんか、小さくなってません?」


「ん?」


ひらひらと、踊るようになびいていたマントのすそが、みっともなく地面に引きずられている。

それどころか、綺麗に切りそろえられていた黒髪は、腰のあたりまでぼさぼさに伸びてるし、切れ長の目は今じゃくりくりとかわいらしく丸みを帯びていた。


雰囲気も、男の子というよりは女の子みたいだ。


別人だ。

始めに会った青年の姿とは似ても似つかない人物が座っている。

でも、それが主だと分かるのは、約束をしているからだろうか。


「・・・もしかして、溶けたんですか?」


「キミはボクをどこのナメクジだと思ってるんだい?」


まあいいや、と主は目の前の扉を開いた。

そういえば、家の前にいたんだっけ。


「別に意味はないよ。

ただ、前の姿に飽きただけさ」


、ゆらりと主の周辺の空気。いや、主自身の姿がぐにゃりと崩れた。


「ボクは少年」


椅子の上には、生意気そうに笑う短髪の子供が


「ボクは老婆」


かと思えば、優し気にしわを刻んだ腰の曲がったおばあさんに


「ボクは赤子」


反対に、ふにゃふにゃと頼りない、マントに埋もれた赤ん坊に


「ボクは・・・」


次は何になるのかと思ったら、粘土のような塊は動きを止めた。


「ボク、は・・・」


顔は見えないが、少しだけ笑った気がした。


「ボクは、なんにでもなれるのさ」


粘土は急速に形を固定し、妙齢の女性となった。


「生まれた時から、そうだった。」


「便利ですね」


ぼくは、主の姿を上から下までじろじろ見て


「でも、マントと黒色は変わらないんですね」


「ああ・・・それね」


どんな姿になっても、主の目と髪は真っ黒だ。

マントの下に来ている服も同様で、血の気の薄い肌とあいまってまるで影が全身を覆っているみたいだ。


「これ以外、着られないんだ。

どんなに姿を変えても、この色は変わらない。」


ふっと、主は珍しくうれしそうじゃない笑みを浮かべた。

まるで、嫌悪の象徴を見るみたいに。


「全く、嫌になるよね」


ぼくは改めて全身を見る。


「でも、綺麗な色ですけどね。

ここまで真っ黒なら、どんなところでもあなたを見つけられそうです」


「・・・」


主は、ふいっと顔を背け


「ま、姿を変えられるのはすごく便利だよ」


ぎしっと、椅子の背もたれに体重をかけた。


「そうですね」


ぎしぎしと、音が気にいったのか、椅子を揺らして遊ぶ姿は見た目の年齢と似つかわしくない。


「中身も変われば、ちょうどよかったんですけどね」


「それ、どういう意味だい?」


「そういう意味ですよ」


むくれるとすぐに頬を膨らませるところなんか、幼子そのものだ。



◆◆◆


生まれたときは、確かに顔があった。


生まれたときは、確かに人間だったのだ。


◆◆◆


「さあ、それじゃあ次の遊びを始めようか」


主は様々な世界を渡り歩く力を持っている。

色んな世界で、たくさんのものを見てきたらしい。


ちなみに、この世界では主は魔女という呼び名を持っているらしい。


「本当の名前は、ないんですか?」


「ないね

そんなものに縛られていたら、遊びごとに変わる役回りにはいりこめないじゃないか」


主がケラケラと無邪気に笑った時


―こんこんー


舞台の始まりのように扉がノックされた。

◆◆◆


ある時から、姫は城の奥。

地面よりも下の深い深い地下。

光を寄せ付けないその場所に閉じこもるようになった。



生まれたときは、確かに顔があった。


生まれたときは、確かに人間だったのだ。



ある時から、姫は城の奥。

地面よりも下の深い深い地下。

光を寄せ付けないその場所に閉じこもるようになった。



もちろん、姫の不可解なその行動に疑問を持つ者は多くいた。

幾人もの人間が彼女に尋ねた。


「どうしてここにいるのか」


と。

けれど、姫は口を閉ざしなにも語らない。

これはただならぬ事情があるのではと、今度は誰もが彼女を外に出そうと地下に向かった。


姫のいる場所は、夜よりも深い闇に覆われている。

一度地下にはいると、自分の手足も、指先すらも闇に飲まれて見えなくなる。

なのに姫の姿だけは、はっきり見える。

白く、気品のあるドレスやそこから見える素足。

細い首筋や淡い金の色をした髪。

長く伸び、緩やかにウェーブした髪の一本一本まで見えるのにただ、顔だけがわからない。


顔だけが闇に飲まれてしまっている。


◆◆◆


「ふーん、それで顔なし姫なんて呼ばれてるんだ。」


訪ねてきた青年の話を一通り聞き終わり、主は気のなさそうに頷いた。


「はい。

なんでも、彼女はこの世のものとは思えないほどの美しい容姿をしているのに、

それを妬んだ者が、呪いをかけたらしいのです」


丈夫そうな上下の長袖に、泥だらけの靴。

口調ははきはきしているが、顔色にどこか疲れが見える。

ここに来るまでにそれなりに苦労をしてきたのだろう。


「へえ・・・まあ、なんにせよ、よくまあこんなところまで来たものだねえ」


ちらりと窓を見やった主につられて、ぼくもそちらを向いた。

まどの外は緑一つない。

ざらざらした、赤茶色っぽい風景が広がって土埃がひどそうだ。



よくまぁ、こんな荒れ地に家など建てたものだ。


「お茶でも飲むかい?」


視線を戻すと、いつの間に用意したのか机の上にティーカップが並べられていた。

カップからは、暖かそうな湯気が立ち上っている。


「はあ・・・」


青年はおずおずとカップのとってをつかみ、中を覗き込んだ。


「心配しなくても毒なんて入ってやしないよ」


主は青年の悩みなんてお見通しと言った風にクスクス笑い、お茶を一口飲んだ。


「ほら、覚めちゃうよ」


「は、はい」


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