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Sun Set

Sun Set (お題 夕焼けの教室)


 悠然と宙に浮かぶ太陽が一日の役目を終え、静かに沈み往こうとしていた。遥々と続く青空が瞬く間に赤く染まるのを見ていると、空はそんなに広くないのではと思えてくる。理解されないだろうが、不思議な閉塞感を覚える。

「そうだ。この前ミヤと遊んだ時に面白いことがあってね」

 水城麻美の悪い癖だ。「面白い話」と先に言って話し始めるのは間違いだと思う。何も告知せずに話し出した方が良い。「面白い話」と前ふりがあったら、別に特別面白くなくても笑わなくてはいけないと、義務感を持ってしまう。

「そしてね。最後にミヤがドバッて全部ひっくり返したんだよ」

 彼女の大袈裟なジェスチャーに合わせて笑った。きっとここが一番盛り上がる場面なのだろう。

水城とは中学からの仲だ。出会いのきっかけは部活だった。文学部、俺の柄に合わない部活だと思う。入学して最初に入ったのはバスケ部だったが、部の雰囲気に馴染めず、一ヶ月で退部した。そんな俺が適当に選んで入部したのが文学部だった。

「文化祭まであと一週間だあ」

 分かり切ってることを仰々しく話すのも彼女の癖だ。俺は相槌を打ちながら一言加えた。

「あれ、何その反応。なんか自分には関係ありませんって感じ」

「実際関係ないだろう。朗読会は全部、先輩たちがやるんだ。俺たちは何もすることがない」

適当に選んだというのは嘘だ。中学の文学部は空き教室の一室を部室代わりに使っていた。西棟の四階の端にある未開の地に理由もなく足を運ぶはずがない。

校内の掲示板から剥がれ落ちていた文学部の勧誘ポスターをたまたま拾い上げた時、俺は初めて文学部なるものの存在を知った。文化系の部活は眼中になかった。誰かの足跡が付いたポスターをそのまま掲示板に張り直すのは気が進まなかったので、部室に届けようと考えた。奇特な行動だ。きっと放課後のあの雰囲気、夕焼けがやけに綺麗に見えて、何でも許せるような、何でも忘れられるような。そんな馬鹿みたいに優しくなれる瞬間。こんな景色が見れたんだ。お天道様に感謝して、何か自身も善行を積もう。そんな雰囲気に俺はあたってしまったんだろう。

「でもさあ、文化祭終わったら先輩たちは本格的に引退なんだよね」

「良いじゃないか。うざい先輩とおさらば出来るんだ」

「うわー、腹黒」

 俺は悪そうな表情をしておどけてみせた。水城は笑った。彼女の顔は陰影がはっきりとしていた。陽に照らされた左半分と影になった右半分、まるで弦月のようだ。

 そんなお月さまとの出会い話に戻ろう。ポスターに書かれた情報をたよりに部室代わりの空き教室まで足を運んだ。部室の手前まで来た時に足が止まった。騒々しい校内でそこだけが切り離されたような、そんな静けさを保っていた。人がいるのだろうか。そう思い、手元のポスターで活動日を確認した。図書館よりも物音がしない空間はさぞ読書をするのに快適だろうと思った。止まっていた歩みを再び進めると、リノリウムの床に上履きの底が擦れる音が響いた。普段こんなにも大きな音を立てているのにまったく気にならないことに驚いた。自然と忍び足になった。そーっと空き教室を覗きこむと、一人の少女が黙々と読書をしていた。気が付くと長い間、廊下で彼女の姿を眺めていた。一目惚れだった。

「あ、すみません。これ落ちてたので」

 表情を引き締めてから俺を教室に足を踏み入れ、ぎこちなく用件を伝えた。「はあ」と間の抜けた返事を女はした。俺はポスターの裏を彼女に向けていた。

「どうもー、わざわざ届けてくれたんですね。えーっと名前は」

「一年二組の藤原智樹って言います。文学部に入れてもらえないでしょうか」

 はきはきとした声で入部を志願していた。

「あ、良いですよ。この部、私含めて三人しかいないんですよね」

 そうだった。これは初恋の人との馴れ初めだった。水城との出会いはその後・・・この話しは長くなるのでまた別の機会にしよう。

 俺と水城は下らない話しで盛り上がっていた。満面の笑みを浮かべる彼女を見ていると、ふと自身の思いを曝け出したい衝動に駆られた。あの日と同じだろう。ただの空模様に俺は感動して、馬鹿になっていた。夕焼けなんて特別でも何でもない。普段気に留めてないだけだ。何か特別な日には変哲のない物が強く記憶に残るのだ。何かを始める言い訳に、動機づけに空は一番適当なのだろう。

「あのさ、良かったら付き合わないか」

 陽光の差す教室は静寂に包まれた。虚空を見つめ、下唇を噛むのが水城の考える時の癖だ。長い長い沈黙が続き、ついに彼女から言葉はなかった。あったのは無言の甘美な返答だった。夕陽が沈み、暗くなった教室で二人は静かに口づけを交わした。


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