ジュークボックスを鳴らすのはあなた
ジュークボックスを鳴らすのはあなた (お題 カバ、マフラー、ジュークボックス)
ヒロイックに持ち上げられる人間を熱狂的に支持してはならない。冷静になって考えると批判されるべき人間が、時に英雄のように持て囃されている。おかしいだろう、そういうおかしいことが世の中まかり通るのだ。
白崎良雄はバーに備えつけられたテレビを見ながら、そんなことを考えていた。テレビにはマフラーを巻いたカバが映し出されていた。そのカバは多くの報道陣を相手に受け答えしていた。
「何でカバがマフラーしているんですかね」
「知らないんですか白崎さん」
白崎の呟きに店長の酒井将弘は驚きの声をあげ、作業の手を止めた。
「え、常識なんですか」
「いや、意外だなあ。博識の白崎さんが知らないなんて」
酒井の口ひげが持ち上がった。勝ち誇ったような笑みを浮かべ、今にも鼻歌でも唄い出しそうだ。
「カバが体温調整のために赤い汗をかくのはご存じでしょう」
磨き終わったグラスを置くと、得意げな表情で酒井は語りだした。白崎は口を挟むために手をあげて、その語りを制止した。
「カバは汗腺がないんですよ。あれは汗じゃない、脂です。それにあれは紫外線や皮膚の乾燥を防ぐためのものですよ」
その話を聴くと酒井は表情をみるみる曇らせた。そして短い大声をあげると拳をカウンターの上に叩きつけた。突然のことに白崎は驚き、その気迫に押されて仰け反った。
「うるせーな。いつも蘊蓄語りしやがって、客だから大人しく聴いてやってるが、お前の理屈っぽいところにうんざりしてるんだよ」
酒井は手許にあったアイスバケットを掴み、中身を白崎にぶちまけた。
時に正解が正解でないことがある。批判すべきことを批判すると思わぬ痛い目に遭う。酷い目に遭いたくないなら、正義感や親切心は一端仕舞ってしまおう。おかしいだろう、そういうおかしいことだらけで世の中回っているのである。
レトロなバーで鈴木亨はそんなことを考えながら、隣の客と店長の騒動を見ていた。しばらくすると、ゆっくりと席を立ち上がり、店の端に備えられたジュークボックスに向かった。楽曲の目録から喧騒が収まるような穏やかな曲を見つけると、祈るように硬貨を投下した。




