Out Border 3
その日は一睡も出来なかった。ユダイ達との一件のあと、丁度良い空き家を見つけた俺たちはそこに難なく忍び込んだ。寝室に入るなり、明日に備えるためだと、クイエはすぐに眠りについた。とても心地良い寝息を立てていた。ユダイとの問答で相当疲れたのかもしれない。俺はそんな彼女を尻目にベッドの上に座ったまま、考え込んでいた。眠気はあったが、不安の方が勝っていた。こんな少女よりも意気地なしなのかもしれない、そうだ俺は意気地なしなのだ。
日の出を待たずして、リアン一人で空き家を後にした。こんな事をしても無駄だ。ナファタたちは確実にどこかで待ち構えている。貨物列車はもう使えない、ウノの管理局は積み荷の確認が厳しい。そうなると徒歩で国境を超えるしかない。そう彼は考えた。
普段は閑散とした早朝のウノ駅前の広場は異様な光景だった。柄の悪い連中が十数人並び、不穏な空気を漂わせていた。一味の中心に立つ、ハイエナのような顔をした男がナファタだった。
「よお、リアン。久しいな」
ナファタはストールで顔を隠した男を呼び止めた。男は立ち止ることなく進んだ。
「待てよ。女を置いて逃げるとはお前らしいな、屑はどう生きようと結局は屑なんだよ」
リアンは裏をかいた。普通に逃げれば、捕まって終わりだ。
「おい、無視するのかよ」
ナファタはストール男に近づくと肩を掴み、無理やり身を翻えさせた。
「誰だお前は」
ナファタは驚嘆の声をあげた。ストール男は見知らぬ男だった。
「何でしょうか」
「お前は誰だ。何でこのストールを巻いている」
ナファタは男の胸倉を掴み凄んだ。男は怯えた表情で口をパクパクしてからたどたどしく喋り出した。
「昨日、私の寝床に来た二人がくれた物だ。私は何も知らない」
「あの空き家には二人以外誰も入ってなかったはずだ」
ナファタのすぐ横にいた子分が言った。
「馬鹿野郎、最初からこいつは中に居たんだろう」
ナファタは男の胸倉から手を離すと、子分を一発殴りつけた。すぐに例の空き家に向かって走り出した。一味は後を追うように続いた。
リアンはある気配を感じ取って、歩みを止めた。国境のフェンスまではそう遠くはなかった。
「馬鹿のナファタたちは今頃囮に引っ掛かって大慌てだろうな」
ユダイが不敵な笑みを浮かべて立ちはだかった。
「残してきた女の始末はナジに任せてある」
「あの間抜けじゃクイエは殺せないだろうな。今頃、暗くて狭い所でネズミのように右往左往してるんじゃないか」
リアンは一笑した。ユダイはすぐに彼らの作戦を理解した。二人のはるか横をクイエは全力疾走で駆け抜けた。リアンは隠し持っていた拳銃を抜いた。ユダイが不覚の声をあげたのと同時に銃声が響いた。悲鳴があがる。クイエは駆けながら、悲鳴のした方を一瞥した。流血する右肩を押さえながら蹲るユダイの姿があった。
空き家に出向いたナファタ達は一階の床下に閉じ込められたナジを見つけ、助け出した。ナジからリアンの行方を聴いた彼らは急いで商の国と大きな国との国境に向かっていた。
「どうして殺さない。お前はいつもそうだ。人を殺すのが怖いんだろ。意気地なしめ」
ユダイは目を血走らせながら叫んだ。リアンは銃口をゆっくりと下に向けた。
「人を殺すのが勇敢だというなら、俺は意気地なしのままで良い」
「馬鹿め、どう生きようとお前は意気地なしの悪人だ。意気地なしの悪人なんて善人の成り損ないだろう」
ユダイは指差しをして嘲笑った。そしてそのままその場に倒れ込んだ。リアンはすぐにクイエの方に向かった。そんなに離れていた所で彼女は蹲った状態で立ち止っていた。
「どうしたんだ」
「あの男を床下に押し込める時に足を掴まれて、切られた」
リアンはすぐにクイエの足を確認した。右足に脛から踝にかけて斜めの切り傷ができていた。よくこんな傷を負ってあれだけ走れたものだと感心した。それから自身の着衣の袖を引き千切り、彼女に応急処置を施した。
「ありがとう」
クイエの感謝の言葉を掻き消すように怒号が聴こえてきた。ナファタ一味がハイエナの群れのように向かってきていた。リアンはクイエの腕を掴むと走り出した。ただ真っすぐ逃げても勝算はない、雑木林に逃げ込んで連中をかく乱しよう。そうすれば逃げる隙を作れるはずだ。彼は最後の賭けに出た。
雑木林に逃げ込んだ二人はしばらく走ると、木陰に身を潜めた。
「野郎ども、気を抜いて見逃すなよ」
ナファタの余裕のない大声が林の中で木霊する。リアンはそれを聴くとクイエの肩を掴み、ジッと見つめた。
「どうやってもあれだけの目を盗むのは難しい、俺が囮になる」
「駄目、あなた国境を越えなくちゃいけないって言ってたじゃない」
クイエは迫りながら言った。リアンは動じなかった。
「今まで全てのことを他人の所為にして逃げてきた。ユダイの言う通りだ。俺は善人の成り損ないだ」
リアンは目を瞑り俯いた。そして掴んでいたクイエの肩を離した。
「正直、あの国境を超えるのが怖いんだ。あのフェンスが山のように高く見える。向こうに行っても俺は、きっと同じことを繰り返す。死なない限り、人間は生まれ変われたりしないんだ」
「それはおかしい、」
クイエの言葉を最後まで聴かず、リアンは走り出した。わざと低木の枝を払い除け、音を立てた。すぐに一味の一人がそれに気づき、声をあげて知らせた。それを期にそれぞれが声をあげて獲物の位置を知らせ合った。
「女は後回しだ。リアンだ。リアンを追え」
ナファタが息を切らしながら、声をあげた。先ほどまでリアンが居た場所に何かを見つけてクイエはそれを拾い上げてポケットに仕舞った。それから周囲を注意深く確認すると、リアン達とは逆方向に動き出した。
リアンは走り続け、雑木林を抜けた。抜けた先にあったのは流れの荒く速い川だった。
「ようやく追い込んだぜ」
ナファタが満面の笑みを浮かべながら、ナイフを取り出し刃の部分を舐めた。それが合図かのように周りの連中も次々に刃物を取り出した。リアンは表情を顰めるだけで動こうとはしなかった。
「七年もいたんだ。リーダー殺しがケダモノの掟でどれだけ罪が重いか知ってるよな。楽に死ねると思うなよ」
ナファタはナイフを振り上げ、リアンの顔に振り下ろした。額から頬にかけて右斜めの傷がついた。リアンは痛がる素振りを一切見せなかった。そしてナファタをキッと睨みつけた。
「良い根性だ。思う存分痛みつけて殺してやるよ」
後ろに居たナファタの一味がそれぞれにリアンの身体や顔を刃物で切りつけ始めた。殺さず、なるべく浅く何度も切りつけた。数分もしないうちに彼の顔は誰か判別できないほど傷だらけになった。見るに堪えない無残な容貌だった。ナファタが胸を突き刺すまで、数十分以上それは続いたが、リアンは意識を保ち立ち続けた。
クイエは国境のフェンス前まで辿りついた。近くまで来るとその金網のフェンスはとても高く感じられた。右足の傷口が痛んだ。
「女ぁ、さっきはコケにしやがって、ユダイさんにあんな傷まで負わせやがって」
クイエが振り返ると、そこには鬼気迫る表情のナジが立っていた。彼女はすぐに金網に飛びつき登り始めた。ナジは駆け、クイエの右足首を掴かんだ。激痛が走るも必死に網にしがみついた。
「今度こそ引き摺り落してやる。お前は国境を超えずにここで死ぬんだよ」
抵抗は空しく、クイエは金網から引き離され背中から地面に着地した。背中に走る痛みから表情が歪んだ。ナジはそんな彼女を見下ろすように傍に立った。
「よく見ると良い女だな。あいつらが来るまで楽しませてもらうぜ」
馬乗りにされたクイエは大人しくなった。ナジが顔を近づけた瞬間隠し持っていたナイフでこみかめを突いた。ナジは悲鳴をあげて、転がりのたうち回った。クイエは再度金網を急いで登り始めた。フェンスの頂上にある有刺鉄線をリアンが持っていたペンチで切断した。フェンスを跨ぐと、そこからは勢いよく飛び降りた。ナジの悲鳴が続いていた。彼女はそれを無視すると、北に見える大きな街に向かって走り出した。
Out Borderはこれにて完結です。




