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Out Border 2

 夜が空けるまで偶然見つけた空き家に身を隠すことにした。辛うじて雨風が防げる程度のあばら家だった。

「ありがとう。あなたがいなかったら、あそこで捕まってたかもしれない。遅れたけど、私はクイエ。よろしく」

 クイエは右手を差し出していた。その行為に対して一瞬戸惑った。差しだした手を握り、俺は軽く会釈した。不思議な感覚だった。長い間、集団の外にいる人間は敵か獲物でしかなかった。

「それより、これからどうする。徒歩で国境を超えるのか」

「次の駅は管理が厳しいらしい。貨物列車にもう一度乗り込むのは難しい」

 そう言うとクイエは床に座り込んだ。先ほどまでの緊張がようやくの解けたのか、当てを失くし悲嘆したのか。俺は情報収集することにした。まあ、出来ることは屋内に散らばるいつ頃のものか分からない新聞や雑誌、外の景色くらいだが、自分たちがどの辺りにいるのか知りたかった。

「何してるの」

 クイエが怪訝な顔で尋ねてきた。

「ここがどこか知りたいんだ」

「あなたが乗り込んできたのはたぶんドス。今はその駅とウノの間のどこかでしょう」

「あそこはドスだったのか」

 随分遠くまで逃げてきたのだなと思った。組織の追走を撒くために途中までは徒歩で逃走していた。最初から列車を使っては逃走先を勘づかれると考えたからだ。

「君はどこの駅から乗ったんだ」

「カトルセ。なるべく荷の多くない貨物に乗って数駅毎で乗り換えてた。その方が見つかりにくいって聴いてたから」

「賢いな。それじゃあ、カトルセから一駅ずつ数えてたのか。俺はどこの駅から乗ったかすら分からない」

 荷の多い貨物の多くはセロ中央駅に向かう。セロ中央駅は大きな国の中にある駅だ。しかし荷が満載に積まれた貨物では隠れる場所が少ない。それから基本的にサボっている管理局がセロ中央駅に向かう貨物だけは厳重に確認した。Out Border、そうした密入国のやり方をまとめた書物が貧困国では流布していた。俺は文字が読めなかったが、口伝でそうしたことを一通り知っていた。

「一つ訊きたいけど、むやみに人を殺さない人間がどうして組織の頭を殺したの」

「組織なんて体の良いものじゃない、あんなのはただの獣の群れだ」

 俺は答えを濁した。それから静かに床に寝そべった。それ以上クイエも訊いてくることはなかった。

 群れには下らない規則が幾つかあった。笑える話だが、犯罪集団の中にも独自のルールがあるのだ。その一つに強姦が許されるのは十五歳からというものだ。その歳になると群れのリーダーから最初の女を宛がわれる。人を殺すことにあまり抵抗はなかったが、痛ぶって殺すのがどうにも受けつけなかった。母親が売春婦だったせいか性行為に対して嫌悪感もあった。

「俺が腕を押さえといてやる。楽しめ」

 リーダーのハネケは言った。女は脚をジタバタと動かし、悲鳴を上げていた。意識が飛んだ。再び女の五月蠅い悲鳴が聴こえた時にはハネケが頭から血を流して倒れていた。自身の握る拳銃の銃口から硝煙が上がるのを見て、全てを理解した。俺は気がつくとハネケを撃ち殺していた。

「きさまぁ」

 その濁った太い声にゾッとした。絶命したであろうハネケは生きていたのだ。ギョロっとした目を見開き、起き上り始めた。俺は後ろに一歩退くと、落下した。暗闇の中に投げ出された。

「夢か」

 俺は飛び起きると、そう呟いた。涼しいはずなのに額には汗が滲んでいた。

「うなされてたけど、大丈夫」

 顔を覗き込みながらクイエは言った。窓から陽の光が差し込んでいた。俺は目覚めを良くするために陽に当たることにした。警戒を怠ることなく外に出た。あばら家の周りは本当に何もない原っぱだった。

「朝食食べる。と言ってもこんなのしかないんだけど」

 後ろから声を掛けてきたクイエが手に持っていたのはビスケットだった。俺は少し笑って、それを摘まんだ。彼女も笑顔を返した。

 俺たちは北に向かって歩み始めた。途中休憩を挟みながら歩き、一つの街に辿りついたのは次の日の夕方だった。建物が立ち並び、幾分か整理された景観のその街は商の国で一番大きな都市だった。あのまま何事もなく列車に乗っていれば前日の朝には着いていた街だ。

「ねえ、あれを見て」

 俺たちは街の中央にあった高台のような建物の屋上に来ていた。クイエが指差した方向を見ると、横に延々と続く帯のようなものが見えた。大きな国の国境を現す金網のフェンスだった。あれだけの物を作り上げることができるのが大きな国の資本力を物語っていた。

「あそこを超えれば大きな国か」

 延々と続くフェンスに圧巻されたのか、ここまで辿りつけた達成感からか自然とそんな言葉が零れていた。俺たちは夕日が沈むのを見届けると、寝床を探し始めた。もちろん金はないので、宿に泊まることは出来なかったが、地べたよりはマシな所を探した。

 しばらく徘徊していると、聞き覚えのある声が聞えてきた。俺は立ち止り身構えた。

「どうかしたの」

 クイエの言葉を俺は無視した。返事をする余裕がなかった。とある声は近くの酒場の喧騒に混じって聴こえた。この声はユダイだ。群れのナンバー3、群れの中で最も頭のきれる男だった。どこからか情報を手に入れたか、初めから俺の行動を読んでいたのかもしれない。とにかく鉢合わせするのは不味い。

「しけた店だな」

 トカゲのような顔をした男が咥え煙草をして酒場から出てきた。間違いなくユダイだった。この距離では気づかれる。突然頭に布のような物を被せられた。ストールだ。横を見るとクイエが得意げな顔をしていた。

「おい、そこの二人待ちな」

 耳障りな声でユダイは二人を呼び止めた。

「嬢ちゃん、隣の男は何でストールなんて巻いてんだ」

 クイエは変に無視するよりも、足を止めてユダイの相手をすることにした。

「兄は顔を火傷しておりまして、外出する時はいつもこうしております」

「女々しい男だな」ユダイは一笑した。「男の顔の傷は勲章だろ。少し見せてみろ」

「いえ、とても醜い顔だと兄は気にしていますので」

 俺はクイエを信用していたが、ポケットに忍ばせていた拳銃に手を伸ばしていた。

「そんな醜いなら、ますます拝んでみたいな。醜い顔なら一杯見てきたからな。どんなものか見てみたい」

 そう言って近づいてきたユダイにクイエは自らも近づいた。二人の間は拳一つくらいになった。

「醜い顔、見たけりゃ鏡見れば充分だろ」

 クイエは低い声で言った。

「おい、兄貴になんて口利きやがる」

 ユダイの後ろに居た醜悪な髭面の男が言った。ユダイの腰巾着ナジだった。

「おっと、黙れナジ。面白い女じゃないか」

 ユダイは笑いながら言った。彼の腹にはナイフが突きつけられていた。クイエは目を鋭くして無言の要求をした。

「俺が悪かった。確かに人をからかうのは良くないな」

 ユダイは引き下がりながらそう言って、手で立ち去るように合図した。俺たちはその場から早足で動き始めた。

「リアン、良い女を連れて歩いてるんだな」

そうユダイに呼び止められたのは、彼らからある程度離れてからだった。俺は無意識に立ち止ってしまった。クイエが腕を引く。

「やはり大きな国へ向かってたか、今日のところは見逃してやろう。ナファタもいないからな。明日は全員でその女と一緒に痛めつけて殺してやる」

 嫌な汗が流れ、ナファタの厳つい顔が脳裏を過ぎった。群れで一番凶暴な男だった。今の群れを率いているのはこの男なのだろう。

「今夜はゆっくり休め。良い夜を」

 ユダイは友人に別れの挨拶をするかのように手を振った。リアンは振り返りもせずに、しばらくその場に佇んだ。クイエとふと目が合ったが、申し訳なさからか、すぐに目を逸らした。

 消えろ。みんな消えてしまえ。ハネケ、あんな男に出会わなかったら、こんな道には進んでいなかった。ユダイ、ナファタ、こんな屑どもと出会うこともなかった。クイエ、お前もだ。俺は一人でもきっとここまで逃げてこれた。何とかなったはずだ。使えるから行動を共にしただけだ。そもそも俺はお前を助ける義理なんてないんだ。明日お前がどうなろうと知ったことじゃない。知ったことじゃない。

Out Border 3へ続きます。

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