表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/20

もこみちスマイル

もこみちスマイル (お題 チキンスープ)


 白銀の世界で俺は蹲って、双眼鏡を使って、遠くの標的を見据えていた。ここは南極大陸。極寒地帯。風が吹くと、痛みを伴う寒さが身体を襲う。充分な防寒をしても、僅かな隙間から冷気は入り込むのだ。その寒さは試練のようだ。ここは自然が人を試すために準備したような環境である。

 俺は傍にあるM24を構えた。スコープを覗きこみ、約600m先にいる標的に照準をゆっくりと合わせる。

「くそっ」

汚い言葉が自然と零れた。寒さで手先が震え、なかなか照準が定まらない。焦るな。標的はまだこちらに気づいていない、無防備に明後日の方向を眺め佇んでいる。白と黒のボトルのようなフォルムにヨチヨチ歩き、その姿を愛らしいと思う人は多いだろう。俺が狙っていたのはそんなペンギンだった。

 2030年、新種の鳥インフルエンザが猛威を振るい、地球上の鳥類は南極のコウテイペンギンを残し、全て絶滅した。ペンギンに特殊な免疫があったわけではない。全ての鳥類を全滅に追いやったインフルエンザウイルスは、この極寒に勝つことはさすがに出来なかったのだ。

 俺は一週間前に観光と目的を偽り南極入りをした。本当の目的は狩猟だ。どうしてもペンギンを狩らねばならない。剥製目的、違う。狩猟自体が目的、違う。俺はペンギンを食料として狩るのだ。しかし、食べるのは自身ではない、余命幾許のない祖母だ。

 半年前、祖母は入院した。地域の高齢者向けの定期検診で癌が発覚したのだ。街の大きな病院で精密検査をすると癌は全身に転移していることが分かった。正直、この時は別段何も感じることはなかった。遅かれ早かれ誰しも病気になり、死んでいくのだ。そんな達観した考えを持っていたし、癌と宣告されても祖母は変わらず元気にしていたので、真実味がなかったのだ。しかし、五ヶ月も経つと次第に祖母は弱っていった。ベッドの上で点滴を受けながら、こけた姿を見た時、初めて祖母が大病を患っているのだと実感した。

 俺は祖母のことが嫌いだった。世間では祖母は孫に優しいものだが、俺の祖母は違った。掃除をしろ、あれを買ってこい、肩を揉め、あそこに連れ行け、そうした雑用を暇があれば頼んできた。母以上にあれ、これと云いつけてくるのだ。口うるさい祖母を煩わしく思っていたのは、雑用の多さに苛立っていたわけじゃない、礼が何もないのだ。小遣いが欲しかったわけではない、せめて一言、本当に一言「ありがとう」くらいは言って欲しいものだった。そんな粗野な祖母が心底嫌いだった。

 そんな不満を祖母に抱いていたのは間違いだった。自身が表面でしか他人を評価できない思慮のない最低な人間だったと分かったのはほんの一ヶ月前だ。

「お前、お婆ちゃんの見舞いには行ったか」

 自宅のリビングで寛いでいる時に父がそんなことを尋ねてきた。俺は生返事を返した。祖母の見舞いに行ったのは入院初日の一回きりだった。

「お前はお婆ちゃんに世話になったんだからな。毎日でも行ってこなくちゃいけないんだぞ」

 何の冗談だと思った。散々こき使われたのに世話になった。何を言っているんだ。父の説教は続いた。

「雑誌読んでないで、ちゃんと話を聞きなさい」

 俺は読みかけの雑誌をセンターテーブルの上に放り投げて、父をまっすぐ見つめた。

「は、世話になった覚えなんてねーよ」

「何言ってるんだ。お前の大学の学費出したのは俺じゃなくてお婆ちゃんなんだぞ」

 不意を喰らった。父の話は続いた。くだらない、実にくだらなかった。父は今まで息子の俺に見栄を張るために学費を自身が払ったように言っていたが、祖母に全額賄ってもらっていたのだ。沸々と怒りが込み上げた。父に対してではない、自身の思慮の浅さにだった。

「お婆ちゃん。俺に何か出来ることあるなら、何でも言ってくれよ」

 次の日、俺は朝一で見舞いに行った。祖母はベッドの上で置き物ようになっていた。俺はショックだった。あんなに口うるさかったのに、喋るのさえやっとといった感じになっていた。祖母はパクパクと口を動かした。思いっきり耳を近づけて一言一句聴き漏らさないようにした。

「す、スープ。スープが飲みたいんだな。何のスープだ。コーンスープで良いか」

 祖母は首を横に振り、再び何か呟き始めた。俺は口の動きにも注目して耳を傾けた。

「ち、ちき、チキン」俺は目を丸くした。「お婆ちゃん、鶏なんてもう絶滅していないから無理だよ」

 俺は考えた。鶏が絶滅している以上、チキンスープは作れない。ふと病室のテレビに意識が向いた。情報番組のワンコーナーで速水もこみちが料理をしていた。

「ここはオリーブオイルの代わりに普通の油でも大丈夫です」

 そう言ってもこみちは爽やかな笑みを浮かべた。こ、これだ。必ずしも鶏を使う必要はない、代用品を見つけて使えばいいのだ。

 そうして俺は鶏の代替品としてペンギンを選んだのだ。俺はすぐに南極に飛び、一週間ペンギンを求め歩き続けた。鳥インフルエンザの脅威から逃れたペンギンたちも温暖化の影響で絶滅の危機に瀕していた。そのため簡単にペンギンに出会うことは出来なかった。

 そして今、600m先に追い求めたペンギンがいるのだ。まだ仕留めていないのに不思議な高揚感があった。その高揚感が寒さを打ち消してくれる気がした。駄目だ、手先が震える。気持ちの持ちようで、どうにかなる寒さではない。俺はスコープから一度目を離した。標的を見失う可能性もあったが賭けに出た。目を瞑り、精神を集中させた。闇の中に笑顔が浮かぶ。良い笑顔だ。俺は目を見開き、すぐにスコープを覗きこんだ。風が止んでいた。勝負の時だ。

「もこみち。何でお前の笑顔なんだよ」

 咆哮と同時に引き金を引いた。渇いた空気に銃声が響き渡った。直後に標的は崩れるように倒れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ