サムゲタン
サムゲタン (お題 チキンスープ)
「韓国料理食べ行こうぜ」
友人の言葉に自身の耳を疑った。こいつ韓国料理なんて食べるのか、あんな物は豚の餌だ。そうか、そういうことか、やっぱりこいつ在日だったんだな。目が細い。行儀が悪い。苗字も田中で左右対称である。薄々感づいてはいたが、疑念が確信に変わった。
「サムゲタンが美味しいんだよ。一緒に行こうぜ」
「は、一人で行けよ」
俺は冷たく言い放った。
「な、なんだよいきなり。何か気に障ったか」
田中は一瞬尻込みしたが、すぐにニタニタとした笑みを浮かべながら言った。キモいな、しらばっくれる気かよ。
「俺、韓国人とはつるまない主義なんで、金輪際話しかけんなよ」
「え、何言ってんの。俺、日本人だよ。まさか韓国料理食べに行こうってだけで韓国人になっちゃうの。意味わかんね」
投げやりな態度だった。え、何でこいつが拗ねてんの。どう考えても被害者は俺だろ。田中は席を立ち、背もたれに掛けていたコートを手に取り、羽織り始めた。
「待てよ、帰るのかよ」
「そうだよ。うぜえ」
田中はキッと睨んできた。
「は、何でお前がキレてんの。裏切られたの俺の方だろ」
やっぱ韓国人だな。お得意のファビョるってやつか。
「いや、お前マジなんなの。裏切られた、何が、頭おかしいんじゃないのか」
「ファビョんなよ」俺は嘲った。「俺は今までコリアンと付き合わされてたんだぞ。コリアンと接してたなんて大恥だよ。いや、マジで」
「お前マジで言ってんの」
「うるせー黙れコリアン」
田中は呆れた顔をした。それから大きく溜め息を吐くと、喫茶店から出ていった。俺はしてやったりだった。韓国人と手を切ることが出来たのだ。毅然とした態度で接したのが良かったのだろう。もしかするとこれから謝罪と賠償を求めてくるかもしれない。しかし、今と同じように意志を強く持って、言い返せば、弱虫なあいつらは逃げていくのだ。
俺は達成感に酔いしれながら、帰路についた。帰宅すると家の中に良い匂いが充満したいた。何の匂いだろうか、何かが煮詰まる音も聴こえてくる。ダイニングに入ると母がキッチンで調理をしているのが見えた。俺は帰宅の挨拶を兼ねて、何を作っているのか母の肩越しに覗きこんだ。
「お、チキンスープじゃん」
「あら、おかえり。これ、チキンスープじゃないわよ。サムゲタンよ」
サ・ム・ゲ・タ・ン、俺は母の言葉を疑った。美味しそうなスープの中に鶏肉がゴロゴロと入っている。
「え、チキンスープだろ」
「いいえ、サムゲタンよ」
嘘だ。冗談は止めてくれよ。どう見てもチキンスープだ。だってスープの中で鶏肉が煮詰まってるじゃないか。サムゲタンってそもそも何だよ。
「な、なんで母ちゃんがサムゲタン作れるんだよ」
「変なこと言うのね。なんでって、サムゲタンの作り方なら料理本に載ってるわよ」
母はそう言うと、すぐそばに置かれた「韓国料理レシピ集」なる本を持って、笑顔で俺に手渡してきた。俺は母の手から本を払い落すと、自室に逃げ込んだ。信じられない、俺の母ちゃんも韓国人だったなんて、つまり俺には韓国人の血が流れてるってことじゃないか。絶叫した。母の心配する声が聴こえる。すぐに部屋の錠を掛けた。しばらくしてから、俺は机の抽斗から工作用のカッターを取り出すと、その刃を静かに手首に押し付けた。




