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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

或る少年の追憶

作者: スゴロク

それは、いつのことだっただろうか。確か、高校に上がってすぐの頃だったと記憶している。

中学時代からの友人である如月柊羽と共に、ネット小説を読んでいた時のことだ。


「……はっ」

「どうした」


つまらなそうに画面の文字列に目を通していた柊羽が、嘲笑うようにため息をついた。どうしたのかとそちらに目を向けると、柊羽はこいつを読んでみろよ、と小説のタイトルを教えた。


言われた通りにそれを検索して読んでみると、何ということはない異世界転移モノだった。ただし、ストーリーが問題だ。

あまりに長いので物凄く大雑把に言うと、元軍人が異世界に飛ばされて殺戮の限りを尽くし、挙句こちらに戻ってきた後も向こうで得た力を呵責なしに振るって平和な世界を殺戮の渦に巻き込む、というものだった。


「バッドエンド、かつ現代ピカレスク系の異世界ファンタジーか。そこそこ面白いと思うが?」

「それは俺も同感だよ。冬夜、俺が気に食わないのはそこじゃない」


よっ、と背もたれに預けていた身を起こし、ぎしりと椅子が軋む音を鳴らし、彼は言った。


「こっちも読んでみろよ」

「……これのどこが気に入らん? よくあるファンタジーものだが」


彼が羅列したタイトルは、勇者召喚や異世界転移を下敷きとしたファンタジー小説群。

文法はともかくストーリーや設定の入れ込みはそれなりに良く出来ており、普通に面白いというのが感想だ。

だが、柊羽はそれを聞くとますます苦い顔になった。


「……一体何がそこまでお前を苛立たせる?」

「こういうストーリーが当たり前になってる風潮だよ」

「は?」


いいかよく聞け、と柊羽は指を立てる。


「こいつも、この話も、この作品も、いわゆる『テンプレ』を崩すようなストーリーばっかりだ。召喚した国がクズだったり、逆にされた方が好き勝手やってたり、今のみたいに人間心理を描いてそれが当然だー、みたいな話だったり」

「…………」


こういう時は相槌を打たない。ただ、黙って耳を傾けている。視線が反れない限りは聞いている、ということだ。


「別にな、それが悪いとは言わない。そういう話もありだとは思う。けどな」

「…………」

「俺が一番気に入らないのは、そうそう都合よくはいかない、それが事実だって言ってることだよ」

「……世の中とはそういうものではないのか?」


話の続きを引き出すために問うと、打てば響くように返事が来る。


「現実ならな。けどな、小説の世界にまでそれを持ち込むってのはどうよ?」

「どういうことだ?」

「ファンタジーっていうのは『幻想』って意味だ。現実にはあり得ない可能性のことだ。それをテーマにしてる小説なら、都合が良くてもいいんじゃないか?」

「……わからんでもないが」

「テンプレートっていうのは、言い方を変えれば王道だ。これぞ物語っていう基本のことだ。それを崩すのが当たり前ってどういうことだよ」

「……確かに」


王道の物語というのは使い古された形式だ。しかし裏を返せば、誰でも受け入れることが出来る歴史ある物語でもある。


「日本で言ったらあれだよ、桃太郎とか金太郎とか一寸法師とか。あれも言ってみればファンタジー系の親戚みたいなもんだろ?」

「そうだな」

「俺さぁ、別に人様の創作にケチをつけたいわけじゃないわけよ。けどな、あれだよ。例えばこの話……ご都合主義とかお約束とかを徹底的に無視してリアリティを追求してるわけだ」

「…………」

「別にそういう話があってもいいとは思う。思うが、個人的には気に入らない」

「…………」

「俺はな、物語っていうのは読んだ後に気持ちの切り替えがすっと出来るようなものだと思ってる。そりゃ、現実にはそうはいかないってのはわかるし、都合のいい展開もお約束もフラグもありゃしない」

「…………」

「けどな、だからこそ、創作の世界くらいはそういうのがあってもいいと俺は思うわけよ」

「なるほど」


見知らぬ世界、見知らぬ人々。異なる価値観、ものの見方。それら、普通なら付随する問題を全て片付けられるのが物語の強みだと、柊羽は言う。


「だからこそ俺は言いたい。ご都合主義の何が悪いッ!?」

「……要するにあれか。創作に、物語にリアリティを持ち込んで、本当ならそうは行かない、実際はこんなに都合が良くない、と指摘するのは野暮だ、と」 

「そういうことだ。業界ならまだしも、個人の領域にあーだこーだ言うのはな。もう一つは完全に個人的な好みなんだが……」

「聞こう」


ああ、と柊羽は話を続ける。


「お前さ、バッドエンドの話ってどう思うよ?」

「後味があまり良くないのは確かだな。麻美などは未だに気にしているから、俺が作者に許可を取って続編を書く羽目になった」

「麻美ちゃんは中身が幼すぎて参考にならないって。ともかくだ、俺の話をさせてもらえば、受け入れがたいというのが本音だ」

「理由はさっきと同じか。ご都合主義の何が悪い、と」

「さすがにわかってるな。現実で通用しない主義だからこそ、物語の世界くらいはいいじゃないかっ、と思うわけだ。それがリアリティだの非現実的だの、そんな意見に潰されて淘汰されつつある。結果生まれるのは現実的な側面ばかりを意識したファンタジーもどきだ。こんな事態が認められるかーッ!」

「認めるわけにはいかんな。少なくともお前はそうだろう」

「ぜぇっ、その通りだ。加えて最初に読ませたアレもだ」


軍人大暴れのピカレスクファンタジーである。


「あれがどうした……いや、そうか」


問いかけたところで気づいた。なるほど、確かにあれは柊羽の価値観には決定的に合うまい。


「超常の力を持った殺人狂が現代世界で暴れたらどうなる? 結論、みんな死んで終わりだ。そういう話が好きな奴ならいいさ。が、俺はリアリティがどうのとのたまう奴にこそ言いたい。もし、自分がそういう事態に巻き込まれても同じことが言えるか、と」

「無理だろうな。溺れる者は藁にも縋るという。何にでも頼って助かろうとするだろうな」

「だよな?」

「つまるところ、物語はあくまで物語であり、そこに現実の事情や人間の在り方を持ち込んで、リアリティを追求するのは邪道だと?」

「そういうわけじゃない。王道、テンプレート、悪い言い方をすれば在り来たりってことだ。だから、スパイスとしてそういうのを持ち込むのはいいと思う。実際その手の話は面白いしな」


けどな、と柊羽は言う。


「ファンタジーなのにリアリティ至上って今の風潮が気に食わないんだよ。ファンタジーだぞ、ファンタジー。何で生々しい事情を持ち込んでまでリアルさを出さなきゃならない? いいじゃないかよ、都合のいい話でも」

「まあ、確かに、な」


現実にないから創作の世界で。そこにもリアリティという名の圧力が押し寄せるなら、どこに向ければいい?


「だが、お前が言っているのは、要するに童話の世界ではないか? ファンタジー小説にそれを過剰に求めるのは、それこそ野暮だと思うが」

「そりゃまあ、な。対象年齢も違うし、そもそも作者の頭の中を形にしたのが創作ってものだしな」

「それでも言わずにはいられない、と。……お前の言う『ご都合主義』というのは、要は大団円のハッピーエンドということか」

「そうなるかな。シュゼ姉さんが帰って来てくれればなぁ、って思わない日はないし」

「……………」

「安い同情はしてくれるなよ、冬夜。お前には俺の気持ちはわからんさ」


突き放したような言い方だったが、事実だった。シュゼットが死んでからそう経たない頃、荒れていた柊羽に「気持ちはわかるが」と言ってしまい、一時絶縁状態だったからだ。

この件に関してだけは、柊羽は冷淡だ。


「…………誰にも都合のいい、誰も傷つかない結末。永劫の平和……それがお前の望む物語の終わりか」

「歴史ならその後にも続いていくだろうが、物語ならそこで終わらせるべきだ。平和も戦争も、永遠に続いたら10年持たずに滅びちまうぞ」

「まあ、確かにな」


もっとも、と柊羽は笑う。


「もし、俺がそんな世界に行ったら」

「どうすると?」

「そういう都合のいい存在になってみたいもんだ。理不尽を理不尽でなぎ倒す、不条理を不条理で踏み砕く、そういう存在にな」

「お前ならなれるだろう。何となくだがそんな気がする」

「……そこは笑い飛ばしてくれよ。マジに受け答えするこたないだろ」

「そう言うな。お前という娯楽がなくては、人生が退屈だ」

「俺は芸人か!」


がくりと脱力する友人に、珍しく声を上げて笑ったのを、今でも覚えている。




―――柊羽の両親と、下の姉・如月海里が事故死し、彼から完全に表情が消えるのは、この2日後のことになる。その時はまだ、この友人とあんな別れ方をすることになるとは、予想もしていなかった。

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