この世界で最後に求めたものは
何時からだろう。
私の心がこんなに歪んでしまったのは。
わからない。
ただ、この心が決壊してしまった切っ掛けは何となく分かっているの。
私が虐めに遭い、あの人が助けてくれた。
ほんの些細な出来事だった。
私を助けてくれたあの人はキラキラと眩しくて白馬の王子様なんじゃないかと思った。
私はあの人に恋をしたんだと思った。
それなのに。
あの人とあの子が出会ったあの時から。
私の心は少しずつ壊れて行っていたのだと思う。
あれから三年の月日が経った。
予てより三人とも同じ志望の大学だったその大学に私とあの人は入学した。
親友の悲しみを乗り越えて私達は結ばれた。
それなのに、何故?
何故心はこんなにも空虚なの?
「香織ちゃん?」
後ろから呼ばれる声に気付いて振り返ると、去年からやっと付き合い始めた彼が立っていた。
「どうしたの?」
「どうしたのはこっちのセリフだろ?本当如何したの?ぼうっとして。講義はとっくに終わってるよ。帰らないの?」
「あ、ううん。帰るよ。支度するから待ってて。」
そう言って、机の上に置いてある筆記用具をカバンの中に詰めていく。
「じゃあ行こう?」
「・・・・ああ。」
先を促す私の後に彼は続きながら、私達は講義室を後にした。
きっとこの虚しさは気のせい。
直ぐに消えて無くなるわ。
だから、私は自分の心から目を逸らす。
「別れようか。」
誰かがそう言った。
誰が?
目の前にいる人間が。
「どうして?」
「香織ちゃん。気付いてた?君が今何をしているか。」
「何って、料理をしているよ。見れば分かるじゃない。」
そう言って、ニッコリと笑いながら手にしている鍋を彼が見えるように身体を少しずらす。
「本当に気付いてないの?今作ってる料理、二回目だよ。」
「それはレパートリーが少ないってこと?」
「そうじゃない。本当に気付いてないんだね。作って直ぐに捨ててることにも。」
私、そんな勿体無いことしたかしら?
「お互い一人暮らしで最近ではもう殆ど同棲している形になって気が付いたけど、エプロンのポケットに入っているそのキーホルダー。それ、沙耶ちゃんのだよね。前に香織と色違いなんだって言って見せてもらったことがあるんだ。大学ではい極力触らないようにしてるみたいだけど、家に帰ってからは無意識なのか殆どずっと触っているよね。僕に気が付いて隠してるみたいだけど。」
鍋をかき混ぜていた手が止まる。
淡々としゃべる彼の表情を見るのが怖くて振り返ることが出来ない。
「他にも沙耶ちゃんの物だと思う物を見かけるんだ。もしかして、僕が気付いてないだけで他にも彼女の物があるんじゃないか?」
「・・・・・・。」
ああ、手が震える。
呼吸も何だか荒くなっている気がする。
「大切な幼馴染が事故で死んでしまって悲しいのは分かるよ。僕だって沙耶ちゃんが死んで悲しかった。親友の形見を傍に置きたいと思うのも分かる。でも、今の香織ちゃんは少し異常だよ。少し、彼女の品から離れた方がいい。」
「・・・・何故?」
「香織ちゃん・・・・・。」
どうして?
何がいけないの?
沙耶ちゃんの物に囲まれるとこの心の空しさが薄れるのに。
後ろから深いため息が聞こえる。
「ねえ、香織ちゃん。僕と付き合うようになったのは僕を好きだからじゃないんじゃないのか?僕を通して沙耶ちゃんを思い出してたんじゃないのか?本当は、君は―――」
ああ、聞きたくない。
その先の言葉なんて聞きたくない。
聞きたくなんて無いのに。
耳を塞いでいやいやをする私に彼の言葉は容赦なく降り注ぐ。
「沙耶ちゃんが好きなんだろ?彼女に執着しているんだよ。」
はっきりと言い切る彼の前で私は微動だにしなかった。
ああ、気付きたくなんてなかった。
気付かなければ、幸せでいられたのに。
気付かなければ、愚かな自分に目を瞑っていられたのに。
耳を塞いでいた手をだらりと下ろして、私は虚ろに床を見つめる。
「違う。」
「違わない。君は沙耶ちゃんが」
「違う!違う!違う!!」
淡々という目の前の人物の声を遮りながら私は叫ぶ。
「私は!!」
何も聞きたくなかった。
私の犯した罪に気付きたくなんてなかった。
だから、
私は近くにあった物を目の前の人物に突き刺していた。
赤い水溜りが私達の周りに出来ていく。
目の前の人物は目を見開きながら私を見ている。
ピクリともしない目の前のソレは、やがて重力に逆らえずズルリと水溜りに沈む。
その光景を私は虚ろな目で見つめていた。
「私は貴方が好きなの。そうじゃないと・・・」
頬を伝う雫が水溜りに落ちていく。
「沙耶ちゃんを殺した意味無いじゃない。」
如何して今更気づいてしまったのだろう。
気付かなければ良かった。
ううん。本当はもっと早くに気付いていれば良かった。
そうすれば私は大切な人を殺さずに済んだのに。
私はなんて愚かなのだろう。
今更気づいたってもう遅いのに。
あの人の瞳に貴女が映るのが嫌だった。
貴女の笑顔があの人に向いているのが嫌だった。
二人で笑い合う姿を見るのが苦しかった。
今までだったら、貴女の特別は私だけだったのに。
貴女の特別にあの人が加わった。
私以外の人に向ける優しい眼差し。
笑顔を向けるのは別の人。
楽しそうに笑う声を聴くのは私ではない。
あの人へ向けられたそのすべてが憎かった。
憎くて憎くて堪らなかった。
気付いた時にはもう遅すぎた。
私が本当に好きだったのは誰か。
私が本当は誰に嫉妬していたのか。
今更だ。
もう、すべてが遅すぎたというのに。
ああ、可笑し過ぎて笑いが出てきてしまう。
「アハッ、アハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハアハハハハハハハハハハ――――」
どれくらい笑っていたのだろうか。
数十分、数時間だったような気もするしそれ程経っていなかった様な気もする。
事切れたように笑いが収まると、何だか空しくなってくる。
死んだら貴女に会えるかな?
ああ、会いたいよ。
会って貴女に言いたいことがあるの。
聞いてくれるかな?
貴女ならきっと聞いてくれるよね。
だって貴女は優しいから。
ごめんなさい。
今でも大好きだよ。
あの人以上に。
「今日のニュースです。
昨夜未明、**市にあるマンションで男女の死体が発見されました。
男性は胸部の傷による即死。女性は首の傷による失血死により死亡。
女性の手には包丁が握られており、痴情の縺れによる心中自殺とされ――――
香織的に
憧れ(本の中の王子様)⇒ 正輝
愛情?独占欲・執着 ⇒ 沙耶
といった感じです。
LoveなのかLikeなのか香織自身にも分からない沙耶への執着。
自身の気持ちが分からなかった為、正輝への憧れを恋と思い込み沙耶への執着を嫉妬と勘違いしていた。
沙耶はもともと両親の死後もずっとそばに居てくれた香織を大切に思っていて、どちらかと言うと香織以外は広く浅くの友人関係だった。正輝は香織の思い人であった為に他の人より親しくしていた感じです。