7 迫りくる恐怖
「そ、それでは朝のホームルームを始めますぅ」
担任の佐藤先生が到着したのは、チャイムが鳴ってから15分後のことだった。
いつも以上にパニック状態の佐藤先生の態度を見れば何かがあったことは一目瞭然だった。
「先生、何かあったんですか?」
学級委員の白井が心配そうに尋ねる。
「え、えーとですね……。学校はしばらくお休みになりますです」
先生の発言で、周りが一気にざわつき始める。
学級閉鎖だろうか。
そういえば、今日はやたらと欠席者が多いな。
「あのあの、みなさんもすでに知ってるかと思いますが、最近、若者が行方不明となる事件が頻発していますです。特に昨日からその数は急激に増え続け、全校生徒650人のうち178人が行方不明となっているのですぅ」
「ひゃ、178人!?」
あまりの数の多さに驚きを隠せない生徒たち。
正直、俺もここまで被害が大きくなっているなんて思いもしなかった。
昨日の夕方のニュースの時点では、全国で27人だったはずだ。
それが一夜明けた今日、この学校だけでも軽く三桁を超す人が行方不明になったというのか?
いくらなんでも多すぎる。
この国で、一体何が起きているというんだ。
「というわけで、原因が分かるまで生徒たちは安全な自宅で過ごしてもらうことにしたのですぅ」
分けが分からないまま帰宅を促される。
「海斗、どうしよう……私、怖い。怖いよ」
「……だ、大丈夫だよ。奈央は俺が家まで送ってやるから、な?」
正直、俺も怖い。
だけど、どうしても奈央を安心させたかった。
捨てられた子犬のような目でびくびくと怯える奈央を、これ以上怖がらせたくなかったのだ。
帰ろうとすると、教室の片隅で何やらガサガサと机の中をひっくり返す神崎が目に入る。
「神崎は、帰らないのか?」
「ちょっと調べたいことがあんねん」
そんなことを言いながら、今度はロッカーをあさり始めた。
どうやら、今日欠席した生徒の机やロッカーを調べているようだ。
「おいおい、何を調べたいのか知らんが、先生にバレたら怒られるぞ」
「大丈夫やって、終わったらちゃんと元に戻しとくわ。そんなことより、カイちゃんははよ奈央と帰りな、具合悪いんやろ?」
そう言って、神崎は心配そうに奈央のおでこに手を当てる。
「うん、ちょっと熱っぽくて……」
「せやろ? だから、うちのことは気にせんといてさっさと帰りや」
なぜ神崎がそんな行動に出たのかが気になるところではある。
それに、なぜか俺たちを避けてるようにも感じる。
神崎は、何かに気付いたのだろうか。
それを俺たちに隠している?
一体、何故?
考えても仕方がない。
今は、自分がすべきことをしよう。
「おう、んじゃあ先に帰るぞ。神崎も気をつけろよ」
奈央の体調が心配だ。
俺が支えていないと今にも倒れそうな感じなのだ。
「大丈夫か、奈央。汗びっしょりだぞ」
「う、うん、平気……。たぶん疲れてるだけだと思う……」
「そうか? 少し保健室で休むか?」
「ううん、大丈夫」
大丈夫って、フラフラじゃねえか。
「大丈夫じゃねえよ、ほら」
「え、大丈夫だって……」
「何を恥ずかしがってんだよ」
「でも……」
奈央を半ば強引におんぶする。
そうしないと、今にも倒れそうだったからだ。
今朝は恥ずかしいと感じたが、今はそれどころじゃない。
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「ほら、着いたぞ。……奈央? おい、奈央、どうした!? しっかりしろ!」
「……んん」
奈央に家に着いた。
しかし、奈央の様子がおかしい。
「凄い熱だ。どうしちゃったんだよ」
「……私なら、大丈夫。……ごめんね海斗。心配かけちゃって……」
「気にするなって。今日は俺がずっと傍に居てやるからな」
奈央をベッドに寝かしつけ、手をぎゅっと握る。
連続失踪事件と何か関係があるんじゃないかって。
このまま奈央がいなくなっちゃうんじゃないかって。
不安で不安でしょうがなかった。
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「海斗兄ちゃん、海斗兄ちゃんってばー!」
「ふぁ!?」
いつの間にか寝ていたようだ。
奈央の手を握ったまま。
「おう、大地か。今帰ったのか?」
「うん、それより、海斗兄ちゃん。学校サボって姉ちゃんと何をしてたのかなー?」
ニヤニヤしながら、奈央の弟の大地が言う。
うぐぐ、なんか勘違いされた。
「ち、違うぞ、大地。俺は別に何もして……ってそれどころじゃない。奈央が大変なんだ。凄い熱で……」
「んー、別に熱くないよ?」
「あ、あれ? 本当だ」
奈央のおでこに触ると、さっきまでの熱さはなかった。
穏やかな顔をしてクークーと気持ちよさそうに眠っている。
その幸せそうな表情を見て、俺も一安心する。
「むふー、やっと海斗兄ちゃんも姉ちゃんと仲直りしたんだな、えへへ」
「仲直り? 何のことだよ」
「あれ? ケンカしてたんじゃないの? 最近、家にも全然来てなかったからてっきり……」
別にケンカをしたわけではない。
ないのだが――。
昔は、毎日のように奈央と遊んでいたのに――。
高校に入った頃くらいから、あまり話さなくなっていた。
きっかけは何だっただろうか。
思い出せない――。
「姉ちゃんはさ、ずっと海斗兄ちゃんと仲直りしたがってたんだぜ?」
「だから、ケンカなんてしてないって」
「そうなのか? でも、ずっと悩んでたみたいだよ。海斗兄ちゃんに嫌われたって」
「うん? なんだよそれ。俺別に奈央のこと嫌ってなんかいないぞ」
むしろ、嫌われてたのは俺のほうかと思ってた。
あの時、奈央は――。
その時だった。
突然、ケータイが部屋に鳴り響く。
「うわっと、姉ちゃんのケータイだ。姉ちゃん起きちゃうよ、早く出ないと!」
「奈央のケータイを勝手に出ちゃマズいだろ」
そう言いつつ、大地に渡された奈央のケータイを手に取る俺。
画面を見ると、電話の相手は神崎だった。
「おう、神崎か。どうした?」
「……あれ、なんやカイちゃんか。まあええわ、うちな大変なことが分かってしもうた。良く聞いてや、連続失踪事件の……」
「うん? なんだ? よく聞こえないんだが、おい、神崎ー? 連続失踪事件がどうしたって? あれ、切れちゃった……」
なんだよ、忙しないやつだなあ。
そういえば、神崎は行方不明の生徒の机とかを調べていたな。
あれで何かが分かったのだろうか。
「……出ないな」
もう一度かけ直してみるが、神崎が電話に出ることはなかった。
「ねえ、どうしたの? 神崎って、姉ちゃんの友達の神崎さん?」
「ああ、なんかいきなり変な音がしたかと思ったら電話が切れちゃってさ」
「変な音?」
「そう、何か鈍い音が……」
待てよ。
今の音って、神崎が誰かに殴られた音だったんじゃ――?
「ごめん、大地! 奈央のこと頼むな!」
「え、ちょっと海斗兄ちゃん? おーい!」
大地にそう告げると、俺は勢いよく家を飛び出したのだった。




