65 動機
「なあ、少しだけ待ってくれ」
「逃げ出す準備でもする気か? 残念だったな、この部屋の外には見張りが数十人いるのだ。お前に逃げ場はない」
「いや、そうじゃない。少しだけ話がしたい」
俺はそう切り出した。
サクラは麻酔銃を構えたまま、三葉幸太郎のほうを見る。
幸太郎は、やれやれ仕方ないなといった感じで渋々頷いた。
「まぁいいだろう。何が聞きたいのだ」
「あんたの目的は一体なんだ? 奥さんを生き返らせることか?」
「ふっ、最初はそうだったが今はどうでもいい」
「……何!?」
「愛する妻が死に、生きる希望を失った……。だがそのおかげでわしは今の地位を確立することができた。所詮、この世は金だ。金さえあれば、どんな願いでも叶うのだよ」
「そのためだったら何をしても構わないと言うのか!? お前のせいで多くの人が死に、多くの人が今も苦しんでるんだぞッ!」
「ハハハハハ! そんなのわしの知ったことかッ! お前ら弱者はそうやってすぐ人のせいにするな。成功者を妬んでは文句を並べる。自分の無力さを棚に上げてな。わしはな、何十年も真面目に妻や娘のために文句も言わず、ただただ己の身を削って働いてきた。雨の日も風の日も、休日さえも返上して、毎日遅くまで残業残業また残業。そのせいで……わしは気付くことができなかった。妻の異変に……」
「異変……?」
「気付いたときにはもう手遅れだったよ。仕事で忙しいわしに気を使って最後の最後まで、病気のことを告げずに死んでいったのだ。しかし、妻が死んでようやく気付いたのだ。真面目に生きても報われることはないとな」
幸太郎はふっと笑みをこぼす。
顔は笑っているのに、生気が感じられない。
まるで人形のような笑いだ。
「だからわしは決めたのだよ。どんな手を使ってでも妻を蘇らせ、今度こそ幸せな家庭を築いてやろうとね。そのためだったらわしは悪にだってなるさ。例えそれが人の道を外れたことだろうとね」
「どうして……どうしてだよ。理解できねえよ」
「そうだな、若いお前には到底理解できないことだろうな」
「違う、そうじゃない。どうして……人を失う悲しみを知っているお前がこんな実験を続けてるんだよ! 今こうしてる間にも、行方不明になった人々を必死に探してる人がいるんだぞッ! その人たちの気持ちを少しでも考えたことがあるのかよ!」
「……ふ、フフフフ、ハハハハハッ! 青いな小僧ッ! 何かを得るためには犠牲はつきものなのだよ。それが例え人の命だとしてもな」
「この大バカやろう! 何が犠牲だ、ふざけるなッ! お前はただ現実から逃げているだけだッ! 妻を失った悲しみを直視できずに、必死に逃げてるだけなんだよッ! 頼むから……もっと現実を見てくれよ……、お前にはまだやるべきことがあるだろう……? 綾子が……お前の娘が今もお前が帰ってくるのを待ってんだよ……」
「ふん、そんなはずはない。綾子はわしを恨んでいるのだからな」
「確かに綾子はお前のことを嫌ってるかもしれない。だけどな……心の底では信じてるんだよ。綾子は言ってた。母親が死ぬ前の父は優しかったって。本当は戻ってきてほしいと思ってんだよ。あの頃の優しい父親に! なのに、どうして――ッ!」
「だ……黙れッ! 黙れ小僧ッ! もういい、話は終わりだ。サクラよ、早くこのアホを撃て!」
人形のように冷徹な顔をした男が突如として取り乱すように指示を飛ばす。
しかし、サクラは硬直したまま動こうとしない。
「できません……」
「な、何だと……お前までわしを裏切るというのかッ! この役立たずがッ!」
幸太郎がサクラを殴り飛ばす。
「お前にはここで死んでもらうとしよう」
「ぐ……」
赤坂がもっていた拳銃をひょいと拾い上げ、幸太郎が冷たく言い放つ。
その時だった――。
「待って、お父様ッ!」
少女の声が部屋に響き渡った。




