60 疑惑
「意外と広いな、この病院……」
神崎が喉が渇いたというので、俺は飲み物を買いに一階へとやってきた。
しかし、あまりの広さに迷ってしまう。
きょろきょろと辺りを見渡していたせいか、何かに思い切りぶつかってしまった。
「いったーい。どこ見て歩いてんねん!」
「す、すみません……」
目の前には一人の女の子。
よく見ると、どこかで見かけた顔だ。
「あれ、君はどこかで……?」
「あーッ! あんた、たこ焼き屋のナンパ男やん!」
不思議に思ってると、相手も俺の顔に見覚えがあったらしく驚いた様子でそう叫ぶ。
たこ焼き屋というフレーズで俺はようやく彼女のことを思い出した。
彼女は大阪に来た直後に出会った女子高生集団の一人だ。
行方不明となっている広子さんの友達である。
「あー、あの時の子か。こんなところで何してるんだ? 誰かのお見舞い?」
「別に。もしかしたら広子が病院に入院してるんじゃないかと思って来ただけや」
少し苛立った様子の彼女。
ぶっきら棒にそう答える。
「その様子だと広子さんは見つからなかったみたいだね」
「あんたには関係ないやろ、うち急いでんねん。ほなさいなら!」
何か焦っている様子の彼女。
逃げるように立ち去ってしまった。
もう少し話を聞いてみたかったんだが……。
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「あれ、ここは何だろう?」
道に迷った俺は、薄暗い廊下の先にある奇妙な部屋の前に立っていた。
病院には似つかわしくない頑丈そうな鉄の扉。
その扉には『関係者以外立入禁止』の張り紙。
違和感を感じた俺は、その扉のノブに手をかける。
「おい、君。そこで何をしている!」
扉を開けようとしたまさにその時だった。
後ろから怒鳴り声が聞こえ慌てて振り返る。
「あ、す、すみません。道に迷ってしまって……」
「おや、君は確か今日運び込まれてきた患者さんのお友達だったね」
「あ、はい、そうです」
その人は、神崎を治療してくれた医者の赤坂先生だった。
白衣にカルテのようなものを小脇に抱え、睨み付けるように俺を見てくる。
「ここは実験棟だから部外者は立入禁止なんだ。病棟は向こうだから今すぐ戻りなさい」
そう言って、先生は俺の斜め後ろを指差す。
「は、はい、すみません。失礼します」
俺は急いでその場を立ち去った。
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「どうしたん、カイちゃん。そんなに慌てて」
「い、いや、ちょっとね」
なんとか神崎の病室にたどり着いた。
「あれ、カイちゃん。飲み物を買うてきてくれたんやないの?」
「あ、しまった。すっかり忘れてた」
「えー、何しにいってたんよー、カイちゃんって意外とドジやなあ」
そう言って神崎は、クスクスと笑った。
しかし内心俺は焦っていた。
なぜならある疑惑が俺の頭の中を埋め尽くしていたからだ。
目撃者のいない誘拐事件。
共通点のない被害者。
普通、誰かを無理やり連れ去ろうとしたら多くの人が不審に思うだろう。
実際に、俺と涼太は三葉綾子が車に押し込まれそうになったのを見て誘拐だと勘違いした。
だが、今回の事件ではそういう不審な点が一切なかった。
まるで神隠しのように忽然と姿を消している。
それも一人二人ではなく数十人もだ。
誰にも怪しまれずにそんなことができる場所。
もしそんな場所があるとすれば――。




