56 少女の涙
「う、ううん……」
その日の夜。
俺はふと目を覚ます。
誰かの声が聞こえた。
そんな気がしたからだ。
おもむろに立ち上がり、部屋から出ていく。
薄暗い廊下。
その先から、何やらすすり泣く声が聞こえてきた。
「う、ひっく……お姉ちゃん…………」
その声の正体はレイだった。
レイは俺たちを責めることはなかった。
姉を探し出すと約束した。
それなのに、何もできずに帰ってきた俺たちを温かく迎えてくれた。
自分のことだけでも精一杯なのに、家出した綾子の面倒まで見て。
無理して笑って、元気づけて。
唯一の肉親である姉を失い、この子がどんなにつらい思いをしているか。
そんなの言われなくてもわかるのに――。
いや、わかってあげなきゃならなかったのに――。
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それでも俺は、一人泣いているレイに声をかけることはできなかった。
逃げるように部屋に戻った俺は、そのまま布団に潜り込んだ。
そして、何度も何度も考えた。
本当にこのまま帰っていいのだろうか、と。
確かにシェリーさんは優秀だ。
強いし、頭も良いし、美人だし。
だけど――。
果たして、俺が何もしないで良い理由になるだろうか?
このまま東京に帰って、今まで通りに高校生活を送る。
本当にそれで良いのか?
俺は、何のために関西まで来た?
いなくなった神崎を探すため?
いや、それだけじゃない。
行方不明事件を解決させるために来たんだッ!
それならば――。
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「見慣れない車が旅館の前に停まってる?」
「はい……。旅館に入ろうとせずに、不審な男がうろうろしていて、どうしたものかと……」
レイが不安そうに言ってくる。
こんな朝早くに休業中の旅館に用があるとは考えにくい。
逃げ出した俺たちを追ってきたか。
あるいは、三葉綾子を連れ戻しに来た連中か。
いずれにせよ、レイを危険な目に合わせるわけにはいかない。
「あの、何か用ですか」
俺は意を決して不審な男に声をかける。
「おー、探す手間が省けたわ。さあ、はよ車に乗ってや」
「え、ちょ、何するんだよ……」
すると男は強引に俺を車に乗せようとする。
やはり、やつらの仲間だったのか?
抵抗する俺。
しかしこの男、見かけによらず凄い力だ。
「なんや、はよせえや。わいも忙しいんや」
「何しやがる。俺をまた捕まえる気か!?」
俺は叫びながら男の手を振りほどく。
「……? なんやあんさん。シェリーはんから何も聞いてないんか?」
「しぇ、シェリー?」
ということはこの男は敵ではなく……。
「そうや。わいはマルトクの大森小三郎っちゅうもんや! よろしくな、夏野君!」
「は、はぁ……。ところでマルトクってなんですか?」
「なんやそんなことも知らんのかいな。特殊訓練兵を略してマルトクや!」
どこをどう略しているんだろうか。
まあいいや。
「それで、大森さんは何しに来たんですか」
「何って、東京に帰るんやろ? やつらに狙われる危険性がゼロっちゅうわけやない。せかやら、わいが車で送ったるわ」
なるほど、護送というわけか。
交通費もなかったし都合が良いな。
「分かった。涼太たちを呼んでくるから少し待っててくれ」
「あいよ」
俺はそう言い残して旅館に戻ったのだった。




