47 少年の嘘
翌日、あまりの寒さで目を覚ます。
「うひぃ、朝はやっぱり冷えるな」
見慣れない天井、見慣れない部屋。
俺は、はたと我に返る。
「ああ、そうか。大阪に来てたんだった」
タダで泊めてもらった旅館。
まだ外も薄暗い。
おそらくあの少年もまだ眠っているだろう。
逃げるなら今がチャンスだ――。
「おい涼太、起きろ」
横で眠る涼太を揺り起こす。
「ううん、まだ眠いよ。あと五分寝かせてくれええ、むにゃむにゃ」
気怠そうに甘えた声でそんなことをいう涼太。
スパコーン。
寝ぼける涼太を部屋にあったスリッパでぶっ叩く。
「いつまで寝てんだ。俺たちは遊びに来てんじゃねえんだぞ!」
「はにゃ!? おう、海斗じゃねえか。朝から何をそんなに怒ってんだい?」
「お前がなかなか起きないからだろうが」
急いで着替えをする俺。
涼太は眠たそうにまぶたをこすりながら、のんびりと着替えをしている。
「おい、早くしろよ」
「何をそんなに急いでるんだ?」
「昨日のあの少年の態度を見ただろう? あれは何か隠してる顔だ。もしかしたら例の事件と何か関わりが……」
俺が言いかけると、部屋の前に誰か人の気配を感じた。
まずい、誰かに聞かれた――?
冷や汗がどっと吹き出てくる。
息苦しい。
「どうした海斗?」
「……」
涼太はそれに気付いていないらしく、俺の豹変ぶりに驚いている様子だ。
「外に……誰かが……」
小声で俺がそういうと涼太が小首を傾げながら部屋の外を確認しに出ていく。
「誰もいないぞ?」
「そんなはずは……」
確かに誰かが部屋の前にいた気配を感じたのに――。
慌てて、涼太の後ろからひょこっと顔を出す。
見渡してみても誰もいない。
薄暗い廊下にほんのりと温かみのある照明。
しんと静まり返り、物音一つしなかった。
ただの気のせい?
「ハハハ、怖い怖いと思ってるからそういう見えないものが見えるんじゃないか?」
「いや、幽霊とかそういう類じゃなくてだな」
気のせいなんかじゃない。
まるで俺たち二人を監視するかのような目が向けられていた。
と思うのだが――。
「とにかくだ、早くここから出よう」
いずれにせよ長居は無用だ。
一刻も早くここから立ち去らねば。
「あ、おはようございます。もうお目覚めですか?」
「……ッ!」
後ろから突如として声をかけられた。
あまりにも驚いた俺はネコのように飛び上がりそうになるのを抑えながら振り返る。
「今すぐ朝食の準備をしますので少々お待ちくださいな」
「お、おう……」
声をかけてきたのは、旅館の跡付きの少年。
ニコッと微笑み、厨房のほうへと消えて行った。
「せっかくだから食っていこうぜ!」
涼太が平然と言った。
状況を理解してないのかこいつは。
しかし、不自然に出ていこうとしたら逆に危険かもしれない。
仕方なく、部屋に戻り朝食が運ばれてくるのを待つことにする。
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「わあ、素敵な朝食だな!」
「崩れた卵焼きに、真っ黒な目玉焼き、半熟なゆで卵のどこが素敵なんだよ! なんだよこの卵祭り!」
出てきた朝食は料理と言えるような代物ではなかった。
これでもかというくらいの卵押し。
この旅館は卵専門店か何かなのだろうか。
そんな考えが脳裏をよぎる。
「す、すみません。ボク、これくらいしか作れなくて」
俺たちが唖然としていると、少年が目に涙を浮かべて謝罪してきた。
「これいくらいしか作れないって、他の従業員はいないんですか?」
そういえばこの少年以外の従業員を見かけてすらいない。
もっと早く気付くべきだった。
「はい、おっしゃる通りです。現在、旅館は休業中なんです……」
「休業? じゃあどうして俺たちを?」
少年は黙り込む。
昨日と同じだ。
何か後ろめたいことがあるのか、それとも――。
「実は、姉がこの旅館を切り盛りしていたのですが、三日前から行方がわからなくて……」
少年は涙ながらに語る。
どうやら、この旅館は少年の姉が経営しているものらしい。
跡付きというのは少年が咄嗟についた嘘だった。
「じゃ、じゃあ、昨日の夜遅くにあの公園にいたのも……」
「はい、姉を探していたら泊まる場所がなく困っていた二人をお見かけしたものですから」
頬をぽりぽりとかきながら照れくさそうに笑う少年。
「ああっ! すみません。不慣れで不愉快な思いばかりさせちゃったみたいで……」
同時に、深々と頭を下げる少年。
「いやいや、謝るのはこちらのほうですよ。タダで泊めてもらってるのに本当にすみません」
俺は自分を恥じた。
こんな真っ直ぐな少年を疑って、怪しんで、一生懸命つくってくれた料理にケチをつけて――。
何をやってるんだろう俺。
あの事件以降、人として大事な何かをなくしていた気がする。
信じる心。
人を労わる気持ち。
そんな当たり前の何かを――。
「だから言っただろう? 海斗は疑り深すぎんだって。もっと気楽に行こうぜ?」
落ち込む俺の肩をバンバン叩きながら涼太が言う。
涼太に言われると何だか悔しい。
俺だって、好きで人を疑ってたわけじゃないのに――。
「さてと美味い朝食も食べたし、そろそろ行くとするか」
涼太がそう言いながらおもむろに立ち上がる。
少年は、さみしそうにうつむいている。
そんな少年の頭をぐしぐしと撫でまわしながら涼太は言った。
「心配すんな。俺たちがお前の姉を絶対に見つけ出してやるからよ!」




