42 胸に秘めたる想い
「おー、カイちゃん、こっちやこっち!」
「なんだよ、急に屋上なんかに呼び出したりして」
学校の昼休み。
神崎が腕を組んで俺を睨みつける。
はて、何か怒らせるようなことをしただろうか。
「聞いたでカイちゃん」
「何をだよ」
「一人でいるほうが気が楽とか言ったそうやないの」
涼太から聞いたのか……。
どいつもこいつも余計なことをしやがって。
「なんで、奈央と付き合ってあげへんの? 奈央はずっとずっとカイちゃんのことが好きやったんよ?」
「うるさいなあ。お前には関係ないだろ」
俺が奈央と付き合えないのには理由がある。
だって俺は、奈央と付き合う資格なんてないのだから――。
「良いんだよ、俺はさ。奈央にはもっと相応しいやつが現れるだろ」
「そうやって、カイちゃんはいつも逃げるんやな」
「俺が逃げてる? はっ、何から逃げてるっていうんだよ」
「逃げてるやろ。そんなことじゃ、あの時の涼ちゃんと一緒やない」
あの時の涼太?
涼太があの異世界、いや地下世界に引きこもってた時のことか?
「俺は普通に高校生活をエンジョイしてるんだ。これ以上何を望む必要があるっていうんだよ。みんな無事に元の生活に戻ることができた。それで十分じゃねえか」
「十分やない……。カイちゃん、地下から戻ってきてからずっと暗い顔しとるやん。心の底から楽しんでなんかない!」
……。
そうか、神崎には全てお見通しか。
「ああ、そうだよ。俺は後悔してるんだ。この手で人を殺めたことを……。助けられたかもしれない命を助けられなかったこと……。俺は神崎のように、強くなれない」
「……そんなことない。うちだって、強くなんかないで。ただ後ろを振り返るのが嫌いなだけや。だってそうやろ? 後悔なんてしたって、何も変わらんもん。変えられるのは未来だけや。だから、反省はしてもええけど、後悔はしちゃダメやで」
それが強いっていうんだよ。
俺は、後ろを振り返ってばかりだ。
俺がもっと早く白井の企みに気づいていればこんなことにならなかったかもしれない――。
そう思うたびに胸が締め付けられていく。
そんな俺に幸せになる権利なんてない――。
「もう話は終わりだ。俺は教室に戻るぞ」
「待ってや、カイちゃん。一人で抱え込んだらあかんで? うちらは仲間なんやから……」
---
「やあ、久しぶり。夏野君が授業をサボるなんて珍しいね」
「……なんだ山田か。お前こそこんなところで何やってんだよ」
昼休みが終わったというのに、俺は教室に戻らなかった。
いや、戻れなかった。
奈央の顔を見るのが怖かったのだ。
授業をサボったことなんて今までなかったのに――。
「ハハハ、僕はサボりなんかじゃないよ。ほら、美術の授業で絵を描きに来たのさ。この校舎裏にある桜の木をね」
「桜っていっても、今の季節、花どころか葉っぱすらほとんどないじゃないか」
山田はふっと笑ってそのまま俺の横に座り絵を描き始めた。
俺は、その様子を無言で見守ることにした。
今さら教室に戻る気にもなれない。
このまま、消えてしまいたい――。
結局、俺は白井を救うことができなかった。
俺なんかよりも山田のほうがよほどつらいはずなのに――。
「夏野はさ、異世界って信じる?」
「んあ? 何だよ急に」
「僕はね、異世界って結局のところ僕らの手の届かない理想なんだと思うんだ」
「……?」
「この世界はさ、時に理不尽で残酷で思い通りにならないようなことっていっぱいあるだろ? だからこそ、理想の世界を作り上げる。小説という形でね」
山田は今でも小説を書き続けている。
あの事件以降も、ずっと――。
「そりゃ、僕だって、あんな事件があったんだもの。何度も書くのをやめようってそう思ったさ」
「だったら、どうして……?」
「だからこそ、だよ。人々が異世界を夢見るのは悪いことじゃない。思い通りにならない現実世界だからこそ、心のよりどころとして異世界に救いを求める――。そうやって、知らず知らずのうちに心のバランスを保つのさ。つらいこと、悲しいことを乗り越えるために。明日と向かい合っていくためにね。まぁ、異世界に依存しすぎるのはちょっと問題があると思うけどね」
「……山田」
「おっと、話が長くなってしまったようだ。ま、難しいことは言うつもりは毛頭ないよ。ただ一つだけ――」
そう言って、山田が描いていた絵を俺に見せてくれた。
「春になれば桜は咲くってことだけさ」
山田の絵の桜の木には、満開の花が咲いていた。
鮮やかに彩られ、春の訪れを感じさせるように――。
「……お前、小説はうまいけど、絵は下手なんだな」
「……うぅ。急いで描いたから細かいことは言いっこなしだよ?」
そう言って、山田は照れくさそうに笑った。
そうか。
山田はわざと、俺を元気づけるために――。
「ふっ。そうだな。いつまでもくよくよ悩んでいても仕方ないよな」
そう言って俺は立ち上がったのだった。




