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37 安らかな死

「……どうかしたんですか?」

「いや、何でもないよ。薬は無事に手に入ったんだ。皆のところへ戻ろう」


 パニシエルさが薬の小瓶を見つけて手渡してきた。

 けれど、なんだか様子が変だ。

 何かを隠している――?


 しかし、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。

 一刻も早く涼太たちにこの薬を飲ませてやらなければ。


 俺は急いで来た道を引き返す。


 これで涼太たちを救うことができる。

 俺は浮かれていた。

 だから、この時のパニシエルさんの真意に気付くことができなかったのだ。


---


「カイちゃん、良かった無事やったんやな!」

「だから言っただろう? パニシエルさんは悪い人じゃないってさ」

「そうや、涼ちゃんも奈央も熱がどんどん上がって大変なんや。早いとこ薬を飲ませてやらんと……」

「おう、そうだな。安心しろ。薬はばっちり持ってきた」


 そう言って、薬の入った小瓶を差し出す。

 神崎が熱でうなされる涼太たちに無理やりその薬を飲ませる。


「しっかりしろ、涼太。もう大丈夫だからな」

「う、うぅぅ」

「……!? な、なぁ、カイちゃん、ほんまにこの薬、大丈夫やったん? 涼ちゃんたち、さらに苦しんでるみたいやで?」


 薬を飲んだはずの涼太たち。

 熱が下がるどころかさらに上がっていくように感じられる。

 そして、息も荒く尋常じゃない量の汗をかいている。


「なぁ、パニシエルさん! 本当にこの薬であってい……あれ、パニシエルさんがいない!?」

「……なんやて!? そ、そんな、じゃあ、この薬は偽物やったんか!? うちら騙されてたんか!?」

「そ、そんなまさか……」


 見渡してもパニシエルさんの姿はなかった。

 薬を手に入れたところまでは一緒にいたはずなのに。


 まさか――。

 パニシエルさんが嘘をついていた?

 最初から涼太や奈央を救う気などなかったというのか?


「涼太、奈央、しっかりしろ!!」


 俺はただただ必死に叫び続けた。

  

 俺のしたことは間違いだったのだろうか。

 二人をどうしても救いたかった。


 ただそれだけなのに――。


 パニシエルさんを信じた俺がバカだったのか?

 どうして――。


「頼む、頼むから目を開けてくれよ。俺の命ならいくらでもやるから……お前らに死なれたら俺はもう生きていけねえよ……」


 結局、俺は誰ひとり救うことができないというのかよ。

 俺は自分の無力さと浅はかさを嘆いた。


「う、うぅ、涼太、奈央……」


 目の前で苦しむ二人に何もできないなんて。

 俺は、俺は――。


「痛い」

「うん?」

「痛いって言ってんだよ。いつまでしがみついてやがんだ。このバカイト」

「りょ、涼太!? お、お前……」

「ふー、なんとか熱も下がってきたみたいだ。少しまだ頭もぼーっとするけど、大分マシになったよ。ありがとうな、海斗!」


 俺は一瞬、目を疑った。

 さっきまで苦しんでいたはずの涼太が、目の前で起き上がり微笑んでいるのだから。

 

「夢……じゃないよな?」

「何言ってんだよ。お前が持ってきてくれた薬のおかげだろう? しっかりしろよな」


 涼太の肩をバシンと叩かれ、我に返る。


「ハハ、良かった……。ほ、本当に良かった……俺、俺……間違った薬を飲ませちゃったのかと思って……俺のせいで、二人が……し、死んじゃうかと……そ、それで」

「おうおう、こんなことくらいで泣くんじゃねえよ」

「な、泣いてなんかねぇよ! 安心したから、ほっとしただけだっつーの!」


 とにかく良かった。

 涼太たちが無事だったんだから――。


「いやー、びっくりしたわー。本当にもうダメかと思ったわー。パニシエルさんにお礼を言わんといかんね」

「……そうだ、パニシエルさんはどこに!?」


 薬が正しかったということは、パニシエルさんは俺を騙していない。

 だとすると彼は一体どこに消えてしまったというのか……?


「あ、あの、こっちに来てください」

「どうした奈央。病み上がりなんだからあまり動かないほうが……」


 遠くのほうで奈央が俺たちを呼ぶ声がする。

 急いで駆け付けると、そこにはパニシエルさんが倒れていた。


「パニシエルさん、大丈夫ですか!」

「あかん、涼ちゃんたちと一緒や。凄い熱やで。いなくなったんじゃなくて途中で倒れたみたいやな。カイちゃん、なんで気付いてあげへんかったん!?」


 パニシエルさんの身体が熱い。

 涼太たちと同じだ。

 例の細胞分裂活性化による副作用。


 急いでなんとかしないと――。


「神崎、早くさっきの薬をッ!」


 俺は一刻も早く涼太たちに薬を持っていくことばかり考えていた。

 だから、パニシエルさんの体調の変化に気付けなかった。


「どうした神崎、早く……」

「それがな、カイちゃん……さっきの薬、二つしか残ってなかったんよ……」

「そ、そんな……」


 薬がないことに気付き慌てる俺たち。

 その時だった。


 パニシエルさんが俺の手首を掴んでゆっくりと言った。


「もういいんだ。ボクは二人を助けることができた。それだけで十分さ」

「ぱ、パニシエルさん、しっかりしてください。他に薬がないか探してきますから!」


 俺がそう言うも、パニシエルさんは首を横に振る。


「いや、もう他に薬はなかった。残りはそれだけさ」

「そ、そんな……まさかパニシエルさん、そのことを知ってて……」


 あの時、薬を手に入れたときに隠れて飲むこともできたのに。

 最初から薬は一つしか残ってなかったと、言うこともできたはずなのに――。


 体調が悪いことを押し隠して、それでも涼太たちに薬を譲ってくれたというのか!?




 ――俺は最低だ。

 こんなにも優しいパニシエルさんを一瞬でも疑ってしまった。


 本当は偽の薬なんじゃないかって。

 そんなバカなことを考えてしまっていた。


 パニシエルさんは最初から、涼太たちを救おうとしてくれていたのに。


「そう悲しそうな顔をするな……。元々、ボクは君たちを皆殺しにしようとした男なんだよ? だから悲しむ必要なんてない。そうだろう?」

「そんなことない。パニシエルさんは、涼太たちを救ってくれた……。熱があって、歩くのも大変だったはずなのに、あの大量にある棚の中から正しい薬を見つけてくれたッ!」

「ふふ、これで少しは罪滅ぼしができたかな……? 非人道的な実験を……止めることができなかったボクを許しておくれ……最後に、二人だけでも救えて……良かった」


 そう微笑んでパニシエルさんは息を引き取ったのだった。

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