26 目的
「くそう、放せ」
「お断りするわ。あなたは大事な大事な人質だもの。だから殺さずに生かしておいてあげてるんじゃない」
俺はあっけなく生物兵器に捕まってしまった。
こいつら単純に人を襲うだけかと思ったらそうではないらしい。
明らかに知性を持って行動している。
「ぐ……うぐぐぐ」
「無駄よ。その縄は人間の力では到底引きちぎることができないように作られているの。大人しくしていれば後でご褒美をあげるわ」
縛られた縄を解こうにも、どんなに力を入れても力を吸収されてしまう。
奴らは俺のことを人質だといった。
もし奈央たちに迷惑がかかるようなら、俺は――。
「なぜ俺を殺さない? お前らの目的は一体何だ?」
「ふふ、あなたが知るべきことじゃないわ」
「……随分と時間を気にしているんだな。何を企んでいる?」
「そんなのを聞いてどうしようって言うの? あなたは自分の状況を理解していないのかしら?」
首元に鋭利なナイフを突きつけられる。
「これ以上無駄口を叩くようなら、二度としゃべれなくするわよ?」
「……」
かわいい顔して恐ろしいことを平然と言いやがる。
所詮は生物兵器ということか。
だが、彼女の赤い目はどこか寂しそうに遠くを見つめていた。
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しばらくの間、無言の状態が続く。
お互いに何も話そうとしない。
時間だけが過ぎていく。
生物兵器の女はさっきから時間を気にしてばかりだ。
「……なあ」
「うん? 何か用なわけ?」
「トレイに行きたいんだが……」
「……そう言って、ここから逃げ出すつもりね? そうはいかないわ」
ちっ、バレたか。
やはり人間と同等かそれ以上の知能はあるようだな。
仕草を見ていても人間とほとんど変わらない。
時折、溜息をついたり不安そうな顔をしている。
そして、落ち着かない様子で部屋をうろうろと歩き回っている。
ただ一点、人間と違うのは目が血のように赤く染まっているというくらいだ。
しばらくすると、女が缶詰のようなものを食べ始めた。
こいつらも普通に食事を取るようだ。
ますます人間と差がないように思えてしまうな。
そんなことを考えていると、俺の腹がぐぅと音を立てる。
腹を空かせてる場合じゃないっていうのに。
「……え? これ、くれるのか?」
「お腹空いてるんでしょ、人質に死なれたら困るから。それだけよ」
女が俺に缶詰を差し出してきた。
そんなに物欲しそうに見えたのだろうか。
「あ、あのさ、せっかく渡されたのにこんなことを言うのも何なんだけど……」
「何よ、人の好意を無駄にするつもり? 大丈夫よ、毒なんて入ってないわ」
「いや、そうじゃなくて……両手が縛られてて食べれないんだが」
「……ッ!」
缶詰だけ目の前に置かれても食べられない。
すると、女が缶詰の中身を箸でつまむと俺の口に押し込んできた。
「げほっ、ごほっ、な、何しやがるんだ」
「食べれないっていうから食べさせてあげてんのよ。あんたはさっきから文句ばっかりね!」
「……それならもっと優しくしてくれよ、息が詰まって死ぬかと思ったぜ」
「うるさいわね、人質が偉そうなこと言わないでちょうだい」
そう言いながら、少し寂しそうに笑ったのが印象的だった。
「……なあ」
「何よ、まだ何かあるわけ?」
「お前、本当に生物兵器……なのか?」
「生物兵器ですって!? はっ、笑わせないでちょうだい。あんたら人間が勝手にそう呼んでるだけのくせに……ッ! 私たちは実験動物なんかじゃないッ! それに私にはメリアンダっていう名前があるんだからね!」
「ご、ごめん」
俺の質問に、感情を露わにして怒り出すメリアンダ。
実験動物……?
どういうことだろう。
ちょうどその時だった、部屋の中に一人の男が入ってきた。
「パニシエル! 遅いじゃないッ! 何時間待たせる気よ!」
「いやぁ、すまんすまん。ちょっと予定が狂っちゃってね」
「予定が……? じゃあ、もしかして例の装置は手に入らなかったっていうの?」
「ああ、そうだ。このままだとオレたちは……」
何やら言い争う二人。
パニシエルと呼ばれた男の目は、赤く光っている。
生物兵器だ。
いや、正確には生物兵器と呼ばれる何かだ。
例の装置とは何のことだろう。
それがこいつらの目的と何か関係があるのだろうか。
「とにかくだ、ここは危険だ。メリアンダも逃げる準備を……」
「こいつはどうすんのよ」
「……人間か。例の作戦が失敗した今、人質は何の意味もない。殺しておこう」
げげ。
なんかよく分からないけど、マズイな。
俺、殺されてしまうんやろか。
男がゆっくりと俺に近付いてくる。
「待って、パニシエル。そいつを殺しちゃダメ」
「何を言っているんだメリアンダ。君だって、あんなに人間を憎んでいたじゃないか」
「そうだけど……でも人間だからって意味もなく殺すのは良くないわ。お願い、殺すのはもう少しだけ待って」




