16 救いの手
「よう、涼太。まだここに居たんだな」
「……」
学校の地下。
閉ざされたその空間に涼太は佇んでいた。
翼を失った鳥のように。
「山田、小説の続きを書くってさ」
「ああ、知ってるよ」
俺の言葉に、こちらを見ようともせずに涼太は呟いた。
その言葉はまるで、冷たい氷の刃。
何者も寄せ付けない暗いオーラをまとっている。
しかし、俺は退くわけにはいかない。
「じゃあさ、お前も戻ってきたらどうなんだ」
「……俺は、良いよ。この世界が気に入ったんだ。一生ここで暮らすよ」
あの時と同じだ。
涼太の心の闇は今もなお晴れてはいない。
山田の小説はただのきっかけに過ぎなかった。
それでも、涼太の心に住む黒い悪魔は確実に涼太を蝕んでいる。
なんとかしなければ――。
「お前の妹も心配してたぞ?」
「彩夏か、あいつは小さいころから俺によく懐いていたからな……。でも、もう決めたんだ。何もかも捨てて、ここで静かに暮らす。例え、他の皆が地上に帰っても……」
「ダメだ、ダメだよ、涼太。そんなの、俺は認めない。認めたくない。何もかも捨てるなんて無理だよ。何かを捨てることは、何かを得るよりもずっとずっと難しい。何もしないで暮らすことは、何かをして暮らすよりもずっとずっと辛い。そりゃあ、学校だってだるいし、勉強も面倒くさい。でもそれは、今しか経験のできないことなんだと思う。大人になったらきっと、笑って話せる日がきっとくる。だから――ッ! 一緒に帰ろう?」
「……海斗は、強いから……、俺の気持ちなんて分からないんだよ。俺は、昔から弱くて意気地なしだった。それでも、自分を偽って……人に合わせて生きてきた。今だってそうさ、山田の小説のせいにして、俺はこの世界へと逃げ込んだ。そして今も逃げ続けてる。これからも、ずっと――」
俺は気付かなかった。
いや、気付かない振りをしていただけなのかもしれない。
涼太がこんなにも思い悩んでいたことを――。
そして俺は思い知らされた。
俺は、親友に何もしてやることができない無力な人間なのだと。
目の前で苦しんでる友人にかけてやれる言葉は、上っ面の綺麗事ばかり。
そのことを涼太は気付いている。
だから、涼太の心を動かすことはできない。
それでも――。
なんとかしてやりたい。
支えになってやりたい。
涼太が苦しんでいるというならば、俺も苦しみを分かち合いたい。
その結果、何も変わらなかったとしても、それでも俺は――。
「また涼太と、一緒に学校へ行きたい。そう思っちゃダメ……かな? このまま、変わらず親友でいたい。そう思うのは、俺のワガママなのかな……? なあ、涼太。お前が思い悩んでるのはよく分かった。でもさ、一人で抱え込んでも辛いだけだと思うんだ。それなら、全てを吐き出して、俺と一緒に、ゼロから歩いて行こう」
「……もう、放っておいてくれないか」
「涼太……」
「一人にしてくれよ……これ以上、俺を苦しませないでくれよ。優しさが時に人を傷つけることもあるんだよ。分かれよ。俺だって、俺だってな――、戻れたらとっくに戻ってんだよ!!」
「……なら、どうして!?」
「怖いんだ……。一度、この世界を知ってしまったから、元の世界に戻るのが……とてつもなく怖いんだ。恐ろしいんだよ。だからもう元の世界へは帰れない! それに、俺なんていないほうが誰にも迷惑がかからないだろ」
怖い――。
涼太は何度も、何度もそう言った。
その恐怖がなんなのか、今の俺には理解できなかった。
だけど、怯える涼太に手を差し伸べることくらいはできる。
一人じゃなければ、立ち向かえるものもきっとある。
「なんや、涼ちゃん。いつまで甘えとるん?」
「か、神崎。ややこしくなるから、ここには来るなって言ったのに」
「うちだってな、こんなところに来るつもりはなかったんよ? でもな、いつまで待ってもカイちゃんも涼ちゃんも戻ってこないんやもん」
そういって、はにかむ神崎。
そして、涼太を睨み付ける。
「ええか、涼ちゃん。辛いのはあんただけやない。うちだって、カイちゃんだって、奈央だって、みんなみんな苦しんでるんや。それでも、今を必死に生きてる。あんたは何なん、こんなところに閉じこもって文句言ってるだけやないの? こんなにもみんなに心配かけて、誰にも迷惑をかけない? 笑わせないでほしいわ」
「うるせえなあ。神崎、俺はお前みたいなのが一番嫌いなんだよ。いつもニコニコしやがって。何が苦しんでる、だ。お前のどこに苦しむ要素があるんだっつーんだよ。笑わせないでもらいたいのはこっちのほうだね!」
「……うちも、あんたのそういうとこ嫌いや」
「はっ、嫌いで結構。良かったじゃねえか。互いに嫌いなら、もう俺に話しかけんなよ」
「……でもな、そんな涼ちゃんがめっちゃ好きやねん」
「……ハァ?」
「一年の時から、ずっとずっと好きやってん。なんで気付かへんの? そういう鈍感なところが嫌いや、大嫌いやッ!」
「おい、神崎」
神崎は、目を真っ赤にして走り去ってしまった。
「おい、涼太。良いのかよ。このままで」
「……」
「おい!」
「う、うっせーな。分かってるよ。ちょっと突然のことでビックリしただけだろうが」
そう言って、涼太は神崎の後を追いかけて行った。
取り残された俺は、なんだか胸にぽっかりと穴が開いたような。
何とも言えない気持ちになっていた。




