11 一時帰宅
「し、白井……?」
「こうするしかなかったの。この世界を守るために……」
俺の腹にナイフが突き刺さった。
――はずなのだが、全く痛みを感じない。
「あれ、このナイフ……おもちゃじゃないか。どういうつもりだ」
「なーんちゃって、どう驚いた?」
「はぁ? こんなときに何をふざけてるんだよ」
「あら、私は大真面目よ? 外の世界に戻るのは勝手だけど、この世界のことは誰にも話しちゃダメ。もし話したら、冗談じゃ済まされないってことよ。肝に銘じておいてね、夏野君?」
口元は笑っているのに、目が笑っていない。
なんだか背筋がゾクっとするような恐ろしい目だ。
「分かった、誰にも言わないよ」
「ふふ、それでこそ夏野君」
誰にも言わない。
そう約束した。
そう言わざるを得ない状況だった。
白井の他にも、何人か俺を見張っている連中がいる。
囲まれていたのだ。
恐らく、この世界はこの人たちにとって、唯一にして絶対の世界。
その世界を壊そうものなら、何をしでかすかわからない――。
「さてと、またここに来たくなったらいつでもおいでよ。私はずっと待ってるから」
白井が鎖で閉ざされた鉄の扉を開けながら言う。
そして、俺が出ていくと重い鉄の扉がゆっくりと閉ざされた。
地上に戻ると、あたりはすっかり暗くなっていた。
「夢じゃない……よな? うん、痛い」
自分の頬をつねりながら、今起きた出来事を整理する。
行方不明となっていた生徒たちは、みな学校の地下にある謎の施設に住んでいた。
その中には、俺の親友である涼太も含まれている。
まさかあの真面目な白井までが異世界にどっぷり浸かっていたなんてなあ。
なんとか涼太やみんなを説得することはできないのだろうか。
誰かに相談するか?
いや、ダメだ。
ここのことを誰かに話したら、俺は白井に殺されてしまう。
白井の目は本気だった。
迂闊に誰かに話すことはできない。
じゃあどうするか。
このまま、何もなかったことにして何食わぬ顔で生活するか?
それもダメだ。
涼太やみんなを放っておくことなんてできない。
それにこのまま事件が解決されなければ学校も休みのままだろうし。
いやしかし、時間が経てばみんな戻ってくる可能性もある。
そうだ、ほんの少し休憩してるだけなんだ。
時間が経てば、いつか、必ず――。
いやいやいや!
さすがにそれはまずいだろう。
涼太の妹だって、あんなに寂しがっていたんだし。
でも、涼太と話した限り、あの世界に心酔しきっているみたいだった。
俺が何かを言ったところで、現実世界へ引き戻すことは容易ではないだろう。
ああ、もうどうしたらいいんだ。
こんなことを一人で抱えて、ずっと悩み続けなきゃいけないのか!?
うぅぅ、これならいっそのこと俺もあの世界で暮らしたほうがマシなんじゃ――。
俺があれこれ思い悩んでいると、突然、どこからともなく笑い声が聞こえてきた。
「だ、誰だ!?」
「あー、おかしい。カイちゃん、さっきから何を変な顔して行ったり来たりしてんねん」
「か、神崎! おま、生きてたのか!? ……あ、足はあるな。うん、幽霊じゃないようだ、良かった」
「何をどさくさに紛れて足触ってんのん。カイちゃんってばやらしいわー。それになんでうちが死んだことになってんねん。カイちゃんってばほんまに面白いやっちゃなあ」
いやいや、全然面白くねーし。
てっきり西崎先生に殴られて殺されたのかと思ってたのに。
「なんだよ、無事な無事と連絡くらい寄こしやがれってんだ。心配したんだぞ。急に電話切れるし、何度かけても繋がらないし」
「おー、すまんすまん。カイちゃんがうちのことを心配してくれるなんて、なんや嬉しいなあ」
俺が怒ってるっていうのに、こいつは。
「実はな、あんときケータイ落っことしてしもたんよ。いやー、すぐに取りに行きたかったんやけど、なんだかめっちゃ深い穴やってん」
神崎はそう言いながら、学校のあるほうを指差した。
それってもしかして、あの地下施設のことだろうか。
ってことは、殴られたような音はケータイが地面に叩きつけられる音だったのか?
「それで、神崎はこんな時間まで何をしていたんだ?」
「そう、それやそれ! うちな、大発見してもうたんよ。ほら見てみい、この小説」
「あれ、この小説……」
さっき見たばかりの小説。
白井が見せてくれた、隣のクラスの山田が書いたという小説だ。
「どこでこれを……?」
「ほら、涼ちゃんの家のパソコンにさ、小説サイトの履歴があったやん? うちな、気になって色々調べてみたんよ。そしたら物凄いことが分かったんや」
「もしかして、その小説の作者が山田ってことか?」
「えっ!? なんで? まだ何もいうてへんのに、なんで知っとるん? せっかくうちが見つけた大発見やと思ったのにぃ」
頬をぷくーっとふくらまして、いかにも不満ですというような顔をする神崎。
しまった、あの地下世界のことは話しちゃいけなかったんだった。
なんとか誤魔化さないと。
「あ、あー、実は俺もその小説読んでたんだよ、ハハ」
「嘘やん。この間、涼ちゃんの家で小説見てた時、カイちゃんはめっちゃつまんなそうにしとったやないか。うーん? カイちゃんさ、なんかうちに隠し事してへん?」
「し、してないよ! 俺は何も知らない。涼太の居場所なんて知らないからな!」
「……へぇ? 涼ちゃんの居場所ねぇ?」
「わ、わわ、ちょ、何すんだ。あひゃひゃひゃ。ぐひひ、やめろくすぐったい。脇はやめてえええ」
何を思ったのか、俺の脇腹をこちょこちょとくすぐりはじめる神崎。
俺は、耐えられずにもがき苦しむ。
「どや、正直に話すんやったらやめたってもええんやで?」
「だ、だから俺は、何も知ら……うひゃひゃひゃ、もう、勘弁してええええ」
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「なんやそういうことやったんか」
「絶対に誰にも言うなよ? 絶対だぞ?」
しばらく、くすぐられ続けた俺は根負けして全てを神崎に打ち明けてしまった。
「うーん、そう言われてもなあ。そんなん放っておくわけにもいかんやろ? 警察とかに相談したほうがええんとちゃう?」
「……それはダメだ」
「なんでや。ちょっと強引にでも引きずり戻してやらんと、涼ちゃんたちずっとその地下施設に引きこもったままなんとちゃうの?」
「そ、そうかもしれないけど……」
無理やり出したところで、また似たような場所に逃げ込んでしまう可能性が高い。
根本的な解決になっていないのだ。
それに何より、そんなことをすれば俺の命が危うい。
白井に殺されちゃうよ。
「とにかく、強硬手段は反対だ。これはかなりデリケートな問題なはず。涼太のためにも、最善を尽くしたてやりたいんだ。俺、アイツのこと何も分かってなかった。親友だと思ってたのに、アイツの悩みに気付いてやれなかった。だから、今回はなんとしてでもアイツを助けてやりたいんだよ」
「せやな。うん。分かった。カイちゃんがそういうんやったら、うちもしばらく様子見しとくわ。とりあえず、今日のところは帰ろかー」
「お、おう……」
時間も時間なので、その日は各々家路に着いた。
「聞いたわよ、海斗。今日からしばらく学校お休みなんだって? それなのに、どこをほっつき歩いていたの! 母さんね、心配したのよ。最近じゃ、行方不明者が続出してるらしいし? ちょっと、ねえ海斗聞いてるの?」
「ごめん、母さん、少し一人で考えたいことがあるんだ」
二日連続で遅く帰った俺は、母にこっぴどく叱られた。
でも、それがとても嬉しかった。
俺のことを心配してくれる家族がいる。
そう実感することができた瞬間だったから。




