ORANGE
私の名前はアキ。人間でいうと16歳。青春真盛の日本猫。最近は親友のみるくとお出掛けするのが毎日の楽しみ。明日もまた、お出掛けする約束をしてきた。明日はどこへ行こうかな。それを考えるとすごく明日が恋しくなる。ああ、早く明日にならないかなぁ。私はわくわくしながら目を閉じた。
翌朝。空はよく晴れて、明るい。私はあくびを一つして、リビングに向かった。
「おはよう、アキちゃん」
私の飼い主、楓ちゃんが笑顔で云った。
「おはよう、みんな」
「おはよう」
とパパもママも続けて云った。
私は「にゃぁん」と云ってみんなと同じ様に挨拶をして、椅子の上に飛び乗った。
私専用のその椅子に座るとママが「はい、どうぞ」と云って朝御飯をくれた。とても美味しそう。私は「いただきます」とお辞儀をして、ご飯を食べた。やっぱり美味しいかった。
それから私は牛乳を一杯飲んで、お出掛けの準備をした。ママの部屋にある大きな鏡で自分を見ながら毛なみを整えた。
うん、ばっちり。
私は満足して窓から外に出た。それから私は塀の上を歩いて、隣の家の青い屋根に跳び移った。風が髭に当たって気持ちいい。自然と気分がはずんで、鼻唄を歌ったりして待ち合わせ場所に行った。
「アキ、こっちだよぉ」
いつもの待ち合わせ場所に着くと、みるくが赤い屋根の自分の家から私を呼んだ。
「ごめん〜、遅れちゃったみたい」
私はそう云ってみるくの家に跳び移った。
「大丈夫だよ。ちょっとみたいものがあったから先にきたんだ」
みるくはそう云って首を東に向けた。ちょうどそこにはオレンジに染まる山がある。こうようってやつだ。楓ちゃんが云っていた。
「こうようがきれいだねぇ」
「でしょお、今日はあの山に行かない?」
「いいね、行こう」
私とみるくはそう云って山にお出掛けする事にした。
「ねぇ、この鈴どう?」
「あ、すごいきれい〜。どうしたのぉ?」
「実はねぇ、昨日茉奈ちゃんにもらったんだ」
「いいなあ、うらやましい〜」
「音もきれいなんだよ。でね、実はね、茉奈ちゃんがアキの分にってもう一つ買ってきてくれたの」
「本当に!?いいのぉ?」
「うん!『いつも仲良くしてる楓ちゃんのところのアキちゃんにあげて』って言ってたよ。だから帰りにうちに寄ってね」
「わかったぁ。ありがとうね」
山に向かう間、二人でそんな会話をした。みるくの飼い主の茉奈ちゃんは楓ちゃんとも友達でよく鈴やリボンをあげたりもらったりしている。
ちなみに私たちの最近の流行りはキラキラ光る鈴で私は今3つ持っている。その中でもみるくの今つけている鈴は特にキラキラで音もすごくきれいだ。私も早くつけてみたい。楽しみがまた一つ増えた。
「あ、山が見えた。アキ〜、早くおいで」
しばらく話をしながら塀や、屋根を渡っているとみるくが私にそう云った。どいやら山についたみたいだ。
山はみるくの家から見たときよりもオレンジとか、赤とか、黄色にこうようしていた。地面も落ち葉でいっぱいになっている。踏むといい音がする。
私とみるくはしばらくその山で葉を拾ったりして遊んだ。
「お〜い。アキ〜、みるく〜」
しばらくした頃、私たちの通って来た塀から声が聞こえた。私が声の方向を見ると、そこには雄猫のリリィともみじが立っていた。
「あ!リリィ〜!こっちだよ」
私の隣でみるくが飛び跳ねながら云った。みるくはリリィがとても好きで、リリィと会うと目をハートにして飛び跳ねる。リリィたちと私たちはほとんど毎日会って遊んでいるのに、みるくのこの癖は全く治る兆しが見えない。一種の恋の病なのかも。
「ねぇ、リリィ。ちょっとあっちへ行こう」
みるくはリリィともみじが私たちのもとへくるとすぐにそう云ってリリィを誘った。リリィも「わかった」と一緒に山頂付近に歩いていった。
「…二人きりになっちゃったね」
「う、うん…」
もみじにそう言われてすごく緊張した。
恥ずかしいからみるくには云ってないんだけど、実は私はもみじのことが少し気になっているからだ。
「どうしたの?顔、赤いよ?」
もみじは二人きりになって照れている私にを心配してそう云った。優しい…。
「大丈夫だよ。ありがとう」
私は何とか笑って返した。顔が熱くなるのを感じる。
「そっか、よかった」
もみじも笑った。私は何だか嬉しくなった。
「あ、そうそう。この葉っぱ知ってる?」
もみじが人の手の様な形のオレンジの葉っぱをくわえて云った。
「ううん、知らないよ。何てゆうの?」
私がそう聞き返すと、もみじは笑って云った。
「この葉っぱはね…もみじって云うんだよ!」
「本当にぃ!?すごくない?」
私は驚いて云った。もみじは葉っぱの名前だったのか。
「ほら!みてみて」
もみじは口にくわえているもみじの葉を自分のお腹にあてた。ちょうどそこには葉っぱと同じ形の模様があった。
「あ、もみじだ!もみじにもみじがある〜」
「だからもみじって名前なんだよ!すごいでしょ」
もみじは得意気に云った。髭が揺れてかっこいい。
「ホントにすごいねぇ」
私はそう云ってもみじのもみじを前足で触ってみた。フサフサで暖かい。
「ありがとぉ。 ねぇ、アキは何でアキって云うの?」
もみじが私の顔を除きこんで聞いた。私ともみじの距離は5センチ。ドキドキが速くなる。
「あ、え、っと…」
口がうまく回らない。
「…どうしたの?何か今日のアキ、変だよ?」
もみじはまた心配してくれた。
「そりゃあ、もみじと二人っきりで、こんなに近くにもみじがいたら緊張しちゃうよ」
とは云えるはずなかったので「全然、平気だよ!」と何とか云って笑った。
「なら、いいんだけどね。じゃぁ、話して!アキは何でアキって云うのか」
そう云ってもみじは空を見上げた。やっと心臓がもとに戻った。
「あのね、私のお母さんがね、ナツって云う名前を楓ちゃんにつけてもらったの」
私も空を見上げて云った。
「うんうん。楓ちゃんってアキの飼い主さんだよね?」
もみじは空をみたまま、私に聞いた。
「そうだよ。それでね、私が産まれた時にナツの次はアキだって云ってつけてくれたんだよ」
私はそう云って、もみじのほうを見た。
「じゃあ、アキは季節の秋って意味なんだね」
もみじもそう云った後、私のほうに首を向けた。
その瞬間だった。私ともみじの距離は0センチ。鼻と鼻がくっついてしまった!
「ごめん…!」
私はとっさに云って、前足で鼻を押さえた。
「こっちもごめん…!」
もみじも同じように鼻を押さえて、謝った。
「ううん。…あぁ、びっくりした」
私はそう云って落ち着くためにゆっくり息をはいた。
「なんかドキドキした…かも」
もみじは頬を赤らめて、云った。
「あ、もみじ、顔赤いよぉ。大丈夫?」
私は冗談っぽく笑いながら云った。
「アキだって赤いよ!どうしたぁ?」
もみじも笑って云った。
「何でもないよ〜!ちょっと暑いの!」
私ともみじは、そんなふうに日が傾くまで笑いあった。その時間は、何だかすごく短く感じた。楽しい時間は早く過ぎるって、楓ちゃんが云ってた。このことなんだな。
日は既に西に沈みかけ、町中をオレンジに染めはじめた時、もみじが突然、云った。
「ねぇ、知ってる?もみじって葉っぱはね、秋になってオレンジ色に染まるときが一番きれいなんだよ」
もみじの顔は夕日のせいかさっきより赤くなっている。
「だからね、アキはもみじにとって、すごい大切なの」
私はその言葉をしばらく理解できずにいた。秋って季節?それとも…。
「もしかして、アキって……いや、そんなわけないよね。何でもない」
私は心の隅にあった期待を掻き消すように首を振ったが、もみじは期待通りのことを云ってくれた。
「そんなわけあるよ。アキって、季節じゃなくて、今俺の目の前にいる、猫のことだよ」
もみじがそう云い終えた瞬間、私は喜びで倒れそうになった。
「もみじ、ホントに云ってる?」
私は確認の為に聞いた。するともみじは、笑って云ってくれた。
「ホントの気持ちだよ。アキが大切、だれにも渡したくないよ」
私の目には涙が浮かんできた。
「ありがとう…私もだよ…」
そう云って私はもみじに寄り添った。
それから10分後。山の上からみるくの声が聞こえてきた。
「おーい、そろそろ帰ろぉ」
私たちは口を揃えて「そうしよう」と云った。
「今日はありがとう。じゃあ、またね」
もみじは私にそう云って、リリィのもとへ走っていった。それと同時にみるくがこっちへくる。
「じゃあ、帰ろっか」
みるくは笑って云った。
「うん」
私も笑って云った。
「そうそう、あたしの家に寄って鈴、持って帰ってね」
「うん!もちろん、ホントにありがとう」
「それは茉奈ちゃんに云ってよ」
「あ、そうだね」
私とみるくはそんな会話をして家に戻った。
「ちょっと待ってて。確か机の上に…」
みるくは茉奈ちゃんの部屋の机の上に飛び乗って、鈴を探した。
「あった、あった」
すぐにみるくは小さな紙の袋をくわえて窓に戻ってきた。
「はい、どうぞぉ」
私はみるくから鈴を受けとってお礼を云った。
「ありがとう。茉奈ちゃんにも云っておいてね」
「うん、わかったよ!じゃぁ、また明日、お出掛けしようね」
みるくは笑顔で云った。
「うん、ばいばい」
私も笑顔で云って、家の方向を向いた時、
「ねぇ」
と私とみるくが同時に云った。私は、ふともみじのことを話しておこうと思ったのだけど、みるくは何を話すのだろう?
「なぁに?みるく」
「アキから云って」
そう云われたがいざ云うとなると恥ずかしくなったので「私はみるくが云わなきゃ云わないよぉ」と云った。
「あ、ずるい〜。じゃあ、云うよ?」
みるくは微笑んで云った。
「今日ね、リリィと二人っきりになったときに、リリィから好きって云ってくれたの!」みるくはとても嬉しそうに云った。その表情は雌の私が見てもかわいいと思う笑顔だった。
「そうなんだぁ、ホントによかったねぇ」
私も負けずに笑った。かわいいかな?
「うん、よかった!アキの話はなに?」
「私の話はねぇ〜…、みるくと同じ!」
私は頬を赤くして云った。
「え〜?意味わかんないよぉ」
みるくは困った顔で云った。
「あのね、私はもみじに好きって云われた!」
私は少し大きい声で云った。
「え〜!じゃあ、あたしたち、同じことしてたってことぉ?」
「そうみたいだねぇ!なんかすごいよね」
「うん!それじゃぁ、明日はダブルデートだね」
「そうだね。それじゃあ、ばいばい」
「ばいばい」
今度こそ私は自分の家の方向に向いて歩きだした。
家に着いてから、みるくにもらった小さい紙の袋を開けると、中からは夕日を反射してオレンジ色に光るきれいな鈴がきれいな音色を奏でていた。
明日はこれをつけて、もみじと一緒にお出掛けしよう。
そう考えるとまた明日が恋しくなった。