Call.3「試作品を量産品と言い張るのは、単なる詐欺でございます」
魔王城・兵器開発局の最上階。
その最奥に位置する、一際豪華な両開きの扉の前に私は立っていた。
「ここが、責任者様の研究室ですね」
私はドレスの襟元を正し、左耳のヘッドセットの位置を微調整する。
そして、白魚のような美しい指先(自分で言うのもなんだが)で、重厚な魔法防壁が幾重にも施された鋼鉄の扉を「コンコン」とノックした。
ドォォォォンッ!!
「……あら」
ノックした指先から無意識に漏れ出た魔力により、強固なはずの防爆扉が、紙くずのように吹き飛んで跡形もなく消え去った。
どうやら、前世のひ弱な肉体の感覚で力加減をすると、この真祖の吸血鬼ボディでは大惨事になるらしい。
「な、なんだ!?敵襲か!?」
もくもくと立ち込める粉塵の中から、高価なローブを身に纏った初老の魔族が咳き込みながら姿を現した。
彼こそが、件の魔導剣の開発責任者である上位魔導士だ。
「突然の訪問、失礼致します」
私は消し飛んだ扉の残骸をヒールの足で踏み越え、スカートの裾をつまんで極上の営業スマイルで一礼した。
「魔王城お客様相談室の、麗野まおと申します」
「あぁ?お客様相談室だと?貴様、どうやってあの扉を破壊した!ここは私のような天才上位魔導士のみが入室を許される、神聖な研究室だぞ!警備兵は何をしている!!」
顔を真っ赤にして喚き散らす上位魔導士。
私はゆっくりと顔を上げ、ヒステリックな彼の目をスッと見つめ返した。
同時に、スキル『コンプライアンス・オーダー』を密かに発動する。
それは意思を奪う『魅了』や『支配』といった野蛮な魔法とは根本的に異なる。
指定した空間内において、あらゆる『規約違反』に強烈なデバフをかけ、強制的に『話し合いのテーブルにつかせる』概念的な空間制圧スキル。
言うなれば、絶対者による究極の『マナー強要』なのだ。
「な、なんだこのプレッシャーは……!?」
「……恐れ入ります」
私は一歩踏み出し、冷ややかな声で静かに告げた。
「他のお客様のご迷惑となりますので、大声はお控えいただけますでしょうか」
ただその一言だけで、上位魔導士は喉の奥で罵声を飲み込み、まるで膝から崩れ落ちるようにして豪華な革張りの椅子へと腰を下ろした。
これでようやく、対話の準備が整った。
「……ご着席ありがとうございます。さて、本日は御局が開発し、先日現場に納品された『魔力変形型・上位魔導剣』の不具合について、メーカー責任者様へ事実確認に参りました」
私は魔力で構築したバインダーを開き、淡々と本題を切り出す。
「本製品ですが、実戦において第二形態への変形時に機構が引っかかり、魔力が逆流して暴発する事故が多発しております。これについてのご見解をお聞かせいただけますか?」
私の言葉に、上位魔導士はクリエイター特有の傲慢なプライドを取り戻したように、フンと鼻を鳴らした。
「くだらん!あれは芸術だ!暴発するのは、下等魔族どもの魔力コントロールが甘いからだ!術者の技量不足を、私の完璧な製品のせいにするな!」
「……左様でございますか」
私は一切の感情を交えず、バインダーの羊皮紙を一枚めくった。
「ですが、本製品の企画書および支給品リストには、明確に『下級魔族向けの量産型兵器』と明記されております。仮に高度な魔力操作を要求する仕様であるならば、ターゲット層の設定が根本から間違っています。それはユーザーの過失ではなく、メーカー側の『要件定義ミス』に他なりませんが?」
「なっ……!だ、だが設計図に狂いはない!私はこの研究室でテストを行ったが、何百回変形させても完璧に動作したのだぞ!」
「……なるほど。この整った研究室での動作確認は完了している、と。……では、泥まみれの戦場、極度の疲労状態、敵の血や脂が変形ジョイント部分に付着する実戦環境下での『ストレステスト』は実施されたのでしょうか?」
「ス、ストレス……?」
「このような環境の行き届いた部屋でのテスト結果など、現場では何の役にも立ちません。実稼働環境を想定していないテストは、ただのお遊戯です」
「ぐっ……!だ、だがマニュアルには『使用後は必ず上級スライムの粘液でジョイントを洗浄し、魔力回路をチューニングすること』と記してある!保守を怠った現場の連中が悪いのだ!」
上位魔導士は顔に脂汗を浮かべながら、必死に責任を現場になすりつけようとする。
よくある、実に典型的な三流開発者の言い訳だ。
私は冷ややかな声でそれを切り捨てる。
「……前線で泥水をすすっている下級兵士に、高価な上級スライムの粘液など調達できると本気でお考えですか?ユーザーの実際の運用コストを完全に無視した非現実的な保守条件など、ただの『メーカー側の責任逃れ』です」
「えぇい、うるさい、うるさい!お前のような素人に、この多段変形の芸術性が分かってたまるか!」
完全に論理が破綻した上位魔導士は、ついに逆ギレして立ち上がった。
「第一形態の剣から始まり、炎、双剣、そして重力槍に至るまで……姿を変えるごとに増していくこの美しい魔力摩擦の律動!現場のカスどもは、このロマンの欠片も理解できんのだ!!」
「……芸術性と、ロマンですか」
私は深く、静かに息を吐いた。
そして、今日一番の冷たい目で彼を見据える。
「お客様の命を預かる『武器』において、実用性と生存率よりも、ご自身の開発者としてのエゴを優先させたのですね。……承知致しました。それはもはや不良品を通り越して、意図的に味方の戦力を削ぐ『利敵行為』として、上層部へ報告させていただきます」
「な、なんだと!?利敵行為だと!?ふざけるな!!」
上位魔導士は激昂し、壁に飾られていた完成品の『魔導剣』を乱暴に引っ掴んだ。
「構造に欠陥などない!これは芸術だ!私自身が使えば、この魔導剣はこれほどまでに完璧に変形するのだと、その目に焼き付けてやる!!」
彼は血走った目で私を睨みつけながら、魔導剣に莫大な魔力を流し込んだ。
剣の刀身が輝き、ガチャリと複雑な音を立ててスライドを始める。
「見よ!これが第二形態の炎刃――」
私はその様を無表情で見つめながら、空中に『アブソリュート・ログ』を展開し、推移する数値を淡々と読み上げた。
「……現在、第二形態への移行を確認。ジョイント部分の魔力負荷が規定値の300%を突破。無駄な装飾が干渉し、魔力摩擦の逃げ場が喪失。……あぁ、やはり」
「なんだと!?なぜ刀身が赤熱している!?いや、熱すぎる!!」
「設計ミスですね。右側の変形機構が耐えきれず、0.5秒後に――」
ガガッ……シュゥゥゥッ……ドガァァァンッ!!!
「ぎゃあああああああっ!?」
私の宣言通り、上位魔導士の目の前で自慢の芸術品がけたたましい音を立てて火を噴き、見事に暴発した。
私は事前にヘッドセットから展開していたスキル『ノイズキャンセリング』によって、爆風も熱も完全に遮断しているため、髪の毛一本揺れていない。
もうもうと上がる黒煙が晴れると、そこには顔面を真っ黒に焦がし、見事にアフロヘアになった上位魔導士が、白目を剥いてへたり込んでいた。
手には、自慢の芸術品だった無残な鉄くずがしっかりと握られている。
「……現実が、お分かりいただけましたでしょうか」
私は手元のバインダーから、スッと一枚の羊皮紙を取り出した。
「では、試作品を量産品と偽って納品した『詐欺』の件につきまして。本製品の『リコールの手配』、および被害に遭った下級兵士たちへの『労災申請と賠償手続き』の書類でございます」
私は意識も朦朧としている彼の手を取り、半ば強制的に羽根ペンを握らせる。
「……もちろん、費用はすべてご自身のポケットマネーで。サインをお願い致します」
上位魔導士はガタガタと震えながら、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、泣く泣く書類にサインをした。
「……ご署名、確かに承りました」
私はパタンとバインダーを閉じ、極上の営業スマイルで深々と一礼する。
「本日は麗野まおが担当致しました。またのご利用を、心よりお待ち申し上げております」
こうして、魔王城お客様相談室における初の『メーカー折衝』は、圧倒的な成果(と物理的な爆発)をもって無事に完了したのだった。




