Call.2「たらい回しは三度まで。それ以上は物理的に首を回します」
私が異世界に転生してから、早くも2週間が経過していた。
聞いた話によると、現在この魔王軍は人間たちと絶賛戦争中らしい。
前世の感覚で言えば「競合他社と血で血を洗うシェア争いをしている超繁忙期」なわけだが、この組織には致命的な欠陥があった。
トップである絶対的CEO――即ち『魔王』が、長らく失踪中なのである。
その結果、残された幹部陣は不毛な派閥争いに明け暮れ、部署間の連携は皆無。
現場の下級兵士には先の見えない激務と粗悪な装備が押し付けられ、末端の労働環境は完全に崩壊しているという。
――控えめに言っても、末期症状のブラック企業である。
そんな惨状を横目に、私は魔王城の地下にあるホコリまみれの拷問室を勝手に占拠し、パーテーションで区切って『自分専用のデスク』を構築していた。
念願の永遠の有給休暇をもらったはずなのに、ただ薄暗い部屋でじっとしているのはあまりに手持ち無沙汰だったのだ。
悲しきワーカーホリックの性である。
かといって、娯楽のないこの世界でできる私の暇つぶしと言えば……血まみれの拷問器具を部屋の隅へと追いやってデスク周りを整え、『これ』をやるくらいしかなかった
「……はぁ。それにしても、胃が重い」
私は可憐なゴシックドレスの腹部をさすりながら、げっそりと深いため息をついた。
魔王軍は労働環境だけでなく、福利厚生まで最悪らしい。
今日のメニューは、ギトギトの動物性脂肪が浮いた得体の知れない魔獣の肉。
そこに、ドロドロのマヨネーズ状のソースがたっぷりかかった謎のポテトサラダが添えられていた。
極めつけの飲み物は、生温かくてクセの強い獣のミルクだった。
一口食べただけで胃酸が逆流しそうになり、すべてを残して逃げ帰ってきたところだ。
「ブラックコーヒーが飲みたい……。それか、せめてお漬物……らっきょうやガリ、もずく酢……。なぜ魔界には『酢の物』という概念がないの……?」
華やかな吸血鬼の姿に似合わぬ、渋すぎる愚痴。
ため息まじりに羊皮紙の束をトントンと揃えていると、ギィ……と控えめな音を立てて扉が開いた。
「あ、あの……裏の魔王様、いらっしゃいますか……?」
先日助けた見習いサキュバスのティティナが、ちゃっかり『マイ湯呑み』を持参して顔を出した。
私がこの拷問室に居ついてからというもの、彼女はちょこちょこ顔を出しにくるようになったのだ。
この世界の情勢も、おおむね彼女から教わったものである。(私はずっと眠っていたと思っているらしい)
ちなみに、私はもう、その仰々しい呼び名を訂正する労力をとうに放棄していた。
だが、どうやら今日はただ湯呑みを片手に入り浸りにきたわけではないようだ。
彼女の背後には、全身がススで真っ黒になり、あちこちに痛々しい火傷を負ったゴブリン兵が、怯えたように隠れて立っていた。
「……どうかされたんですか?」
「は、はい。こちらのゴブリンさんが、裏の魔王様にどうしても『ご相談』があるみたいで……」
『ご相談』。その言葉を聞いた瞬間、私の脳内でカチリとスイッチが入る。
そう。暇つぶしで私が始めた『これ』とは、悲しいかな、骨の髄まで沁みついた「なんちゃってカスタマーセンター」の運営だった。
私はゴシックドレスのシワと背筋をピンと伸ばし、営業スマイルという仮面と、魔法で生成した漆黒のヘッドセットを即座に装着する。
「いらっしゃいませ。魔王城お客様相談室、責任者の麗野まおが承ります。本日はどのようなご用件でしょうか?」
私が(魔法で構築した)パイプ椅子を勧めると、ゴブリン兵はガタガタと震えながら、ボロボロに焼け焦げた奇妙な大剣を差し出した。
無駄に装飾が施されたその剣には、刀身に沿っていくつもの怪しげな溝や可動式のジョイントが組み込まれている。
「お、恐れ入ります……裏の魔王様。俺たち下級魔族に最近支給された新型武器なんですが……」
ゴブリン兵はおずおずと、自らの痛ましい体験を語り始めた。
「少しの魔力で、第一形態の剣から、爆炎を纏う第二形態、音速の双剣となる第三形態、果ては重力を操る第四形態の槍へと次々に多段変形し……俺たち下級魔族でも上位魔法が撃てる、という夢のような触れ込みだったんです」
「なるほど。男児のロマンを限界まで詰め込んだような、素晴らしい多機能ぶりですね。……それで、具体的にはどのような不具合が?」
「はい……いざ実戦で魔力を込めると、第二形態へ移行する途中でガチャッと引っかかりまして。そのまま魔力が逆流して暴発し、小隊の連中が次々と重度の火傷を負う事故が多発しているんです。それを直属の上司に報告したところ、『お前の使い方が悪い』の一点張りで……」
話を聞く限り、致命的な欠陥品である。
「……なるほど。その後はどう対応されたんですか?」
「はい。納得がいかず兵站部へ訴え出たんですが、『俺たちはリスト通りに配ってるだけだ。文句があるなら製造した魔導士部隊に言え』と」
「……」
「なので魔導士部隊に行ったら、『俺たちは設計図通りに組み立てただけだ。文句ならこれを設計した上位魔導士様に言え』と追い返されまして……」
「……いわゆる、典型的な部署間の『たらい回し』ですね。それで、責任者である上位魔導士様のところへ?」
「はい。やっとの思いで研究室に辿り着いて、不具合の報告をしたんですが……『下賤な下等魔族が、俺の芸術品にケチをつけるな!お前らの気合が足りないから変形しないんだ!』って、問答無用で魔法で吹き飛ばされて……っ」
その瞬間。
私の顔に貼り付いていた営業スマイルが、静かに剥がれ落ちた。
「……部署間の無責任なたらい回し。あろうことか、サポートを求めたエンドユーザーに対する、暴言と物理的な暴力。……なるほど」
私は事務的な手つきでスキル『アブソリュート・ログ』を展開した。
空中に浮かび上がった光のウィンドウが、持ち込まれた魔導剣の構造を瞬時にスキャンしていく。
「……無駄に複雑な多段変形ギミックを詰め込んだせいで、ジョイント部分の強度がまったく足りていませんね。さらに形態変化時の魔力摩擦が考慮されておらず、回路が完全にショートしています。使用者の気合や技量など一切関係のない、明らかな『設計ミスによる初期不良』です」
「ほ、本当ですか……!?俺たちのせいじゃ、ない……?」
「えぇ。100%、メーカー側の責任です」
ゴブリン兵の目に、安堵の涙がじんわりと滲む。
私は空中のウィンドウを払い消し、パタンと(魔力で具現化していた)手元のバインダーを閉じた。
「……お客様、ご安心ください。いただいたクレームは当窓口が責任を持って『上申』致します」
私は椅子から立ち上がり、スカートの裾をつまんで優雅に一礼する。
現場に未完成品を押し付け、不具合の報告すら握り潰す開発責任者。
怒りを通り越して呆れるほどの三流だ。
儚げな吸血鬼の姿をした私を見上げ、ゴブリン兵は希望と呆然が入り混じった顔でポカンと口を開けていた。
「たらい回しは三度まで。これ以上、お客様をたらい回しにするというのなら――」
窓口の空気が、文字通り氷点下へと凍りつく。
ティティナとゴブリン兵が悲鳴すら上げられず、ガタガタと抱き合って震えている。
「――責任者の首を、物理的に回させていただきます。少々、お待ちくださいませ」




