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本件、責任者の『麗野まお』が承ります。~転生先は魔王城。理不尽なクレーマー魔族は、元SVの私が「接客」で蹂躙致します~  作者: 彩月鳴


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Call.1「お待たせ致しました。責任者の麗野まおが承ります」

「——はい、左様でございますか。ご納得いただけて何よりでございます。それでは、失礼いたし……」


それが、私の前世における最後のセリフだった。



総合家電メーカーのお客様相談室。

クレーム対応の最終防衛線であるスーパーバイザー(SV)として、私の胃壁と神経はすでに限界を迎えていたらしい。

26歳の秋。4時間に及ぶハードクレーマーとの死闘の末、私は完璧な営業スマイルを浮かべたまま、過労による急性心不全であっけなく逝った。

受話器を置いた瞬間の、あの謎の達成感たるや筆舌に尽くしがたい。



あぁ、ようやく終わったのだ。

理不尽な怒声から解放され、私にもようやく『永遠の有給休暇』が与えられる。

安らかな光に包まれながら、確かにそう確信していたのに——。





「……え?なに、これ」


覚醒した私の目に飛び込んできたのは、まったく見知らぬ光景だった。


薄暗く、やたらと天井の高い石造りの広間。カビと鉄の匂いが混じる空気は、やけに肌寒い。

少なくとも病院のベッドではない。

視線を落とすと、着慣れたオフィスカジュアルの代わりに、禍々しいオーラを放つ漆黒のゴシックドレスが私の体を包んでいた。


「コスプレ会場……?それとも、死に際の夢?」


思考がまとまらない。

手を握ったり開いたりしてみるが、自分の身体じゃないみたいに異様に軽い。

おまけに、体の奥底から得体の知れないエネルギー(のちに魔力と判明する)が、熱を持ってドクドクと脈打っている。


永遠の有給休暇はどこへ行ったのか。

やはり、死に際の幻覚だろうか。それとも――。





頭を抱えてフリーズしている私を現実に引き戻したのは、これまで何千回と聞いた、鼓膜を(つんざ)くような怒声だった。


「おいコラァ!この斧、一回使っただけで刃こぼれしたぞ!どう落とし前つけんだ!!」


ビクッと肩が跳ねる。

声のする方へ視線を向けると、身の丈2メートルはあろうかという豚顔の怪物(オーク)がいた。

彼が血走った目で斧を振り上げて怒鳴りつけている相手は、うちの泣き虫な新人オペレーター……ではなく、カタカタと震える幼い少女の清掃員なのだが。



「…………」


禍々しい城郭。どう見ても本物の化け物。

どうやら私は、全くの異世界に転生した。という解釈で間違いないらしい。


そして、そんな私の目の前で展開されているのは、まごうことなき『不当な返品要求とスタッフへの八つ当たり』。



オークがけたたましく吠え、幼女めがけて無慈悲に斧を振り下ろそうとした、その瞬間。


カチッ。

私の脳内で、長年の職業病という名の『スイッチ』が、強制的にオンになった。





「――恐れ入ります、お客様」


ピタッと。風を裂く重低音が不自然に途切れた。


オークの剛腕から振り下ろされた巨大な鉄斧。

それが幼女の頭蓋を砕く寸前、私は二人の間に滑り込み、あろうことか素手の――それも右手の人差し指と中指の二本だけで、斧の刃をいとも容易く挟み止めていた。


自分でも信じられない身体能力だ。

しかし、極限のクレーム対応で鍛え上げられた私の図太い神経は、一切のパニックを後回しにして『業務』を優先した。



「……当窓口での刃物の振り回しは、他のお客様のご迷惑となりますので固くお断りしております」


「あ……?なんだテメェは!どこから湧きやがった!」


「お待たせ致しました」


私はオークの怒声に一切動じることなく、涼しい顔で一礼してみせる。



「本件、ここからは責任者の『麗野(うらの)まお』が承ります」




私は斧の刃から指を離すと、前世からの手癖でスッと左耳に手を当てた。

すると、指先に集まった莫大な魔力が黒い粒子となって凝縮し、カチリと小気味よい音を立てて『それ』を形成した。


黒曜石のイヤーパッドに、繊細な銀の装飾が施された美しいマイク。

私が生前愛用していたものと瓜二つ……いや、それを遥かに上回る魔力駆動のヘッドセットだった。



「テメェが責任者だぁ?ふざけんな、俺は第一軍団の――」

「詳細を確認致します。少々お待ちくださいませ」


私は相手の怒声を食い気味に遮ると、スキル『アブソリュート・ログ(絶対記録)』を無意識に発動させた。

直後、薄暗い広間の空中に、コールセンターのモニターを思わせる半透明のウィンドウが何枚も展開される。

そこには無数の文字列やグラフ、そして『過去の映像』が鮮明に映し出されていた。



「な、なんだこの光る板は……!魔法か!?」


「ご申告の品は、支給された量産型戦斧ですね。……なるほど」


私は空中に浮かぶログを指先でスクロールしながら、マニュアル通りの抑揚のない声で事実を告げる。


「こちらの斧、記載の耐用限界は『通常斬撃10,000回』となっております。しかしお客様は昨晩、酒の席の余興として、こちらで『硬度8の岩竜の甲殻』を力任せに叩き割ろうとされましたね?時刻は深夜2時14分、ログに完全な映像と耐久値の減少データが残っております」


「なっ……!?なぜ、昨日の出来事を……!」


オークの豚顔から、サァッと血の気が引いていくのが分かった。



「マニュアル外の用途による破損は『お客様の過失』となります。したがって、初期不良を理由とした無料交換はお受けできかねます」


「ぐ、うぅ……!う、うるせぇ!だったら力ずくで新品を奪うまでだ!」


図星を突かれたクレーマーが、逆ギレして暴力を振るおうとする。

一番やってはいけない悪手だ。


私は深くため息をつき、極上の営業スマイルを浮かべた。

同時に、私の内側で眠っていた絶大な魔力――生物の本能をすくみ上がらせるほどの濃密な『死の気配』が溢れ出し、広間全体をドス黒く塗り潰していく。



「ひっ……!?」


「……さらに申し上げますと、当窓口のスタッフに対する殺害予告は、重大なカスハラ(カスタマーハラスメント)行為に該当します。これ以上の不当要求、および暴行を継続される場合――」


私は一歩前へ出て、腰を抜かしてへたり込んだオークを見下ろした。



「規約に基づき、お客様の『アカウント()』を物理的に抹消させていただきますが、いかがなさいますか?」


「はぁ!?ヴァ、ヴァンパイア風情が俺に逆らってどうなるか分かってんのか!!」


強烈なプレッシャーに耐えきれず、オークは半ば発狂したように立ち上がった。

私の警告を完全に無視し、再び斧を振り上げる。

それは、一切の対話を拒絶する、野生の獣そのものの姿だった。



「……左様でございますか。では、死んでいただけますか?」



言葉と同時に、辺りに漂っていた死の気配が一層、(くら)く深く呼吸をした。


「……ッ!!!」


ガチャリと斧を落とし、オークがガタガタと全身を震わせながら私を指さす。

その圧倒的な気配の奥底にある『何か』に気づいたのか、彼の顔面は今度こそ真っ青、いや、真っ白に染まっていた。


「て、てめぇ……い、いや!あなた様は、まさか伝説の『ブラッディ・ミストレ(真祖の吸血鬼)ス』!!?」


「???」



「ひぃぃぃっ!も、申し訳ありませぇぇん!」


己よりも圧倒的上位……いや、終焉級の魔族に直面したクレーマー……もとい、巨漢のオークは、涙と鼻水を盛大に撒き散らしながら、這うようにして猛スピードで逃げていった。



ガチャ、ツーツーツー。(脳内効果音)


「……本日は麗野まおが担当致しました。またのご利用を、心よりお待ち申し上げております」


私は誰もいなくなった空間に向けて深々と一礼し、ふぅ、と息を吐きながら魔法のヘッドセットを解除した。

振り返ると、斧を振り下ろされそうになっていた幼い少女――頭に小さな角と、背中にコウモリのような羽を生やした幼女が、へたり込んだままポカンと口を開けてこちらを見上げていた。




「お怪我はありませんか?」


私が声をかけると、彼女はビクッと肩を跳ねさせ、信じられないものを見るような目で私を見上げた。


「あ、えと……?いま、なにが……?」


圧倒的な暴力に対し、謎の光る板と丁寧な言葉だけで屈服させた異常な光景に、彼女の小さな頭は処理がまったく追いついていないらしい。

無理もない。魔族の常識からすれば、あまりにもセオリーから外れた戦闘(接客)だったのだろう。



「あ、ごめんなさい!あの、助けていただいて、ありがとうございます……。わたし、見習いサキュバスの『ティティナ』、です」


ティティナと名乗った幼女は、ふらふらと立ち上がり、ペコリと深く頭を下げた。

そして、恐る恐る私を見上げ、震える声で紡ぐ。


「あ、あの……力ではなく、『言葉』だけで上位種を退けるなんて……!あなた様が、我ら弱き魔族を救ってくださる、『裏の魔王』様なのですね……!」


「あ、いえ。『麗野(うらの)まお』です」


「う、裏の魔王様……!し、失礼いたしますっ!」


「違います。うらのまお――」


私の訂正も虚しく、ティティナはもう一度深々と頭を下げると、パタパタと小さな羽を揺らしながら、逃げるように走り去っていった。


一人残された私は、カビ臭い魔王城の広間で、静かにため息をついた。

……どうやら、この職場のクレーム処理は、前世よりも少しだけ骨が折れそうだ。


こうして、私の異世界での新しい業務が幕を開けた。

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