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Falls:Cascade  作者: C.A-yr-E.N
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007-滝が大陸を断つ異世界《ラグラシア》_V

007-滝が大陸を断つ異世界ラグラシア_V


 層間輸送用リニアカタパルト《ルミナ・ストラタ》。

 それは、滝が大陸を断つ異世界ラグラシアにおいて、唯一「空間そのものを貫く」ために建造された古代機構だった。


 西側の国ルミナルが、まだ現在の国境すら持たなかった時代。

 空の裂け目《セル=ラグラ》から降り注ぐ滝を越え、反対側の大陸――ノクタルへと物資を送り届けるために、この巨大な直線構造体は造られた。


 砲身は滝へ向かって直角に伸び、常に降り注ぐ大量の水を捉えている。

 運用されるのは、物資用の専用コンテナのみ。人が搭乗することは想定されておらず、発射の衝撃と加速は、生身の存在が耐えうる領域をはるかに超えていた。


 にもかかわらず――この機構は今も稼働している。


 ルミナル女王からの資金提供のもと、砲台守エルネとその配下の技師たちによって、整備と研究が続けられてきた結果だった。


 その巨大な砲身の直下。

 基部と一体化するように設けられたガレージは、まるで《ルミナ・ストラタ》の腹部のように存在している。


 金属と機械油の匂い。

 低く、絶え間なく伝わる振動。


 そこへ、一台のトラックがゆっくりと滑り込んできた。


 車体が完全に停止する前から、荷台の気配が動いた。

 だが、飛び降りる者はいない。


「おい! 生きてんのか!? クソババアー!!」


 怒鳴り声だけが先に飛んだ。


 声の主はガルドだった。

 いつも通りの大音量で、声だけは実に威勢がいいが、その実態はアゴンに背負われている。

 リヴィアからの説教に司と共にトラックの荷台で正座をし続けた結果だ。


(……相変わらず、元気だけは有り余ってるわね)


 リヴィアは、途中でアゴンと運転を変わっていたため、運転席を降りながら小さく息を吐いた。


 直後、ガレージの奥から金属が床に叩きつけられる音が響く。

 スパナが一つ、通路を転がってきた。


 次いで姿を現したのは、砲台守――エルネだった。


 年を重ねた女性。

 長い耳と刻まれた皺は老いを隠さないが、歩調は軽く、背筋も伸びている。目には、まだ現役を退く気など一切感じさせない光があった。


「誰がクソババアだい!」


 声は張りがあり、迷いがない。


「――ったく……それで? あたしゃ幸先不安な雑技団なんて呼んだ覚えはないんだがね?」


 その言葉とともに、自然と全員の姿が視界に収まる。


 アゴンは、ガルドを背負ったまま静かに立っている。

 表情はいつもと変わらず、姿勢も崩れていない。背負われている本人だけが、正座により足の自由を失っている状態だ。


 司はその少し後ろ。

 荷台で同じく正座を続けていたせいで、立とうとするたびに膝が小刻みに震えている。滝が大陸を断つ異世界ラグラシアに来てから、これが二度目の長時間正座だ。多少は慣れたつもりでいたが、やはり身体は正直だった。


 そしてしかめっ面のリヴィアは一歩前に出る。


「はじめまして。私はリヴィア」


 ガレージ内には、簡易的な応対スペースが設けられていた。

 古いソファーと金属製のテーブル。壁には設計図や整備記録が無造作に貼られ、長年この場所で積み重ねられてきた時間が、そのまま残っている。


「こちらはアゴン。人格を持ったOSです」


 アゴンが静かに一礼する。


「Sir.はじめまして、エルネ様。お会いできて光栄です」


 エルネは一瞬、目を細めた。

 評価するような視線が、アゴンの立ち姿をなぞる。


「で……」


 次に、その視線が司へ移る。


「そっちは?」


「司。ダイバーよ」


 生まれたての小鹿――司に変わってリヴィアが簡単に答える。 


 それ以上の説明は加えなかった。

 名前と役割だけで、今は十分だった。


 エルネはリヴィアを改めて見やり、口角を上げる。


「あんたの噂は聞いてるよ」


 リヴィアの眉が、わずかに動く。


「『リコ(跳弾)』だろう?」


 一瞬、間が空いた。


(……ダイバー間のコードネームで戦い方がばれるのは好きじゃないのよね)


 だが、エルネはすぐに肩をすくめた。


「ああ、すまないね。年を取るとどうも会話でマウントを取りたくなってね。嫌だねぇ、年を取るのは……」


 そのまま、視線をずらす。


「そっちのクソジジイも、腰をやられたんだろ?」


「そんなわけあるか!!」


 背負われたまま、ガルドが吠える。


「ただ足が痺れてるだけだ!」


「はいはい」


 エルネは喉の奥で、クククと笑った。


 ひとしきりのやり取りのあと、彼女はソファーから立ち上がる。


「立ち話もなんだ」


 通路の奥を指し示す。


「案内するよ。こっちだ」


 背を向けて歩き出すエルネの後ろ姿を、リヴィアは一瞬だけ見つめた。


(……噂以上に癖はある。でも)


 この場所と、この人物が、ただの管理者ではないことだけは、はっきりしていた。


 四人は無言のまま、その背中を追った。



 ジェネレーターガレージの奥は、思った以上に広かった。

 床一面に引かれた耐熱ラインと、壁際に並ぶ冷却装置。整備用の昇降台が規則正しく配置され、ここが単なる保管庫ではなく、現役の運用施設であることを物語っている。


 リヴィアと司は、少し離れた列でジェネレーターを見ていた。

 司は銘板を覗き込み、リヴィアはそれを横から確認している。二人の間には、整備の話題に特有の、静かな集中があった。


 その様子を視界の端で確認しつつ、アゴンは立ち位置を調整する。

 エルネのすぐそば。背中には、相変わらずガルドを背負ったままだ。


(……距離は十分、ですね)


 声は届かない。

 意図的に、そういう配置になっていた。


「おい、あんた」


 エルネが、何の前触れもなく口を開いた。

 顎で示す先は、離れた場所にいる司の背中。


「年寄り相手に長話は嫌われるからね。簡潔に答えな。――あの子はなんだい?」


 問いは短く、核心を突いている。

 アゴンは一拍だけ置いてから、応じた。


「Sir.」


 声は落ち着いている。

 だが、内心は静かに速度を上げる。


(……特徴が少ない。ゆえに、見抜かれやすい)


 司は、外見だけを見ればただの若者だ。

 突出した異形も、明確な特徴もない。だからこそ、“違和感”が際立つ。


「過去のメディカルチェックにおいて――」


 事実のみを抽出する。


「リヴィア様、ならびにエルネ様と同系統の種に分類されうると判断されております。耳介が短いため、その可能性に思い至らないのでしょう」


 嘘ではない――滝が大陸を断つ異世界ラグラシアにくらす全ての人種と根幹をなすDNAが一致しているのだから。


 だが、本当の事は言っていない。


 そこで言葉を切る。


「ただし、確定には至っておりません。推定の域を出ない結果でございます」


 それ以上は踏み込まない。

 想像に基づく部分――つまり“本質”に触れる情報は伏せた。


 ガルドが鼻を鳴らす。


「ババアも耄碌したな。アレが噂の生体AIだって話だ」


 いつもの短絡。

 結論を急ぎ、面倒を一言で片づける癖。


 だが、エルネは鼻で笑った。


「耄碌してるのはあんただよ、クソジジイ」


 即座に切り返し、視線を司の方へ向ける。


「……あの子はどう見ても、ただの人だ」


 断定だった。


 次の瞬間、エルネの視線がアゴンへ戻る。

 鋭い。隠し事を見逃さない目だ。


「あれは、あたしら落ち人とは違う」


 低い声。


「……あれはただの『人』なんだろう?」


 確認。

 詰問ではない。だが、逃げ道もない。


 アゴンは沈黙した。


(……はい。内心では、その結論に同意いたします)


 司は、落ち人の枠に収まらない。

 AIでもなく、異種でもなく、ただ“人”として存在している。


 しかし。


(……それを、今ここで言語化するべきではございません)


 司自身が知らない事実。

 この場で確定させれば、噂と誤解が加速する。


 エルネは、アゴンの沈黙を見て小さく息を吐いた。


「……まぁ、無理に聞き出しゃしないよ」


 そして、話題を切り替える。


「けどさ。本当の狙いくらいは教えてもらいたいもんだがね?」


 それが、本題だった。


 アゴンは頷く。


「Sir.ありがとうございます」


 ガルドにも視線を向ける。


「司様の機体には、通常とは異なるリグメント構造が採用されております」


 端末を操作し、簡易ホログラムを展開する。

 設置点から設置点へ直線で伸びる、通常のリグメント。


 次に、ねじれ束。

 三つ編み状に絡み合った、異質な構造。


「建前上、“リグメントクラスター”と呼称しております」


 エルネが即座に口を挟む。


「混線は?」


 だが、すぐに自分で首を振った。


「……いや、違うね」


 思考が速い。


「束ね方で出力の立ち上がりを変えてる。伝達経路は一本に収束してる……混線の可能性は低い」


 納得の息。


「なるほど。だから速い。――だからこそ壊れやすい……」


 そして、ガルドを見る。


「……あんたがここに来た理由は、あの子かい?」


 ガルドが舌打ちする。


「……話が早えな」


(……このお二人は、思考速度が近い)


 アゴンは内心で評価を更新した。


 エルネは通信機を取り出す。


『ミストラル、今とりかかってる作業はそのままにして、ジェネレーターガレージに来な。すぐにだよ』


 次の瞬間、同じ音声が施設全体に響き渡った。


『ミストラル、今とりかかってる作業はそのままにして、ジェネレーターガレージに来な。すぐにだよ』


 少し離れた場所で、リヴィアと司が同時に顔を上げる。

 何が起きたのかは分からない。ただ、自分たちが呼ばれている“誰か”の存在だけは、はっきり伝わった。


 エルネは通信機をしまう。


「さ。あの子が来るまでに、話を詰めようか」


 アゴンは、背負ったままのガルドの重みを調整し、静かに頷いた。


 全館放送の残響が、ガレージの高い天井に吸い込まれていく。

 機械音だけが戻り、冷却装置の低い唸りが、場を落ち着かせた。


 エルネは通信機を腰に戻すと、ゆっくりと振り返った。

 その視線が、まっすぐアゴンを捉える。


「技師を雇いたいってのは分かったよ」


 声は落ち着いている。

 だが、その奥には、単なる確認以上のものが含まれていた。


「けどさ。なんで、あの子に説明してやらないんだい?」


 顎で示す先は、離れた場所でジェネレーターを見ている司の背中。


「リグメントクラスターの優位性だよ。

 普通なら、誇っていい。制限を設ける判断材料にもなる」


 それは、純粋な疑問だった。


 アゴンは一拍置き、慎重に言葉を選ぶ。


「Sir.これは、リヴィア様と同じ答えに行きついたがゆえの見解でございます」


 エルネの視線が細くなる。


「司様は――」


 言葉を切り、一度だけ司の背中を見る。


「おそらく、ご自身が行っていることが、どれほど異常であるかを理解しておられません」


 事実だった。


(そして、それが最大の強みでもございます)


「それゆえに、今その異常性を言語化し、枠を与えてしまえば――

 今後の成長、ならびに発想の飛躍性を阻害する可能性が高いと判断いたしました」


 エルネは黙って聞いている。

 遮らない。否定もしない。


「制限は、安心を与える反面、未知を削ぎます。

 司様の場合、それはあまりにも早すぎる」


 アゴンはそう結論づけた。


 その沈黙を破ったのは、ガルドだった。


「そりゃそうだ」


 鼻で笑う。


「うちの廃棄品で組んだカスケイド。

 しかもOSも積まずに、立ち上がって歩いてみせるくらいのアホだ」


 一瞬、エルネがきょとんとした顔になる。


「……は?」


 次の瞬間。


「くく……くくく……!」


 笑いが漏れた。


 最初は小さく、やがて腹の底から。


「ははははは! そりゃあ、確かに異常だねぇ!」


 エルネは目尻を拭いながら言う。


「OSもなしで立ち上がるなんて、普通は夢物語だ。

 でも、それを“やった”なら――」


 笑みを残したまま、続ける。


「今後の成長が、楽しみで仕方ないじゃないか」


(……同感でございます)


 アゴンは内心で静かに頷いた。


 司という存在は、理論より先に現象がある。

 だからこそ、観測する価値がある。


 そのとき。


 ガレージ入口のシャッターが、軋む音を立てて上がり始めた。


 外光が差し込み、空気がわずかに揺れる。


「……まったく!」


 開口一番、甲高く、しかし気品を帯びた声が響いた。


「急に呼び出しておいて、何事ですの!? こちらは作業の真っ最中でしたのよ!」


 姿を現したのは、灰色の髪をハーフツインにまとめた少女だった。身体はネイラ同様に華奢な部類。

 耳はなくその代わりに、本来耳がある位置から後頭部へと伸びる左右一対の角。

 人の肌にまばらに散った淡い灰色の鱗と、細長い尾。


 ワークシャツに指ぬきグローブ。

 腰の工具ポーチが、歩みに合わせて小さく鳴る。


 その立ち姿は、どう見ても技師。

 だが、口調だけは――


「まったく……お婆様は、いつもこうですわ」


 完璧なお嬢様口調だった。


 エルネは、満足そうに口角を上げる。


「来たね、ミストラル」


 少女――ミストラルは、腕を組み、ぷいと顔を背ける。


「ええ、来ましたわ。全館放送なんて使われたら、無視もできませんもの」


 その視線が、ガルド、アゴンへと移る。


 そして――

 少し離れた場所にいる司の方へ。


 一瞬だけ、視線が止まった。


(……この反応)


 アゴンは、その刹那の変化を見逃さなかった。


(興味と、警戒――そして、好奇心)


 ミストラルは、何かを“感じ取っている”。


 エルネは楽しげに言った。


「ミストラル、あんたにとって面白い話がある」


 ガレージの空気が、静かに変わり始めていた。


(……しかし情報と実物が、ここまで乖離する例も珍しいでございますね)


 ミストラルはそのまま、文句を言いながらエルネへと歩み寄る。


「全館放送など、大げさすぎますわ。個別連絡で十分でしょうに」


「悪かった悪かった」


 エルネは手をひらひらと振り、まるで聞いていない。


「でもね、急ぎだったんだよ。あんたを呼ぶ理由がね」


「それは、後で伺いますわ」


 そう言い切ると、ミストラルはその場で一度立ち止まり――


 次の瞬間、優雅に一礼した。


 完璧なカーテシー。


 背筋は伸び、角度も申し分ない。

 だが、着ているのはドレスではなく、油染みの残る作業服だ。


 そのミスマッチに、場の空気が一瞬だけ固まる。


(……美しい所作でございます。だからこそ、違和感も際立ちます)


 背負われているガルドが、アゴンの耳元へ顔を寄せた。


「見ての通りだ」


 小声だが、遠慮はない。


「性格は難儀。だが腕は一流だ。

 それに――」


 一拍置き、視線をミストラルへ向ける。


「同じ種族特有の“眼”を持ってる。

 リグメントクラスターの整備に、これ以上の人材はいねぇ」


(……なるほど)


 アゴンは、即座に納得し、静かに背中からガルドを下ろした。


 理論だけでは足りない。

 構造だけでも足りない。

 “視える”ことが必要な領域――それが、司様のリグメントクラスターだ。


 アゴンは一歩前に出ると、執事然とした動作で一礼した。


「Sir.はじめまして、ミストラル様。

 アゴンと申します。リヴィア様の機体、ミストシーカーのOSを務めております」


 その所作を見た瞬間、ミストラルの表情が変わった。


「……まぁ!」


 目を輝かせ、一歩近づく。


「本物の執事、ですのね!?

 噂には聞いていましたけれど……想像以上ですわ!」


 声が、少し弾んでいる。


(……お嬢様扱いに、喜ばれるタイプでございますね)


 だが、その空気をエルネが即座に断ち切る。


「はいはい、その辺にしときな。

 今は仕事の話だ」


 そう言って、アゴンに視線を向ける。


「例の検証データ、見せておやり」


 アゴンは頷き、端末を操作した。


 ホログラムが展開され、ミストシーカーの脚部構造が映し出される。

 通常リグメントと、リグメントクラスターを用いた試験機。

 反応速度、動作速度、負荷分布、熱量推移。


 ミストラルは、目を細めてそれを見つめた。


 数秒。


 そして、静かに頷く。


「……なるほど」


 声から、軽さが消える。


「連続稼働時の発熱。

 摩擦熱と応力集中が、情報として蓄積されてしまう構造ですわね」


 指先で、空中の線をなぞる。


「だからこそ、短時間では驚異的。

 でも、同じ動作を繰り返せば……」


「断線、でございます」


 アゴンが補足する。


「はい。

 ですが、この構造自体は、間違いなく“理にかなっていますわ”」


 ミストラルは、即答だった。


 ガルドが腕を組み、前に出る。


「俺が知ってる中じゃ――」


 ちらりとエルネを見る。


「そこのクソババアを除けば、

 この分野でお前さんの右に出る技師はいねぇ。

 本来なら、お前さんは一個人に仕えるには惜しい存在だ。

 だがな……事が事だ」


 視線を、リグメントクラスターの映像へ。


「技師として、俺はお前さんを推薦する」


 エルネも頷いた。


「砲台守としての技術は、もう叩き込んだ。

 次は、カスケイド技術だ。勉強になるし、損はない相手だよ」


 ミストラルは、しばし黙り込んだ。


 視線はホログラムへ、そして自分の手へ。

 思考している。


(……重要な選択でございますね)


 やがて、顔を上げた。


「……一つ、お願いがありますわ」


「なんだい?」


「そのダイバー――司さんと、少しお話をさせていただきたいのです」


 当然の申し出だった。


 機体ではなく、人を見る必要がある。


 ガルドは即座に大声を張り上げた。


「おーい! 司! リヴィア!

 ちょっとこっち来い!!」


 ガレージに、その声が反響する。


 アゴンは、静かに状況を整理した。


(……ここからが、本当の意味での“面接”でございますね)


 技師と、ダイバー。

 そして、異常な機体。


 歯車は、確実に噛み合い始めていた。



 ジェネレーターを前に、司は腕を組んで考え込んでいた。


 出力、重量、持続稼働時間。

 リヴィアの説明で、購入候補はある程度まで絞れている。性能としては申し分ない。どれも、今の《Cascade》に合わせて無理なく載せ替えられる。


(……うん、悪くない。悪くないんだけど……)


 そのときだった。


「おーい! 司! リヴィア!

 ちょっとこっち来い!!」


 ガルドの大声が、ガレージ全体に反響した。


 司は思わず肩をすくめ、反射的に振り返る。

 同時に、隣でジェネレーターを見ていたリヴィアも顔を上げた。


(……なんだ? 今度は)


 呼び方からして、ただ事ではなさそうだ。

 アゴンやエルネのいる方角からの声だったが、内容までは分からない。


 司は最後にもう一度、目の前のジェネレーターへ視線を走らせてから、リヴィアと視線を交わす。


「行こうか」


「ええ」


 二人は並んで歩き出す。


 その途中で、司は気づいた。

 進行方向の向こうに、見慣れない人影がある。


 背は低めで、体つきはかなり華奢。

 作業服姿だが、どこか雰囲気が違う。


 そして――


 その人物がこちらを向いた瞬間、司ははっきりと「違和感」を覚えた。


 背丈はリヴィアよりも低く、体つきも細い。腰に工具ポーチを下げ、作業服姿ではあるが、全体的に線が細い印象を受ける。


(技師……なんだよな?)


 さらに、違和感がもう一つ。


 街で見かけたことがない。


 耳がない代わりに、本来耳がある位置から後頭部にかけて左右一対の角が伸びている。

 肌が覗いている所にはまばらに鱗もある、同様の鱗に覆われた尾もある。

 それなのに全体的なベースとしては、ほぼ人間だ。


(リザードマン……? いや、でも……)


 司の認識は曖昧だった。

 「爬虫類系の種族」だとは分かるが、これまで出会った誰とも違う。

 なんだったら街ですれ違ってきた誰とも違う。


 その視線に気づいたのか、ミストラルがこちらを向いた。


 真っ直ぐ、司を見る。


「貴方が、司さんですわね?」


 瞬間、司の思考が止まった。


(……お嬢様?)


 技師らしい服装からは想像できない、澄んだ、上品な口調。

 そのギャップに、司は一拍遅れて反応する。


「あ、ああ。はじめまして」


「私はミストラルと申します。以後お見知りおきを」


 それだけだった。


 周囲が静まり返る。


 誰も口を挟まない。

 アゴンも、リヴィアも、ガルドも、何も言わない。


(……え、なに?)


 司が困惑する中、ミストラルはじっと司を見つめていた。

 視線が逸れない。


 値踏みされている、という感覚でもない。

 もっと、観察に近い。


(……なんで見てるんだ?)


 司がきょとんとしていると、ミストラルがふいに動いた。


 腰のポーチに手を入れ、何かを取り出す。


 小型の機械だった。


 手のひらサイズの、洗練された機械。

 外装には無駄がなく、センサーと推進部がコンパクトにまとめられている。


(……これ、設計したのか?)


「開発中の装備ですの」


 ミストラルは淡々と説明する。


「味方機のレーダー情報を中継できる、スカウトユニット、いわゆる小型偵察機ですわ。

 ですが――その場に置くだけでは、少々味気ないと思いまして」


 司の視線は、完全にスカウトユニットに釘付けだった。


「いくつか派生を持たせたいのですわ。

 司さん、何かお考えはありまして?」


 問いかけと同時に、司の頭は切り替わった。


(……あ、これ、考えていいやつだ)


 間髪を入れず、口が動く。


「その場に設置するタイプ以外で考えるなら、現時点で思いつくのは四つ」


 自分でも驚くほど、言葉が滑らかに出てくる。


「一つ目。

 中継は一度きりだけど、広範囲・遠投型。投擲して、何かに着弾した瞬間、その地点を中心に広範囲のレーダー中継を行う。一度だけなら、大出力もいけると思う」


 ミストラルの目が、わずかに見開かれる。


「二つ目。

 射出後、常に自機を追尾するタイプ。自分中心で中継を補助できる。距離が近い分、電力供給もしやすいから、長時間運用が可能」


 指で、円を描く。


「三つ目。

 射出後、その場で滞空。自機にはついてこない。その代わり、昇降設定ができて、遮蔽物を避けながら中継できる。ヘリみたいに二重反転ローターを使えば、姿勢制御も楽だと思う」


 一息。


「四つ目。

 射出後、目的地点まで自走するモデル。レーダー中継に加えて、可能なら移動範囲内でトラップ感知もできると、かなり便利になる」


 言い切った。


 沈黙。


 司は、はっとして周囲を見る。


(……言いすぎたか?)


 だが、ミストラルは――


 満足そうに、微笑んでいた。


「……素晴らしいですわ」


 その表情は、技師のそれだった。


 だが次の瞬間、ミストラルは司の視線の動きに気づいた。


 スカウトユニットを持つ手を、上下左右に動かす。


 司の視線が、それを追う。


 無意識だった。


 ミストラルは小さく眉を上げる。


 やがて、スカウトユニットをポーチにしまった。


「……あぁ」


 思わず、司の口から声が漏れる。


「はぁ……」


 残念そうなため息。


 それを見て、ミストラルは頬をわずかに膨らませた。


「……珍しいからって、じろじろ見られるのは嫌ですけれど」


 一拍置いて、続ける。


「私よりも、カスケイドのオプションパーツを優先されるのは……なんだか、腹が立ちますわ」


 司は、ようやく我に返った。


(……あ)


 これは――怒っている。


 司は慌てて口を開いた。


「い、いや、その……」


 言い訳を探すが、うまく言葉にならない。


 その様子を見て、ミストラルはふっと視線を逸らした。


「……まったく」


 小さく、呟く。


 その口元は、少しだけ――楽しそうだった。



...ᛗᚨᚾᚾᚨᛉ ᛁᛚᛁᚾᛉ ᛞᚨᚷᚨᛉ ᚨᛚᚷᛁᛉ ᛏᛏᚱ... 48%


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