006-滝が大陸を断つ異世界《ラグラシア》_IV
006-滝が大陸を断つ異世界_IV
「――――ぎゃあああああああっ!!」
金属の匂いがこもる店内に、場違いな悲鳴が突き刺さった。
(……いきなり悲鳴から入るなんて、よっぽどなのね……)
リヴィアは眉をひそめ、叫び声の主――ガルドを見やる。
年季の入った技師であり、この店の主でもある男は、作業台の向こうで肩を強張らせ、まるで悪夢から叩き起こされたかのような顔をしていた。
原因は、明らかだった。
ガルドの視線の先にいるのは、司。
(思い出したのね)
司自身は、その理由に気づいていない。
突然の悲鳴に目を見開き、困惑したようにこちらを振り返っている。
ガルドの脳裏には、過去の光景が蘇っていた。
――夜。
――眠気。
――終わらない質問。
『カスケイドって何だ?』
『どうして滝は止まらない?』
『世界の構造は? 原理は?』
問いは尽きず、夜は明け、ガルドは一睡もできなかった。
「落ち着きなさいよ」
「……お前が、そいつを連れてきたからだ!」
現実に引き戻されるように、ガルドが吠える。
リヴィアは即座に返した。
「店内で悲鳴をあげるなんて、みっともないわ」
「うるせえ! お前が原因だろうが!」
ガルドは指を突きつける。
「言っとくが返品は受けつけねえからな!」
その言葉に、司がむっとする。
「返品って……そんな物みたいな言い方……」
ぼそりとした不満。
だが、リヴィアはそれを聞き逃さなかった。
(……本当に分かりやすい)
彼女は司に向き直る。
「ここからは大人同士で話すから」
穏やかな声で、しかし有無を言わせぬ調子で告げる。
「お子様は、あっちでおもちゃでも選んでて」
「はぁ!?」
司は即座に食ってかかる。
「一歳しか離れてないじゃないか!――ったく、何がお子様だよ……」
ぶつぶつ言いながらも、司の足は自然と商品棚の方へ向かっていた。
並ぶのは歯車、制御部品、小型の補助装置。
光を反射するそれらに、司の目は否応なく引き寄せられる。
歩調は、明らかに軽い。
(そういうところが、子供っぽいのよ)
リヴィアは内心でため息をついた。
「おい! ちょっと待て!」
ガルドの怒声が飛ぶ。
「子供って言うんなら、ひとりで商品に触らせるな! 壊されたらどうする!」
「……あなたも大概よ」
リヴィアは肩をすくめる。
(大人は大人で、頑固で融通が利かない)
ガルドの怒りは、次第に熱を失っていった。
息が荒いままではあるが、理性が戻りつつあるのが分かる。
その時だった。
「失礼します」
低く落ち着いた声とともに、店の扉が開く。
入ってきたのはアゴンだった。
いつものテールコートで整えられた身なり。背筋の伸びた立ち姿。
執事然とした佇まいは、場の空気をわずかに引き締める。
「……アゴンか」
「Sir.ご無沙汰しております、ガルド様」
初対面ではない。
だが、親しげとも言えない距離感。
短い挨拶を交わした後、リヴィアが本題に入る。
「今日は相談があって来たの」
「相談?」
「ジェネレーターを見せてほしいの」
その一言で、ガルドの表情が変わった。
商人ではなく、技師の顔へ。
「……奥だ」
そう言って踵を返す。
(ようやく、話が前に進みそうね)
リヴィアは静かに息を整え、ガルドの後を追った。
◆
店の奥へと続く扉を抜けると、空気が変わった。
わずかに焦げたような匂い。
外光は少なく、天井に這う配線と簡易照明が、通路を不均一に照らしている。
(……相変わらずね)
リヴィアは、先頭を歩くガルドの背中を見ながら思う。
商人としての顔を見せていた店内とは違い、歩き方そのものが変わっていた。
足取りは迷いなく、視線は前だけを向いている。
その後ろを、司が落ち着かない様子でついていく。
視線は左右に忙しく動き、壁に掛けられた古い制御盤や、使い込まれた工具一つひとつに目を奪われている。
リヴィアは歩きながら口を開いた。
「ガルド」
「なんだ」
ぶっきらぼうな返事。
だが、耳はきちんとこちらを向いている。
「性能の良いジェネレーターを欲しがっているのは司なの」
「知るか。どうせまた無茶な――」
「それだけじゃないわ」
リヴィアは言葉を重ねる。
「他の店で買うくらいなら、ここで買いたいって言ったの。ガルドの仕事はちゃんと目で見てるから信用できる、って」
一瞬、ガルド様の歩みがわずかに遅れた。
(あら)
本人は気づいていないだろうが、分かりやすい反応だった。
「……あいつは、そういうことを簡単に言う」
ぶつぶつとした独り言。
不機嫌そうな声色だが、その奥に、妙な熱が混じっている。
(文句を言いながら、悪い気はしていない)
後方では、アゴンが静かに周囲を確認しながら歩いている。
歩幅は一定、姿勢は崩れない。
「Sir.ガルド様のガレージは、以前より拡張されたようにお見受けします」
「……まあな」
素っ気ない返事。
だが、否定はしない。
やがて通路の突き当たりに、大型のシャッターが見えてきた。
厚い金属製で、表面には何度も補修された跡が残っている。
「着いたぞ」
ガルド様が操作盤に手を伸ばす。
低い駆動音とともに、シャッターがゆっくりと上がっていく。
中は、広かった。
簡易的とはいえ、明らかにジェネレーター専用のガレージ。
床には耐熱処理が施され、壁際には冷却装置と制御端末が並ぶ。
そして――
「……すご……ここはまだ入ってなかったなぁ」
司の声が、自然と漏れた。
並んでいるのは、大小さまざまなジェネレーター。
新型ではない。中古品だ。
だが、整備は行き届き、どれも現役で使えることが一目で分かる。
(数も、質も、かなりのものね)
リヴィアでさえ、思わず視線を巡らせた。
「中古とはいえ、全部動くぞ」
ガルド様が言う。
「癖はあるがな。そこを理解できない奴には売らねえ」
「……らしいわね、ガルド」
司は感嘆を隠さず、ずらりと並ぶ機体の間を歩き始めた。
「これも、あれも……うわ、でか……」
その視線が、一際大きなジェネレーターに釘付けになる。
定点防衛用兵器に搭載されるクラス。
出力重視、持続稼働特化。
サイズも重量も、機体搭載を前提としていない。
「これがいい!」
即答だった。
ガルド様のこめかみに、青筋が浮かび、さすがのアゴンも呆れている。
「Sir.……司様、それは……」
低い声。
「何考えてやがる」
「だって、でかいし! 強いだろ? 性能いいってことだろ!」
リヴィアは内心でため息をついた。
「そんなもん、《Cascade》に乗せられるわけねえだろうが!」
ガルド様の声が、ガレージに響く。
「第一、値段見てみろ! お前ぇんとこの懐事情で手が出ると思ってんのか!」
「……うっ」
司は言葉に詰まる。
視線を逸らし、指先でジェネレーターの外装をなぞりかけ――慌てて手を引っ込めた。
(怒られるって分かってる顔)
それでも、目はまだ諦めていない。
(大きい=強い=正義、ね)
単純で、危うくて、だからこそ放っておけない。
「まずは身の丈を知れ」
ガルド様は腕を組む。
「話はそこからだ」
ガレージに、重い沈黙が落ちた。
リヴィアは一歩前に出て、静かに口を開く。
「司、私と一緒に見て回りましょう。ガルドほど詳しくはないけれど、いろいろと説明できると思うわ」
司には悪いけれど、本当の狙いはジェネレーターじゃない。
この後の流れを確認するかのように、アゴンを見ると、微かに頷くのが見えた。
◆
ガレージの空気は重い。油の匂いと金属の熱、冷却装置の低い唸りが、呼吸のたびに胸の奥へ沈んでいく。ジェネレーターの列の間には、機械の体温のようなものが残っていて、そこに人の声が混ざるたび、わずかな反響が壁に貼りついた。
(……ここから先は、わたくしが舵を取らねばなりませんね)
アゴンは一歩、ガルド様の斜め後ろに位置を取った。司様はまだ、巨大な定点防衛用のジェネレーターを名残惜しそうに見ている。リヴィア様が彼を“引率”するような形で視線を誘導しているが、その胸中までは読めない。
(それにしても「大きい」「強い」、ですか。あれは……安心を求める視線です)
大出力は、余裕を生む。余裕は、失敗を許す。許容があるほど、誰かを守れる。司様の思考は単純に見えて、いつも「守る」という一点に収束する。だから、膂力に直結する部位に目が行く。だから、最初に“中身”から手をつけようとする。
ガルド様が、司様を見つめたまま鼻で笑った。
「それにしてもよ……武装より先に内部から手ぇつけるとは、あいつらしいな」
言葉は乱暴だが、含まれる温度は冷たい侮蔑ではない。苦い記憶を噛み潰すような、しかしどこかで認めている口ぶりだ。
(……今です)
アゴンは一歩踏み出し、背筋を崩さずに口を開いた。
「ガルド様。ひとつ、お願いがございます」
「なんだ、改まって」
「Sir.司様の機体の件で、信頼できる技師をご紹介いただけますでしょうか」
ガルド様の眉が僅かに上がる。空気が一段、硬くなった。
「……紹介? アイツが居ねぇタイミングで聞くってことは厄介ごとか?」
「Sir.はい。厄介ごとでございます」
事実を飾る必要はない。ガルド様は、飾れば飾るほど疑う方だ。
ガルド様は腕を組み、顎をしゃくって司様を示した。
「何があった」
短い。だが、問いは鋭い。
「Sir.問題は司様の機体……さらに言えば、リグメントについてです」
ガルド様の視線が司様からこちらへ戻る。黙っているが、言葉を待っている。
(……ここで曖昧にいたしますと、話が進みませんね)
アゴンは淡々と続ける。
「ご存じの通り、司様の機体は彼自身が工夫して接続されたパーツの組み合わせとなっているのですが……見たことのない様相で繋がっており――どの手順で対応すべきかと」
ガルド様は、ふっと口角を上げた。笑っているが、楽しそうではない。
「見たことがねえ? お前さんが?」
その一言には棘がある。アゴンの能力をよく知っているからこそ出る刺だ。
「……お前さんは、OSの中でもとびきり上位に位置するもんだ。最早AIに近い。そんなお前さんが『分からねえ』ってんなら――経験のなさから来るもんだろ。場数を踏め。以上だ」
切り捨て。
ガルド様らしい、分かりやすい結論。
(はい。予想どおりでございます)
アゴンは内心で頷いた。こう言われることは、最初から織り込み済みだ。だからこそ――用意してある。
「Sir.ごもっともでございます」
敬意を込めて、しかし退かない。
「ただ、経験不足で片付けてしまうには……視覚的にお伝えした方が早いかと存じます」
アゴンは携行端末を取り出し、指で操作する。薄い光が立ち上がり、ホログラムが空中に浮かび上がった。青白い線で構成された立体図は、脚部フレーム周辺の構造――骨格と、それを取り巻く“筋”――リグメントの配置を映している。
微細な線の束が、一定のリズムで、フレームに沿って張り巡らされている。索状の“リグメント”――そして、それらが整然と規則正しく並ぶ様は、まるで生き物の解剖図のようだった。
(これは……ミストシーカーの脚部フレーム周辺。標準的で、整備性も高い配置でございます)
ガルド様が、ホログラムに顔を近づける。目が技師のそれに変わった。
「……ほう」
指先で空中の線をなぞるように、視線が滑る。
「なんだ、上手くできてるじゃねぇか」
褒め言葉。
だが、その言葉がアゴンに向けられているのは、少しばかり奇妙だ。
アゴンは静かに首を振った。
「Sir.ありがとうございます。しかし――これはミストシーカーの物でございます」
言葉は少なく。
次に移る。
アゴンは端末を再操作する。ホログラムが一度、霧散するように消え、即座に別の像が立ち上がった。
同じく脚部フレーム周辺。
同じく通常のリグメント――の、はずだった。
だが。
線は、整然としていない。
配置は、左右で微妙に違う。
リグメント一本一本が、途中でほどけ、別の束と交差し、まるで即興で編み直された縄のように絡み合っている。
名づけるとするならば“筋の束”、リグメントクラスター。
(……司様が何か明確な考えをもって繋げ直した、と申すべきでしょう)
整備の合理ではなく、必要に迫られた生存の合理。
機体が自分の身体を守るために、傷口を塞ぐように編み替えた――そんな印象すらある。
ガルド様の表情が固まった。
「……なんだ、これ?」
思わず漏れた声。
技師が“理解できないもの”を前にした時の、短い困惑。
アゴンは、落ち着いた声で答える。
「Sir.司様の機体に搭載されているリグメントでございます。おそらくここで製造していた段階からご自身でつなぎ合わせたものと推察しております」
その瞬間、ガレージの空気がさらに重くなる。冷却装置の唸りが、まるで遠ざかったように感じられた。
(……これが問題の核心でございます)
通常の整備士様が戸惑うのも当然だ。標準手順が通用しない。どこを“正”と見なしていいのか分からない。下手に手を入れれば、バランスが崩れて、歩行も屈伸も、膂力そのものが死ぬ。
アゴンはガルド様の横顔を見た。怒りか、興味か、警戒か。どれが先に立つかで、今後の展開が決まる。
(Sir.どうか、“技師”の顔で見てくださいませ)
ホログラムの光が消えた後も、ガレージの空気は張りつめたままだった。金属の冷えた匂いと、稼働を終えたばかりの機械が残す微かな熱が、混ざり合って胸の奥に沈んでくる。
ガルド様の表情もまだ少し硬く、“技師”顔には一歩届いていない様子。
(……やはり、言葉だけでは足りませんね)
アゴンは、表示されていた構造図を思い返しながら、静かに口を開いた。
「Sir.本来、《Cascade》のリグメントは――設置点から設置点まで、直線で接続されております」
ガルド様は無言で頷いた。
それは彼にとって、説明を要しない常識だ。
「力の伝達経路を最短にし、ダイバー様の操縦入力をOSへ、そして機体へと、遅滞なく伝えるためでございます」
アゴンは続ける。
「しかし、司様の《Cascade》に用いられているリグメントは――」
一拍置く。
「あえて言葉にするのであれば、数本がねじれ束となり、その上で三つ編み状に編成されております」
指先で、見えない構造をなぞるような仕草をする。
「建前上は、機能単位として“リグメントクラスター”と呼称しておりますが……実態は、かなり異質でございます」
(……率直に申し上げれば、危うい)
アゴンは内心でそう評した。
通常のリグメントは、一本ずつ役割が分離されている。だからこそ、劣化した部分だけを交換できる。だが、司様のそれは違う。
「ガルド様がお褒めくださったように、ミストシーカーに使用されている従来のリグメントであれば、私でも修正や交換が、いくらでも可能でございます」
ガルド様の視線が、僅かにこちらへ向く。
「しかし、司様の《Cascade》に搭載されているリグメントクラスターの場合――」
言葉を選ぶ。
「どこから外しても、全体がほどけてしまいそうな危うさを有しております」
絡み合い、支え合い、均衡を保っている。
一箇所を解けば、全体が崩れる。
「……全部、外れちまったら?」
ガルド様が、低く問う。
「Sir.わたくしには、元に戻す自信がございません」
それは、アゴンにとって珍しい本音だった。
(司様の構造は、“理解”はできても、“再現”ができない)
設計思想が、即興と経験に基づいている。理論では追えても、同じ判断を同じ瞬間に下せるかと問われれば、答えは否だ。
ガルド様は腕を組み、再びホログラムの残像があった空間を睨んだ。
「……ワイヤーやロープと、原理は似てる」
独り言のように、しかし思考は止まらない。
「撚って、束ねて、負荷を分散する……理屈は分かる。だがな」
顔を上げる。
「リグメントってのは、本来ダイバーの操縦をOSに通して伝えるためにあるもんだ。こんなふうに捻じりゃ、指示が混線しねぇか?」
(……当然の疑問でございます)
アゴンは頷いた。
「Sir.その可能性は、確かに存在いたします」
そして、静かに続ける。
「ですから――こちらをご覧ください」
今度は、端末の表示を外部モニターへ投影した。
リヴィア様のガレージで記録された、二つの映像。
一方は、通常のリグメントを用いたミストシーカー。
もう一方は、司様の《Cascade》に使われていたリグメントクラスターを、アゴン自身が“なんとか理解できる範囲で”再構成した試験機。
(完全な再現ではございませんが……傾向は掴めます)
映像が再生される。
同じ操縦者。
同じ操縦入力。
リヴィア様の癖のない、正確な入力が、二機へと送られる。
反応速度――変わらない。
入力から機体が動き出すまでの遅延は、ほぼ同一。
だが。
「……動きが、違ぇな」
ガルド様の呟きが漏れる。
動作速度。
脚の蹴り出し。
関節の伸び。
司様のリグメントクラスターを用いた機体は、明らかに速い。
一動作ごとの力の立ち上がりが鋭く、余剰なく推進力へ変換されている。
(やはり……)
しかし、映像は続く。
連続入力。
間を詰めた指示。
途端に、挙動が乱れる。
制動が遅れ、踏み込みが深くなりすぎ、姿勢が僅かに崩れる。
「過入力……か」
アゴンは淡々と説明する。
「Sir.動作速度が高すぎるがゆえ、連続稼働時の制動が不安定になります。また――」
映像が切り替わる。
サーモグラフ。
「連続稼働時はリグメントへの負荷が集中し、熱が蓄積。結果として、断線リスクが上昇いたします」
長時間戦闘には向かない。
だが、短時間の爆発力は圧倒的。
(……理に、かなっている)
アゴンはそう結論づけていた。
「Sir.これらの欠点をある程度許容してでも――司様の《Cascade》のリグメントクラスターは、極めて合理的でございます」
そして、一礼。
「だからこそ、整備を行いたい。しかし、わたくしには出来ません。専門の技師が必要でございます」
沈黙。
ガルド様は、しばらく天井を見上げていた。
そして、重い溜息をひとつ。
「……一人だけ、心当たりはある」
低い声。
「俺の紹介だって言や、悪い返事はまずねぇ。だが……絶対じゃねぇぞ」
アゴンの胸に、安堵が広がる。
(……ありがとうございます)
「それとだ」
ガルド様は続ける。
「ジェネレーターも、そいつから手に入れたほうがいい」
そして、少し間を置いてから、興味なさそうに付け加える。
「……技術の発展ってやつだ。俺も行く」
本心を隠すような口調。
だが、その目は――明らかに、好奇心に輝いていた。
(……技師としての顔、でございますね)
アゴンは、静かに頭を下げた。
これで道は繋がった。
司様の《Cascade》が、次の段階へ進むための、細く、しかし確かな道が。
◆
エンジン音が、一定のリズムで腹の底に響いている。
助手席の窓から流れる景色は、工業区画特有の無機質な色合いだ。倉庫、配管、剥き出しの鉄骨。けれど、どれも見慣れた風景だった。今さら珍しさを感じるほど、私も素人じゃない。
ハンドルを握るアゴンの横顔は、いつもどおり落ち着いている。無駄な操作は一切なく、車体の揺れも最小限。後部荷台からは、金属が擦れるような音と、人の気配が伝わってくる。
司と、ガルド。
この組み合わせで、何も起きないはずがないのだけれど。
「ねえ、アゴン」
私は前を向いたまま、声をかけた。
「さっきの話。リグメントの説明をしたとき、ガルドはどんな顔をしてた?」
少しだけ、間が空く。
「Sir.最初は――奇怪なものを見るような目でございました」
想像がつく。
技師としての“理解不能”に直面した時の、あの顔。
「でも?」
「Sir.すぐに、原理を把握されたようでした」
アゴンの声は淡々としているが、そこには確かな評価が滲んでいる。
「力の分散、応答速度、過負荷時の挙動……利便性と同時に、欠点まで一気に思い浮かんだご様子でした」
私は、思わず小さく息を吐いた。
「……さすが、ね」
あの短時間でそこまで見抜けるのは、やっぱり“現場”を知っている人間だけだ。
(技師としての眼、か)
正直に言えば、私自身は最初、甘く見ていた。
アゴンから動作試験を提案されたときも、内心では「何を馬鹿なことを」と思っていたし、わざわざ手間をかける必要があるのかと疑ってもいた。
でも――結果は、あまりにも如実だった。
いま、ミストシーカーに使われているリグメントの、およそ六割。
それはすでに、司の《Cascade》に使われていたリグメントクラスターを、アゴンが“わかる範囲で”アレンジしたものに差し替えられている。
それに伴って、ジェネレーターも一段階上のものに換装した。
軽量級の機体にとって、それは本来、過剰とも言える選択だ。
(……でも)
結果として、私のミストシーカーは、明らかに変わった。
軽量級でありながら、重量級と中量級の“間”に食い込むだけの膂力を見せるようになった。踏み込みは鋭く、押し返しも効く。短時間なら、正面から力でねじ伏せることすらできる。
代償は、はっきりしている。
(整備、増えすぎ)
単純に、作業量が倍以上になった。
リグメントクラスターは繊細で、熱管理も難しい。ちょっとしたズレが、即トラブルに直結する。
結果、導き出された結論は――専用技師の雇用。
最初に思い浮かんだのは、当然ガルドだった。
でも、司との間にあったことを考えれば、まず承諾しないだろうと分かっていた。だから、せめてフリーの技師を紹介してもらえれば、くらいの気持ちだったのに。
(まさか、本人がついてくるとはね)
横目で、フロントガラス越しに道を見ながら、私は内心で苦笑した。
司を気に入った、というのもあるだろう。
技師としての矜持が勝った、というのも事実だ。
それでも――
(他人に対して、ああいう形で“手を差し伸べる”人だったかしら)
正直、少し驚いていた。
……その、ほんの数秒後までは。
ふと、サイドミラーに目をやった。
荷台。
そこに映った光景を見て、思わず目を疑った。
ガルドと司が――取っ組み合っている。
「てめぇ! やっぱうちの品くすねてやがったな! ついてきて正解だった!」
「いいじゃないか! ちゃんと廃品ボックスに入ってたものだ! この後捨てるだけだろ!?」
金属音。
怒号。
完全に、いつものやつ。
さっきまで感じていた感慨が、音を立てて崩れていく。
(……ああ、もう)
私は額に手を当てた。
「アゴン」
「Sir.」
「ちょっと停めて」
後ろで何かが落ちる音がした。
(技師の矜持だとか、優しさだとか……)
どうやら、それ以前の問題だったらしい。
...ᛗᚨᚾᚾᚨᛉ ᛁᛚᛁᚾᛉ ᛞᚨᚷᚨᛉ ᚨᛚᚷᛁᛉ ᛏᛏᚱ... 23%




