002-ジャンク_II
002-ジャンク_II
ガレージに残る油と金属の匂いが、まだ鼻の奥に居座っている。
リヴィアは、ガレージの奥で機体に向かっていた司の背を思い返しながら、視線を作業スペースへと戻した。
先ほどの光景――廃棄寸前の部品を繋ぎ合わせただけの《Cascade》が、確かに“立っていた”事実は、今も頭の片隅に引っかかっている。
だが。
だからといって、即断できるほど彼女は甘くなかった。
「引き取る約束はしたわ」
リヴィアは静かに切り出す。
「でも、その前に一つだけ確認したいことがあるの」
ガルドは、ガレージの壁際に並ぶ工具へと視線を落としたまま、何となく察したように眉をひそめた。
「……性能、か」
「ええ。司本人の、操縦者としての性能」
リヴィアの声は淡々としているが、その視線は鋭い。
「あなたのガレージで何が起きていたのかは分からない。でも、あの機体が“動いていた”という事実だけで、判断するわけにはいかないわ」
司は異質だ。
それは確かだが、異質であることと、戦力になることは別問題だ。
「少なくとも一度、正規の《Cascade》で操作を見たいの。司が“操縦者として”どこまで出来るのか」
ガルドは、しばし無言で灰色の髭を撫でた。
――過去に何度も試した。
だが、その結果を口にするつもりはなかった。
(言葉で説明するより、見せた方が早ぇ)
彼はそう判断し、短く息を吐く。
「……分かった。性能テストには応じる」
リヴィアが、わずかに目を細める。
「意外ね。もっと渋るかと思ったけど」
「どうせ納得しねぇだろ。だったら現物を見せる」
ガルドはそう言ってから、ガレージの奥へと歩き、壁際に固定された一体の《Cascade》を指さした。
「ただし、条件がある」
「条件?」
「使う機体は――あれだ」
鈍い灰色の装甲。
表面には何度も修繕された痕があり、塗装はところどころ剥げている。
「……リバー?」
リヴィアが、その名を口にする。
ルミナル正規軍が、三世代前に採用していた旧式機。
すでに前線では使われず、訓練用か予備として残されている程度の存在だ。
「それ以外は使わせねぇ。最新機も、現役機もなしだ」
「随分、慎重ね」
「慎重で済めばいいがな」
ガルドの言葉には、はっきりとした拒絶が滲んでいた。
そのやり取りを、ガレージの中央付近で聞いていた司が、不満そうに声を上げる。
「えー……それ?」
司はリバーを見上げ、あからさまに肩を落とした。
「それ、前も――」
「言うな」
ガルドが、間髪入れずに遮る。
司は一瞬、きょとんとした顔をした。
「いや、だってさ。あれ動き重いし、反応鈍いし……」
「だからだ」
ガルドの声が、低くなる。
「それ以上、余計なことを言うな」
司は口を閉じたが、納得していないのは明らかだった。
「……もっと新しいやつの方が、分かりやすいと思うんだけどなぁ」
「分かりやすく壊されちゃ困るんだよ!!」
ガルドの怒声が、ガレージに響く。
司はびくりと肩を跳ね、思わず一歩引いた。
「これ以上、正規品を壊されてたまるか。だからリバー以外は使わせねぇ」
荒々しい言い方だったが、その奥にあるのは怒りよりも、切実さだった。
リヴィアは、二人のやり取りを黙って見ていた。
(……なるほど)
司は悪気がない。
だが、その無自覚さが、ガルドを追い詰めてきたのだろう。
「分かったわ」
リヴィアが口を開く。
「今回は、あなたの条件を受け入れる。リバーで性能を見る」
司が、抗議するように振り返る。
「えー……」
「これは“試験”よ、司」
リヴィアの声は柔らかいが、有無を言わせない。
「あなたがどこまで出来るのかを、私が知るためのもの」
司はしばらく不満そうに唇を尖らせていたが、やがて観念したように肩をすくめた。
「……分かったよ」
ガルドは、その様子を見てから、短く頷く。
「準備する。搭乗は十分後だ」
こうして、司の性能試験は決まった。
それが、
ガルドにとって“すでに結果の見えている試験”であることを、
リヴィアはまだ知らない。
◆
ガレージの奥、簡易的に設けられた試験スペースで、リバーはゆっくりと起動準備に入っていた。
鈍い駆動音が腹の底に響く。
古い機体特有の、どこか遅れてくる反応音。
装甲の隙間から覗く内部フレームには、何度も補修された痕が残っている。
司は、慣れた手つきで操縦席へと滑り込み、ハッチを閉じた。
『……入ったよ』
通信越しに聞こえる声は、少しだけ軽い。
だが、その軽さの裏にある緊張を、リヴィアは容易に想像できた。
「こちらリヴィア。通信状態は?」
『問題なし。音もクリア』
声色から、司が操縦席の感触を確かめるように体を動かしているのが分かる。
リヴィアはインカム越しに、淡々と指示を出す。
「搭載OSは、軍正式採用型。初期設定のままで行うわ」
『了解……っていうか、いきなり凄そうなOSだね』
「最初に試すならまずは誰しもこれよ。余計な要素は要らない」
ガルドは無言のまま、計測用の端末を操作していた。
彼の視線は、リバーの脚部と姿勢制御ログに注がれている。
「起動確認。出力制限、解除」
ガルドの声が低く響く。
「歩行テストだ。無理はするな」
『……りょーかい』
司の返答は軽い。
だが、次の瞬間――
リバーの脚部が、ゆっくりと前へ出た。
一歩。
次の瞬間、機体の重心がわずかに前へ流れる。
そして。
転倒。
鈍い衝撃音が、ガレージに響いた。
『うわっ……!』
司の声が一瞬、跳ねる。
『ちょ、待って、今戻す……!』
操縦入力が入る。
だが、機体は応えない。
脚部が空を切り、無意味に回転する。
『……あれ? あれ?』
その直後、リバーの挙動が変わった。
――OS主導の姿勢復帰モード。
ゆっくりと、しかし確実に。
自動制御によって、機体は再び直立姿勢へと戻る。
「……自動復帰に切り替わったわね」
リヴィアは、インカム越しに状況を確認する。
『勝手に戻った……』
司の声には、戸惑いが滲んでいる。
「今のはOSが主導している。次、もう一度歩いて」
『了解……』
再び、脚部が動く。
一歩。
ふらつきながらも、前進。
二歩目――
重心が、今度は横へ流れた。
転倒。
『あっ、くそ……!』
司の声が、今度は悔しそうに歪む。
再び、OSが介入し、ゆっくりと機体を起こす。
その一連の動作を、ガルドは無言で見つめていた。
ログ。
反応時間。
入力と出力のズレ。
(……やっぱり、な)
彼は、静かに端末を操作し始める。
リヴィアは、インカム越しに司へ声をかけた。
「無理に動かそうとしなくていい。今は、感触を掴むだけでいいわ」
『……いや』
司の声が、少しだけ低くなる。
『俺、ちゃんと動かしてるつもりなんだけどな……』
その言葉に、リヴィアは返さなかった。
代わりに、視線をガルドへ向ける。
彼はもう、次の準備に入っていた。
――姿勢制御OS。
リヴィアが、次に何を言い出すか。
それを、ガルドはすでに読んでいる。
リバーは、再び直立姿勢で静止している。
だが、その姿はどこか不安定で、
まるで「立たされている」だけのようにも見えた。
司の声が、通信越しに小さく漏れる。
『……なんかさ。立ってるのに、立ってない感じがする』
その言葉を聞いた瞬間、
リヴィアは確信に近い違和感を抱いた。
――次は、OSを疑う番だ。
そして、ガルドはすでに黙って、その準備を整えていた。
リバーは直立姿勢のまま、ガレージ中央で静止していた。
先ほどまでの転倒と復帰を繰り返したせいか、関節部から低い駆動音が漏れている。
その姿を前に、リヴィアは腕を組み、しばし無言で考え込んでいた。
司の操縦入力。
OSの補助。
そして、機体の反応。
――合っていない。
それも、微妙なズレではない。
決定的に、噛み合っていない。
リヴィアは、静かにガルドへ視線を向けた。
「……姿勢制御に特化したOSは?」
短い問いだった。
だが、ガルドは驚くこともなく、すでに端末を操作している。
「そう来ると思ってな」
低い声で答える。
「準備はできてる」
リヴィアは小さく息を吐いた。
(やはり……一度は試している)
それでも、確認は必要だった。
リヴィアはインカムを通して司に指示を出す。
「司。OSを切り替えるわ。今は何もしないで、そのまま待ちなさい」
『了解。……えっと、座ってればいいんだよね?』
「ええ。そのまま」
『はーい』
どこか呑気な返事を最後に、リヴィアはインカムのマイク機能をミュートに切り替えた。
ガレージには、機械音とキーボードを叩く音だけが残る。
リヴィアはガルドの隣に立ち、低い声で問う。
「確認したい事があるのだけれど、軍用OSとリバーの世代差が原因で処理が追いついていない可能性は?」
ガルドは即座に首を振った。
「ねぇな」
断言だった。
「軍用OSは世代を跨いで使える。それが売りだ。三世代前だろうが、最低限の姿勢制御は保証される」
端末のログを示しながら続ける。
「追いついてねぇとしたら、それはOSじゃない。操縦者か、もしくは――」
彼は言葉を切り、リバーへ視線を投げた。
「……その“組み合わせ”だ」
リヴィアは、静かに頷いた。
「そうね」
やがて、端末が短い電子音を鳴らす。
「書き換え完了だ」
リヴィアはインカムのマイク機能をオンにする。
「司。OSを切り替えたわ」
『もう? なんか……座ってる感じ、さっきと違う』
「姿勢制御に特化したOSよ。立っているだけなら、安定するはず」
『おお……それは助かる』
リヴィアは、ほんの一瞬だけ視線を伏せた。
「じゃあ、歩行テストを再開して」
『了解……いくよ』
リバーの脚部が、ゆっくりと駆動音を上げる。
――だが。
一歩目を踏み出す前に。
機体が、前のめりに崩れた。
『えっ!?』
司の驚いた声と同時に、リバーは床へ倒れ込む。
次の瞬間、OSが即座に介入する。
自動操縦で姿勢復帰モードへと移行する。
関節が再調整され、機体は何事もなかったかのように直立姿勢へ戻った。
『じゃあ、もう一回……』
司が操縦を再開しようとした、その瞬間。
リバーは、直立姿勢のまま、横に崩れ落ちた。
『ちょっ――!?』
床に叩きつけられる。
即座に、再び自動復帰。
立つ。
司が入力しようとする。
――倒れる。
『なにこれ!? 歩く前に倒れるんだけど!?』
混乱した声がインカムに響く。
リヴィアは、確信していた。
(相性が、最悪)
姿勢制御に特化したOSは、司の入力を“補助”しているのではない。
司の操作そのものを、強引に上書きしている。
その結果、司が「動かそう」とした瞬間に、制御が衝突する。
立っていられるのは、OSが主導している間だけ。
司が主導しようとすれば、即座に破綻する。
リヴィアは、短く息を吐いた。
(これでは――操縦にならない)
そして、ようやく思い至る。
あの、廃棄パーツを繋ぎ合わせただけの機体。
OSを積まず、姿勢制御に頼らず、それでも“立っていた”理由。
次に試すべき手段は、
もはや一つしかなかった。
リバーは、再びガレージの中央で直立姿勢に戻されていた。
OSの姿勢復帰モードによって固定された機体は、
“立っている”という一点においてのみ、安定している。
リヴィアは、インカム越しに司へ声をかけた。
「司。次は、機体が倒れそうになるまで操縦しないで」
『……操縦しない?』
「えぇ、倒れそうになるまで何もしない。分かった?」
『……分かった』
少しだけ戸惑いを含んだ声。
だが、司は従った。
リバーは静止する。
駆動音が低く唸り、関節が硬直したままの直立姿勢。
それを確認してから、リヴィアはインカムのマイク機能をミュートに切り替えた。
ガレージの空気が、張り詰める。
リヴィアは、ゆっくりとガルドの方へ向き直った。
「……OSを外して」
一瞬、ガルドは言葉を失った。
「……は?」
間の抜けた声が漏れる。
「正気か?」
次の瞬間、怒気を含んだ声音になる。
「OSを切るってのはな、姿勢制御だけの話じゃねぇぞ。
衝撃緩和、負荷分散、反動吸収――全部なくなる」
ガルドは、リバーを睨みつける。
「下手をすりゃ、操縦席に衝撃が直で返る。
あいつが怪我する可能性だってあるんだぞ」
その言葉を、リヴィアは正面から受け止めた。
「分かっているわ」
即答だった。
「それでも、やる」
ガルドは、唇を噛む。
「……なんで、そこまで」
リヴィアは、リバーから視線を外さない。
「“操縦が下手だから転ぶ”のか、“OSという補助があるから転ぶ”のか――」
一拍置いて、続ける。
「切り分けるには、これしかない」
ガルドは、しばらく黙り込んだ。
端末を握る指に、力が入る。
「……俺は、責任取らねぇぞ」
「えぇ、それでいいわ」
短く、しかし揺るぎのない返答。
ガルドは深く息を吐いた。
「……分かった」
彼は端末を操作し始める。
OSの停止。
姿勢制御の解除。
衝撃分散プロトコルの切断。
通常なら、絶対に行わない処理。
司には――何も伝えない。
即応性を見るため。
条件反射を引き出すため。
そして何より、“余計な情報”を与えないため。
やがて、端末が低い完了音を鳴らす。
「……終わった」
ガルドが、低く告げる。
「このボタンを押せばリバーは、OSなしだ。
立ってるのも、倒れるのも、全部操縦者次第だ」
リヴィアは、一度だけ目を閉じ、まだ直立したまま倒れる気配のないリバーを見つめる。
「やってちょうだい」
ガルドの指が最後のボタンを叩くと、
次の瞬間、リバーの姿勢が、揺らぐ。
だが――倒れない。
関節が悲鳴を上げ、装甲が軋む。
それでも、直立を保っている。
『……っ』
司の息を呑む音。
『これ……この感覚だ、《Falls》だ!』
その声に、リヴィアは反応しない。
司が一歩目を出そうとした瞬間、リバーは前のめりに崩れ落ちる
鈍い衝撃音が、ガレージに響いた。
だが。
倒れる直前、確かに“踏みとどまった”瞬間があった。
さらに床に激突する刹那、受け身の姿勢すら取っていた。
ほんの一瞬。
だが、見逃せない挙動。
ガルドは、息を忘れていた。
「……今の……」
誰に向けたとも知れない呟き。
リヴィアは、静かに確信する。
(やはり――)
OSがある限り、司は“操縦できない”。
だが、OSを外した瞬間だけ――
彼は、機体に触れている。
◆
鈍い衝撃音が収まったあとも、ガレージの空気はしばらく戻らなかった。
リバーは床に膝を突き、片腕で地面を抉るようにして止まっている。装甲のどこかが軋み、関節部から低い唸りが漏れ続けていた。
リヴィアは無言のまま、インカム越しの呼吸音に耳を澄ませる。
『……っ、だいじょうぶ……いまの、ちょっと……びっくりしただけ』
司の声は軽い。軽すぎる、とさえ思えるほどに。
だが、あの瞬間の挙動は軽くない。
倒れる直前に踏みとどまり、衝突の刹那に受け身を取った。
それどころか、今度は倒れてから自力で床に膝をつき、腕で強引に上体を起こして見せた。
そして何より――OSを外した瞬間だけ、機体が「操縦者に触れた」。
リヴィアは、マイクミュートのままガルドへ視線を移した。
ガルドは苦い顔で、端末の表示を睨みつけている。指先だけが、落ち着かないように動いていた。
「……見たか」
低い呟き。
リヴィアは頷くだけで答えた。声にすると、結論が確定してしまう気がしたからだ。
ガルドが端末を操作し、リバーのOSを復帰させる。
復帰モードが走り、機体はゆっくりと姿勢を整え、直立へ戻っていった。
『お、戻った戻った……あれ? なんか、さっきの感じがもうない』
司の声に、リヴィアはここでようやくマイクミュートを解除する。
「今はまだ動かさないで」
『了解』
短い返事。すぐ従う。
こういうところが、余計に腹立たしいほど素直だ、とリヴィアは思った。
リヴィアはガルドに向き直る。
「結論は出たわね」
「……ああ」
ガルドは髭を掻きながら吐き捨てる。
「司は、OSが介入すると転ぶ。補助が“逆効果”だ。腕が悪いんじゃねぇ。合ってねぇんだ」
「軍用でも、姿勢特化でも、同じことみたいね」
「むしろ姿勢特化は最悪だったな。立ってるだけで転びやがる」
ガルドは端末を握り直し、諦めたように息を吐いた。
リヴィアは返さない。そのかわり、視線だけで続きを促した。
ガルドは、しばし黙ったあと、ガレージの隅――廃棄パーツで組み上げられた機体へ顎をしゃくる。
「残る問題はあっちだな……」
継ぎはぎの装甲。左右で形の違う脚部。用途不明の補助フレーム。
それでも、確かに《Cascade》の形を保っている“廃棄品の寄せ集め”。
「お前さんが引き取るのは、司と、あの寄せ集めの方だ」
「ええ。そう約束したわ」
「だが、あれには“普通のOS”は載らねぇ」
ガルドの声が、少しだけ硬くなる。
「スペックが足りねぇ。電力も、演算も、制御も全部。人格持ちの新品? 論外だ。型落ちの中古でも、あの機体じゃ受け止めきれねぇ」
リヴィアは眉を寄せる。
「じゃあ、どうするの」
「……“載せられる”ものはある」
ガルドは棚の方へ歩き、埃を被ったケースを一つ引きずり出した。
角は欠け、ラベルは擦れている。あまりにも古すぎる。
「……年代物のOSだ。性能は期待すんな」
ガルドの言い方には、明確な含みがあった。
「姿勢制御も、照準補正も、反応補正も――そんな洒落たもんは付いてねぇ。最低限、“動作命令を受け取って中継する”だけだ。よく言えば軽い。悪く言えば、何もしねぇ」
リヴィアは、僅かに目を細めた。
(……むしろ、今の司にはそれがいい)
OSの補助が逆効果なら、補助の薄いOSの方が――司のためになる可能性がある。
最初からそう言われていたなら、リヴィアは迷わなかった。
だが。
交渉の場でリヴィアは言ったのだ。
「OSも付けて」と。
そしてガルドは、重い溜息の末にそれを飲んだ。
今さら「やっぱり要らない」と言えば、格好がつかない。何より、ガルドの面子を潰す。
リヴィアは、感情を表に出さないまま頷いた。
「それでいいわ。私の方で何とかする」
ガルドは鼻を鳴らした。
「何とか、って言ってもな。載せたところで、司がまともに動かせる保証はねぇぞ」
「承知の上よ」
リヴィアが淡々と返すと、ガルドは意外そうにリヴィアを見た。
「……あんた、損得で動く女だと思ってたが」
「損はしない契約よ」
リヴィアは肩をすくめる。
「司も、機体も、OSも。全部込みで“タダ同然”でしょう」
「言い方がエグいな」
「事実よ」
その会話の端を、操縦席の司が拾っていたらしい。
『え、なに? 俺、タダ同然なの?』
呑気な声。
リヴィアはインカムに向けてだけ、少し柔らかい声を作る。
「静かにしてなさい。あなたは今、値札を付けられてるの」
『ひどくない?』
「静かに」
『はーい』
ガルドが頭を抱えるように髭を掻いた。
「……で、機体の運搬だが」
彼は、ガレージの奥――シャッター脇の通路を指した。
「輸送用のトラック、貸してやる」
リヴィアが目を上げる。
「いいの?」
「いいもの見せてもらったからな。その駄賃だ」
ガルドは苦々しく笑う。
「それに、あの寄せ集めをそのまま運べる手段がねぇと、どうせ引き取りに来るのにもう数日かかるだろ?……知ってるか、リヴィア?俺ぁ、ここ数日眠れてねぇんだ……」
リヴィアは一瞬だけ何故眠れなかったのか考えたが、答えがすぐにわかり、少しだけガルドに同情した。
「助かるわ。返却は――」
「場所は分かってる。適当に置いとけ」
投げやりな言い方。
だが、その奥にあるのは、妙な温度だった。
ガルドは最後にもう一度、リヴィアを見た。
「……約束、守れよ」
「守るわよ」
短い返答。
その言葉に、ガルドはようやく重い溜息と共に肩の力を抜いた。
リヴィアはインカムへ視線を落とす。
「司。降りてきなさい。これから“引っ越し”よ」
『了解。……あ、あのさ』
「何」
『俺、どこ行くの?』
リヴィアは、少しだけ口角を上げた。
「うち。あなたの居場所は、今から私が決める」
『……そっか。じゃ、よろしく』
軽い声。
だが、その軽さの裏に、何も知らない怖さがある。
リヴィアはガレージの出口へ向かいながら、廃棄品の機体を一度だけ振り返った。
OSを積まないから立てた。
OSを積むと転ぶ。
矛盾みたいな現実を抱えたまま、司は歩いていく。
ガルドのパーツショップを出た先の空には、遠くからでも見える《セル=ラグラ》が白く垂れていた。
その下で、リヴィアは小さく息を吐く。
――損のない契約。
そう思っていたはずなのに。
いつの間にか、胸の奥で、別の感情が芽を出していた。




