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Falls:Cascade  作者: C.A-yr-E.N
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001-ジャンク_I

001-ジャンク_I


 ルミナル西街区の外れに近づくにつれ、空気の重さが増していく。


 建物は無秩序に積み重なり、路地は細く、陽光はほとんど届かない。

 金属と油の匂いが常に漂い、足元には使い捨てられた配線や破損した装甲片が転がっている。


 この地区は、街の循環の末端だ。

 役目を終えた《Cascade》が運び込まれ、解体され、再利用できる部分だけが残される。

 完全な廃棄など、ここではほとんど行われない。


 リヴィアは、そうした路地を迷うことなく進んでいた。


 彼女の足取りは早くもなく、遅くもない。

 だが、周囲を歩く住人たちとは、どこか距離があった。

 服装も、姿勢も、視線の運び方も――戦場を知る者のそれだった。


 やがて、路地の突き当たりに近い場所で、歪んだ金属製の看板が目に入る。


 塗装は剥げ、文字も半分ほど欠けているが、名前だけは読み取れた。


 ――ガルドのパーツショップ。


 《Cascade》を扱う者なら、知らぬ者はいない。

 正規の整備工場では引き取られない機体、出所の怪しい部品、規格外の修理。

 そうしたものを黙って引き受ける店だ。


 リヴィアは扉に手をかけ、押し開けた。


 その瞬間、店内に荒れた声が響いた。


「だから俺は技師であって、お前の教師じゃねぇって言ってんだろ!」


 思わず足を止める。


 店の中は薄暗く、照明は最低限しか点いていない。

 壁際には大小さまざまな部品が無秩序に並び、作業台の上には分解途中のフレームが置き去りにされている。

 床には油染みと金属粉がこびりつき、長年の作業の痕跡がそのまま残っていた。


 その中心で、ずんぐりとした影が動いた。


 背は低いが、横に広い。

 太い胴体に短い脚。

 胸元まで垂れ下がる灰色の髭は、使い古したデッキブラシのように硬く、油と煤で黒ずんでいる。


 一目見て解る、店主のガルドだった。


 彼は工具を握ったまま、カウンターの奥で頭を抱えていた。


 リヴィアは、軽く咳払いをする。


「……相変わらず騒がしいわね」


 その声に、ガルドはびくりと肩を跳ねさせ、顔を上げた。


「リヴィアか……」


 険しかった表情が、一瞬だけ緩む。


「助かった。いや、冗談抜きで助かった」


 深いため息を吐き、工具を作業台に置く。


「部品を探しに来ただけよ」


 リヴィアは肩をすくめた。


「ミスト・シーカーのセンサー。この前の戦闘で少し破損しちゃってね。応急用でいいから、予備が欲しくて」


 ガルドは鼻を鳴らし、棚の方へ視線を向ける。


「あるにはある。だが……今はそれどころじゃねぇ」


 その言葉に、リヴィアはわずかに眉をひそめた。


「珍しいわね。あんたが“それどころじゃない”なんて」


 ガルドは一瞬、言葉を探すように口を閉じた。

 それから、低く唸るように切り出す。


「……頼みがある」

「そういう顔してるわね」


 リヴィアは即座に返す。


「引き取り手がいない厄介事。見れば解るわ」


 ガルドは舌打ちし、髭を掻いた。


「チッ……勘がいいのも考えもんだな」


 一度、奥のガレージへ視線を投げてから、リヴィアに向き直る。


「――リヴィア。“生体AI”って噂は……知ってるか?」


 その問いに、リヴィアは少しだけ考える素振りを見せてから答えた。


「ええ。最近、どのダイバーに会っても話題に出るもの」


 ――ダイバー。

 それは、《Cascade》を操縦する者たちの総称だ。

 正規軍、傭兵、アリーナパイロット。

 立場は違えど、操縦席に座る者は皆、そう呼ばれる。


「知らないって言う方がおかしいわね」


 リヴィアは続ける。


「もっとも……誰も本物を見たことはない。出どころも分からないし、証拠もない。優秀な操縦者を“人ごと最適化した存在”なんて、都市伝説みたいな話よ」


 それが、生体AIという言葉の扱われ方だった。

 否定も肯定もできない。

 だが、なぜか噂だけは消えない。


 ガルドは、重く息を吐いた。


「……俺も、信じちゃいなかった」


 ぽつりと、独り言のように呟く。


「だがな。最近になって……説明がつかねぇことが起きてる」


 リヴィアは、目を細めた。


「説明がつかない?」


 ガルドは、奥のガレージへ視線を投げ、やがて口を開いた。


「お前さんも知っての通りうちで扱ってるパーツのほとんどは正規品じゃねぇ」

「知ってるわよ。多少似通った設計の配線をつなぎ合わせて、辛うじてそれらしく動く品を提供してくれている」

「あぁ。言わば正規に組まれた《Cascade》の一部分を補うためのものだ」


 リヴィアはガルドが何を言いたいのかが解らず、一瞬だけガレージに視線を投げる。


「頭、動体、右腕、左腕、右脚、左脚……そのほか全ての内臓部品が『うちの品』……の、『廃棄部分』で機体を組み上げて、本来なら絶対に動くはずのねぇもんが……かろうじて、動いてやがる」


 その言い方に、リヴィアは違和感を覚えた。


「“動いてる”?」

「あぁいや、……正確に言やぁ違う」


 ガルドは歯を食いしばる。


「偶然でも、誤作動でもねぇ。――強引に、“動かして”やがる」


 それは、明らかにおかしな話だった。


 本来、《Cascade》は互換性を前提に作られていない。

 フレーム、駆動系、制御系。

 そのどれか一つでも噛み合わなければ、起動以前の問題になる。


 それを、廃棄寸前の寄せ集め部品で動かす。


 リヴィアは、静かに息を吐いた。


 (……なるほど)


 ガルドが追い詰められている理由は理解できた。

 同時に、彼の心情的に――まだ引き出せるとも、確信する。


「それで?」


 リヴィアが淡々と問いかける。


「その“誰か”を、私に引き取れって?」


 ガルドは、重くうなずいた。


「……ああ。頼む――、必要だってんなら、“アイツ”が動かしてる機体もそのまま持って帰っていい」


 その声には、ガルドの技師としての誇りよりも、切実さが勝っていた。

 

 リヴィアは当初の目的ともなる自機に搭載する予備のセンサーの事よりも、思いがけず巡り合えた損のない取引に、内心答えが決まってはいたがあえて悩んでいるふりをして、視線をガルドに戻した。


「“動かしている誰か”を、私に引き取れって話までは分かったわ。でも、それだけであんたがここまで追い詰められるとは思えない」


 ガルドは短く息を吐き、低く唸った。


「……話が早ぇな」


 彼は作業台の端に腰を預け、天井を見上げる。


「《Cascade》はな、ただの鉄の塊じゃねぇ。動かすには操縦者だけじゃ足りねぇ。姿勢制御、推力配分、反応補正――全部を取りまとめる“OS”が要る」


 それは、この世界では常識に近い話だった。


 《Cascade》は、パイロットの操作をそのまま機体に伝える設計ではない。

 人の感覚と機械の反応の間を埋めるため、必ず制御用のOSが介在する。


 OSの性能が低ければ、どれほど腕の立つダイバーでも、まともに戦うことはできない。


「……まさか」


 リヴィアは静かに続ける。


「その機体、OSが載っていないの?」


 ガルドは、苦々しい顔で頷いた。


「ああ。何も、載せてねぇ」


 その言葉は、重かった。


 OSなしで《Cascade》を起動させるなど、正気の沙汰ではない。

 ましてや、廃棄パーツの寄せ集めとなればなおさらだ。


「そもそも既存のOSを載せられるだけのスペックがねぇ。言っただろ? 廃棄品の寄せ集めだって……」


 ガルドは、吐き捨てるように言ったが彼の言葉に、誇張はなかった。


 新品の人格を有するOSは論外。

 型落ちや中古でも、まともに使えるものは機体のスペックの大部分を占めるうえに、正規の機体価格とほぼ同額になるくらい高価だ。


「……私が引き取る代わりに、その“誰か”が組み上げた機体と、それにOSも付けてって言ったら?」

「冗談言うな、OSまでつけたら完全に赤字じゃねぇか。タダでやれるのは、“アイツ”と組み上げやがった機体だけだ」


 リヴィアは、ガルドの返事にしばらく黙って考えていた。


(……なるほど)


 ここが、交渉の分かれ目だ。彼女は視線を逸らし、踵を返す。


「……そう」


 淡々とした声で言った。


「じゃあ、ほかにあたることね」


 その瞬間。

 ガルドの喉から、くぐもった音が漏れた。


「……っ」


 引き留める言葉が出てこない。

 それが、彼の限界だった。


 リヴィアは、そのまま出口へ向かう。

 扉に手をかけ――、その時だった。


『ガルドのおやっさーん!』


 奥のガレージから、やけに明るい声が響いた。


『さっき言ってた左脚のサーボなんだけどさー! これ、逆向きに繋いでるだろー?!』


 ガルドの肩が、目に見えて跳ねる。


『このまま回すと、腰に負担集中するぞー?!』


「……ッ!」


 ガルドは、完全に青ざめた。

 額に、じわりと脂汗が浮かぶ。

 リヴィアは歩みを止め、ゆっくりと振り返った。


(……なるほど)


 声だけで分かる。

 奥にいる“誰か”は、ただ者ではない。


「……私も」


 リヴィアは、静かに口を開いた。


「そこまで、がめつくはないわ」


 ガルドが、弾かれたように顔を上げる。


「OSは、あなたが決めていい。性能についても文句は言わないわ」


『ガルドのおやっさーん! なあ、これ本当にこのままでいいのかー?』


「黙ってろ!!」


 ガルドはガレージに向かって怒鳴り、そして――深く、重いため息をついた。


「……分かった、OSもつけてやる……」


 ガルドが観念したように言うと、リヴィアは思わず手に入れた幸運に静かに微笑んだ。


「交渉成立ね」


 ガルドは答えず、リヴィアを真っ直ぐに見た。


「ただし、条件がある」

「何?」

「この先、何を見ても、何を聞いても……“アイツ”を必ず引き取ると約束しろ」


 声は低く、真剣だった。


「機体の性能がどうであれ。どんなOSが付くことになっても、必ずだ」


 リヴィアは、ほんの一瞬だけ考え――


 すぐに頷いた。


「……いいわ」


 即答だった。


「約束する。必ず私が引き取る」


 その言葉を聞いて、ガルドはようやく肩の力を抜いた。


『ガルドのおやっさーん?』


 ガルドは天を仰ぎ、低く呟く。


「……来い」


 リヴィアに向かって、奥を指差した。


「ガレージだ。『問題』の“アイツ”と、機体がある」


 こうして交渉は成立した。



 ガルドは無言のまま、ショップの奥へと歩き出した。

 リヴィアもその背に続く。


 作業場とは隔てられた通路は、ひと回り天井が高い。

 古い照明が不規則に点滅し、油と金属の匂いが濃くなる。


 ――ガレージだ。


 重たいシャッターの前で、ガルドは一度だけ立ち止まった。


「……言っとくがな」


 低く、念を押すような声。


「見た目は、あんま期待すんな。あれは《Cascade》と呼ぶのも、正直おこがましい代物だ」

「構わないわ」


 リヴィアは淡々と返す。


「約束したもの。今さら答えを変えるつもりはないわ」


 ガルドは小さく鼻を鳴らし、シャッターのスイッチを押した。

 鈍い音を立てて、金属扉が巻き上がる。


 ――中は、広かった。


 だが整然とは程遠い。

 床には工具やケーブル、外された装甲板が無造作に転がり、

 壁際には役目を終えたパーツが山のように積まれている。


 そして、その中央。


 “それ”は立っていた。


 いや、正確には――

 立たされている、と言うべきだった。


 左右で形状の違う脚部。

 装甲の色も、質感も統一されていない。

 肩部には用途不明の補助フレームが無理やり固定され、

 胴体の装甲は継ぎはぎだらけだ。


 まるで、廃棄場から拾い集めた部品を、

 意志の力だけで強引に繋ぎ止めたかのような姿。


 それでも、《Cascade》の形を、保っている。


「……」


 リヴィアは、言葉を失った。


 性能がどうこう以前に、

 本来なら起動すらしない構成だ。


 互換性のない関節。

 見ただけで解るほどの制御系統の規格違い。

 バランスも、重量配分も、破綻している。


 なのに。


 その機体は、微かに揺れながらも、

 自立していた。


「……“本来なら”、だったかしら?」


 リヴィアが、静かに問い返す。

 ガルドは、苦い顔で頷いた。


「……ああ。偶然動いてるわけじゃねぇ」


 彼は視線を、機体の足元へ向ける。


 そこには、簡易的な操縦コンソールと、

 剥き出しのケーブル群。


 そして――


「あ、やっと来てくれた」


 軽い調子の声が、ガレージに響いた。


「今ちょうど、重心の逃がし方を試してたとこなんだ」


 リヴィアの視線が、声の主へと向く。


 機体の影から現れたのは、見慣れない少年だった。


 年の頃は、十代後半。

 黒髪は無造作で、作業着は油で汚れている。

 だが、その表情は――妙に明るい。


 場違いなほどに。


「あれ? お客さん?」


 少年は首を傾げ、リヴィアを見た。


 その目には、警戒も怯えもない。

 ただ、純粋な興味だけがあった。


 ガルドが、低く唸る。


「……こいつだ」


 リヴィアは、少年から目を離さずに言った。


「この子が……“動かしている”張本人?」

「あ、この機体かな? 昨日やっと自立させることができたよー」


 少年は、自らの所業が異質を通り越していることなど全く知らない、という様子で笑顔を見せた。


「本当なら、もう少し安定させられると思うんだけど……この左脚、反応が素直じゃなくて……おやっさんは店に売られてるパーツには手を出させてくんないし……」

「あたりめぇだ! てめぇにゃ廃棄品でももったいねぇわ!」

「ちょっと位良いんじゃんか、ケチっ!」


 ガルドと口論しながらも少年が簡易的な操縦コンソールを操作する。

 それに応じて、確かに機体は動いて見せた。


 リヴィアは、背筋に走る違和感を覚える。


(……OSは、載っていないのに確かに動いてる……)


 それは、ガルドが言っていた。


 なら、この動作は――いったい何なのか。


「……名前は?」


 リヴィアが問う。


 少年は一瞬考え、笑った。


「司。神崎司」


 それだけだった。


 肩書も、説明もない。


 ただの名前。


 ガルドが、疲れたように続ける。


「こいつが、例の噂の“生体AI”かどうかは知らねぇ。正直、俺も信じちゃいねぇよ」


 リヴィアは、ゆっくりと息を吐いた。


 噂。

 都市伝説。

 誰も見たことのない存在。


 ――だが。


 目の前の現実は、否定しきれない。


「……」


 リヴィアは、司を見つめたまま、ガルドに向け静かに言った。


「約束は守るわ」


 ガルドが、驚いたように目を見開く。


「この子も、機体も、全部込みで――私が引き取る」


 司は一瞬、きょとんとした顔をしてから、


「……ん? 何のこと?」


 と、間の抜けた声を上げた。


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