013-ILINX_IV
013-ILINX_IV
観測機の映像が、廃墟と化した旧市街地の一角を俯瞰して捉えていた。割れたビルの窓、崩れた外壁、ひび割れた舗装路。その影の深部で、一機のカスケイドが横倒しになっているのが確認される。
画面の上に、アリーナ公式のロゴと実況チャンネルのテロップが重なった。
「……ええと、えー……観戦中の皆さま、ただいま入った映像によりますと――」
MCロシュの声が、わずかに揺らいでいた。
「司・リヴィア組の一機。
ダイバー司のカスケイドが……戦闘開始直後に、完全停止……
そのまま横転し、行動不能状態に陥っています」
数秒の沈黙。
彼ですら、言葉の選択に迷っていた。
「つまり……これは、開始直後から――2対1、ということに……」
ロシュは言葉を切り、隣席の解説へと振る。
「オーギスさん。
……この展開、どのように見えますか?」
少しの間を置き、元Aランクの男の声が落ち着いた調子で入る。
「正直に言わせてもらう」
淡々と、それでいて容赦のない声音だった。
「リヴィアが選んだバディだということで、多少の期待はした。
だが――初めて機体を見た時から嫌な予感しかしなかった」
横転したカスケイドの外装が、大きく映し出される。
「外装を見る限り廃部品の寄せ集め。
最低限の防塵処理と、動作に必要な部位だけが生きているような、そんな作り」
一呼吸置いて続く。
「それでも、戦えるように仕上げてきていれば話は違ったが……
この様子だと、“戦闘に備える”段階にすら到達していない」
短い結論。
「――素人だな」
ロシュは咳払いで場を整えた。
「かなり、厳しい評価が出ましたが……
では、リヴィア選手の判断については?」
映像が切り替わり、廃ビル外縁部へと駆ける《ミスト・シーカー》が映る。
遮蔽物から遮蔽物へ。
応射を繰り返しながら、後退戦を維持する軌跡。
「……こちらは対照的だ」
オーギスは淡々と分析を重ねた。
「司の機体がジェネレーターごと落ちたのを確認している。
この静寂なら、排熱も振動も出ていない。
サーモカメラを使われない限り、瓦礫へ隠せば“死角に紛れる”と判断したのだろう」
カメラがわずかに角度を変え、瓦礫に覆われた影の塊が映る。
「そして――」
《ミスト・シーカー》が廃街路へ躍り出た。
「自分の機体を目立つ位置へ晒した」
そのまま狙撃、移動、狙撃、後退。
そのラインが、横転機から遠ざかるように延びていく。
「“囮として前へ出る”――それ自体は、狙撃手としては減点対象だ」
だが、そこで言い切らない。
「しかし、理由が機能停止したバディを守るためなのであれば話は別だ」
短く、はっきりした声。
「馬鹿にはできん。
あれは――自身の技量と機体を最大限活かせるダイバーの動きだ」
ロシュが息を整えるように、声色を持ち直す。
「ええ、それでは現在の戦況を整理しましょう」
観測映像に、戦闘経路を示すラインが重ねられる。
「リヴィア選手の《ミスト・シーカー》。
単独で後退と応射を繰り返しつつ――
アンバス、ケィド両機を、司選手の位置から意図的に引き離しています」
照準ログが点滅し、跳弾軌道を描く。
「距離は詰められてはいますが、
射線の通り方を見る限り――“誘導線”として成立している模様です」
その分析に、オーギスが短く補足を入れる。
「撤退戦としては悪くない。
ただし――2対1が続く以上、リソースは確実に削られる」
「……なるほど」
ロシュが同意を込める。
「オーギスさん、
リヴィア選手の狙いは――やはり“戦域離脱による敗北成立”でしょうか?」
「おそらく、そうだろう」
即答だった。
「司の機体はすでに《機能停止》。
彼女が戦闘域を離脱すれば、その時点で敗北条件が揃う」
そこで、言葉がわずかに重くなる。
「ただし――そこに至るまでの道程は、甘くない」
映像では、アンバスのレーザーが路面を抉り、
ケィドの射線がビル影をかすめていた。
「2対1のまま撤退を成立させるには、
弾数管理、被弾回避、遮蔽物の運用……すべてに無駄が許されない」
短く。
「――厳しい戦いになる」
ロシュが締めの調子で、言葉を重ねる。
「観戦中の皆さま、ただいまの戦況――」
画面には、広がり続ける市街地の瓦礫と、
その中を単独で駆ける一機の光点が映っていた。
「司・リヴィア組は現在――実質、1対2」
「しかし、その後退ラインには、
確かに“意図”と“技術”が見受けられます」
「この撤退戦。
果たして――どこまで成立するのか」
実況の声は、そのまま次の瞬間へと預けられた。
◆
丘は戦場を遠く見下ろす位置にあった。崩れた旧市街の輪郭が、霞を挟んで薄く浮かび上がる。空を旋回する観戦機の航跡が、陽の落ちかけた空に細い軌跡を描いていた。
フェザー・リヴァリーは車両形態で待機している。滑らかな曲面装甲に刻まれた微光が、夕景に溶け込むように沈んでいた。展開されたコクピットハッチの内側、操縦席に腰掛けたまま、カリナは小型端末の録画インターフェースを操作していた。
口元には棒状のチョコ菓子をくわえ、操縦桿へ片脚を乗せてだらしなく体重を預ける。表情は緩く、瞳だけが淡く輝くホログラムを追う。観戦機の映像は、淡々と戦況を記録し続けていた。
その最中、小石を踏む音が背後から近づいた。
反射で体が跳ねる。カリナは菓子を噛み切りながら立ち上がり、腰のホルスターから拳銃を抜き、照準を構えた。
視界に現れた影を見た瞬間、硬直する。
「……アルトリウス様っ……!」
銃口が大きく外へ逸れ、慌てて安全装置を戻す。喉の奥で息が引き攣る。拳銃を胸の前で抱えるように持ち替え、深く頭を下げた。
丘の縁に立つ男は、微動だにしない。灰色の短髪が風に揺れ、背へ流れるマントの紋章が静かに揺らめく。その後方、やや下った位置には《オース・バスティオン》が重厚な影を横たえていた。
「……申し訳、ありません……」
掠れた声が漏れる。
アルトリウスは視線だけをカリナから外し、フェザー・リヴァリーの計器面へと流した。
「ここには女王陛下もおられぬ。無用に固くなる必要はない」
穏やかな声音。しかし命令であることに変わりはなかった。
「作業を続けろ」
そう言うと、端末を受け取り、アリーナ運営委員から提供された戦闘参与者の情報へと目を落とす。指先が静かにスクロールを進めていく。
“続けろ”――そう言われても、カリナの背筋は自然に伸びていた。
操縦席へ戻ることはできなかった。足はコクピットを降り、一歩退いた位置で止まる。アルトリウスの後方、半歩分だけ影に入る位置。そうして初めて、胸のうちで息が整った。
丘の上を風が抜けた。
「カリナ」
名を呼ばれ、反射的に踵が揃う。
「この戦闘についてどう考える」
振り返らずに問われる。問いかけは淡白で、しかし重い。
短く唾を飲み込み、映し出された戦況を一瞥する。瓦礫に沈む一機。遠ざかる二条の射線。そして、単独で退く狙撃機の挙動。
「……現状では」
言葉を選び、搾り出す。
「司、と登録されている側のカスケイドは……正規規格の機体ではありません。各部が廃品寄せ集めで、稼働設計も統一されていないように見えます」
記録した映像が脳裏で重なる。直後の機能停止。横転したまま動かないシルエット。
「初動で、あの通り機能停止。ジェネレーターも落ちています。
あのままでは、戦闘継続は……」
言葉を切り、続ける。
「対してアンバス、ケィド両機は、経験則に基づいた追撃運用を崩していません。
撤退戦に慣れている、というより……“狩り方を知っている”挙動です」
胸の奥が、かすかに冷える。
「――勝率は、圧倒的にあちら側が高いと判断します」
アルトリウスは短く息を吐いたようにも見えたが、表情は変わらない。
「……そうか」
それだけを告げ、再び端末の情報へ視線を戻す。
カリナは黙って後方で直立する。足元で草が微かに擦れた。観戦機の映像が、ゆっくりとアングルを変える。
丘の上には、わずかな緊張だけが残り続けていた。
「……ミスト・シーカー」
低く呼ばれた名に、カリナは視線を端末へ寄せた。
表示された機体情報の欄。そこに並ぶ重量数値が、わずかな違和感を帯びていた。
「正規モデル比で……総重量が一・四倍」
アルトリウスは短く呟いた。
「……妙だな」
数字を見つめる横顔は変わらない。だが、その沈黙の質がわずかに変わる。
カリナは、記憶の底から調整履歴を引き出す。
「……直近で、ジェネレーター交換の記録があります。
そのぶんの重量増加、なのでは……」
「それだけでは説明がつかん」
即答だった。
「出力級の上昇に伴う補機の増設、配線・冷却系の補強――
それらを含めても、この増え方は“積み過ぎている”」
アルトリウスの視線が重量グラフと内部構成の模式図を往復する。
そして、次に開かれた別の情報ウィンドウには、司の機体のデータがあった。
破線で示された補修履歴、規格の異なる部品リスト、寄せ集めの構成図。
それは“機体”というより、“成立していること自体が不思議な塊”のように見えた。
「……さらに不可解なのは、こっちだ」
アルトリウスは短く息を置き、端末から視線を外さずに続けたが、
一瞬だけ横目にカリナの様子を一瞬だけ確かめる。
「……この件については、本来なら共有される範囲ではないが」
彼女は黙したまま、姿勢を崩さない。
その様子を見て、アルトリウスは判断したように口を開いた。
「先日――層間輸送用リニアカタパルト《ルミナ・ストラタ》の砲台守、エルネより報告が上がった」
カリナの胸に、わずかな緊張が走る。
アルトリウスの声音が、僅かに低くなる。
「女王陛下より下賜されていた“あるジェネレーター”がある」
一拍。
「ドラグーン級だ」
知らされていなかった階層の情報。
胸の内に驚きが渦を巻くが、表情には出さない。
アルトリウスは続ける。
「そのドラグーン級ジェネレーターが――
現在、あの寄せ集め機に搭載されている」
言葉が空気を刺す。
「出力、容量、回復特性。どれも本物だ」
カリナは無意識に息を止めていた。
今しがた知らされたばかりの事実と、
目の前の“異常”が線で結ばれていく――
外装は軽量化とは無縁の粗雑な構造。
均質性を欠いた関節、規格の違うフレーム。
「廃棄部品の寄せ集め。
本来なら、自重を支えるだけで限界を迎えるはずの構成だ」
視線が、戦闘開始前の記録時間に移る。
そこには、司の機体が――確かに“自立している”姿が映っていた。
「にもかかわらず、戦闘開始直前まで――立位を維持していた」
静かな声で言い切る。
「重心、剛性、負荷配分……どれを取っても、理屈が合わん」
風が丘を渡り、カリナの肩に触れていく。
女王より授与されたものを――
エルネが、誰かに渡したこと。
それ自体にも驚きはあった。
だが、それ以上に。
そのジェネレーターを積んだ“はず”の機体が、
まるで――別の姿に見えるほどの不整合を孕んでいるという事実。
(……こんな……)
今さらのように、司の機体の異常さが、輪郭を持ちはじめる。
けれども。
カリナは、次の映像を知っている。
――戦闘開始の瞬間。
――突如の機能停止。
――横転、沈黙、沈降。
「……ですが」
言葉が、自然にこぼれた。
戦闘開始前の挙動に、確かに“違和感”があること。
異常としか呼べない成立の仕方をしていること。
それでも――
「結局、あの機体は……開戦と同時に停止しました」
映像では、遠方で二条の射線が走る。
単独で後退する狙撃機。
瓦礫に沈む、動かない影。
「状況は、実質二対一のままです」
指先が、端末のフレームを強く握っていた。
「結果として――アンバス、ケィド側の勝利は……
揺るがないように、見えます」
言い終えたあと、言葉は続かなかった。
アルトリウスは端末から視線を外さずに言った。
「……確かに、カリナの戦力分析は妥当だ」
短い肯定。
胸の奥が、わずかに緩むのを自覚する。
評価されたという感覚より――判断が間違いではなかった、その一点に。
だが、安堵は長くは続かなかった。
「だが――」
アルトリウスは一拍置き、続ける。
「では何故、女王陛下はこの“最低位のアリーナ戦”に観戦機を飛ばすようご指示になったのか。……分かるか」
問いは、淡々としているのに重い。
言葉が喉奥で引っかかる。
――最下層のFランク戦。
――例外ではない、数あるカードの中のひとつ。
本来なら、女王の視線が向けられる場所ではない。
それでも何かを答えなければ、と意識が焦る。
「……ジェネレーターの……」
さきほど聞かされた情報が、頭の中で急いでつなぎ合わされる。
「司の――あの機体に搭載されているという、ドラグーン級。
その……試運転状況を、確認するため……では」
苦しい、と分かる理屈だった。
それでも絞り出すしかなかった。
アルトリウスは、わずかに目を細めた。
「……なるほど」
肯定とも否定ともつかない声。
一瞬だけ、その意見を受け止めたようにも見えた。
だが、すぐに静かに続ける。
「では――なぜ“ミスト・シーカー”ではないのだろうな」
胸が、強く締め付けられた。
「実績のある狙撃機。
運用履歴、射撃適性、安定した機体制御。対人戦は初見でも、魔物戦においては明確な成績を有する。
――お前の言う、試験運用をするならそちらの方が合理的だ」
アルトリウスの声はあくまで静かだった。
しかし、その静けさが冷たい刃のように響く。
「それなのにも関わらず、あの“廃品の寄せ集め”に搭載されている」
口を開こうとして。
言葉が出なかった。
――確かに、その通りだ。
論理は、そこから先へ進めなくなる。
沈黙した自分を責めようとした時、
アルトリウスが端末の操作に指先を戻した。
映像が切り替わり、瓦礫の陰に沈んだ影が拡大される。
機体は動かない。
音も、熱も、振動もない。
ただ、そこに“落ちている”。
アルトリウスが、こぼすように言った。
「……アンバスとケィドのアリーナ戦は、これまで十度行われている」
過去戦績の記録ウィンドウが横へ並ぶ。
「だが、女王陛下が興味を示されたことは一度もない」
その声は、確信へと変わっていく。
「それなのに今回に限って、観戦機を飛ばさせた」
戦場の映像と、沈黙した機体が重なる。
「“陛下がご覧になりたい”のは、アンバスでもケィドでもない」
視線が、瓦礫の影へと固定される。
「明らかに――司とリヴィアの方だ」
心臓の鼓動が、ひとつ強く跳ねた。
女王陛下が、見ている。
それは称賛でも期待でもない。
ただ――“視線が向いている”という事実だけが、重かった。
アルトリウスが、静かに言葉を落とす。
「そしてこれは――“陛下がご覧になりたい”だけではない」
淡々とした声音の奥で、確信がきらりと光る。
「“我々に”――“見せたい”のだ」
わずかに言葉を区切る。
“我々”。
その言葉が何を指すのかを、カリナは理解していた。
――女王の誓約楯。
直轄の楯として、
国のために剣を抜くことを許された者たち。
アルトリウスの眼は肉眼では詳細を捉えられない戦場へと向き、
「……陛下が気にしておられるのは、勝敗などではない」
丘を渡る風が、淡く草を揺らす。
「もっと――別の何かだ」
その“何か”が何なのか。
言葉にはならないまま、胸の奥で形を持たずに膨らむ。
カリナは端末の画面へ指先を伸ばし、ズームを寄せる。
瓦礫の隙間。
沈黙した影。
その一点へ、視線を注いだ。




