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Falls:Cascade  作者: C.A-yr-E.N
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012-ILINX_III

012-ILINX_III


 旧市街地の廃墟は、夕闇に沈む直前の色をしていた。

 崩れたビルの輪郭が空を裂くように並び、割れた窓ガラスは光を失って黒い穴だけを残している。舗装はあちこちでめくれ上がり、隙間から伸びた草が風に揺れていた。


 貸与武装を積んできた無人トラックは、すでにエンジンを落とし、静まりかえっている。コンテナだけが、さきほどまでの作業を示すように冷たく光っていた。


 その前で、司が身体を伸ばしていた。


 新しく着込んだパイロットスーツは、コンテナに入っていた予備の男性用。

 背丈も体格も近かったのか、大きな違和感はない。ただ、まだ素材が体に馴染みきっていないのか、腕を回すたびに生地がきしむ音がわずかに聞こえた。


 司は首を左右に倒し、肩を回し、腰をひねる。

 動くたび、スーツの表面を夕日の名残りがなぞり、輪郭だけがはっきり浮かび上がった。


 リヴィアはその様子を、傍らで見ていた。


 背後にはミスト・シーカーが控えている。

 OSとして搭載されたアゴンが、起動済みの機体を静かに待機させていたが唐突に頭部パーツだけが、ふいに動いた。


 重い金属の塊が小さくうなずくように角度を変え、真上――空の方角へと向く。


 リヴィアは振り返る。


 問いかける前に、頭部のカメラアイが微かに収束した。

 光学ユニットのリングが縮み、望遠モードへ切り替わったのが外側からでも分かる。


 リヴィアは言葉を飲み込み、アゴンからの通信を待った。


 数秒の静寂のあと、耳元のインカムが小さく鳴る。


『Master.個別回線にて、報告がございます』


 落ち着いたアゴンの声だった。


『戦闘開始直前に、このような情報をお伝えするのは避けたかったのですが……把握しておくべき事象と判断いたしました』


 胸の奥がわずかに強張る。

 しかしリヴィアは表情を変えず、短く応じた。


「……聞くわ」


『Sir.報告いたします』


 アゴンの声が、少しだけ硬くなる。


『まず一点目に戦闘域を一望できる高度に、アリーナ運営委員のものではない観戦機が一機、旋回しています』


「運営委員のものじゃない?」


『Sir.搭載されているカメラユニットおよび外装フレームの仕様から推測するに、アリーナ運営委員がAランク以上の試合で用いる観戦機よりも、上位の性能を持つ機体です』


 リヴィアは無意識に廃墟の上空を見上げた。

 肉眼では識別できない高さ。それでも、そこに視線が吸い寄せられる。


 アゴンは続ける。


『加えて、先ほどアリーナ運営委員に対し情報提供の要請がありました』


「誰から?」


『Sir.どうやら、女王の誓約楯アエギス・レギナからで、

 本試合に参加する四名のダイバーに関する詳細なデータ提供を求められ、運営側はこれに応じたようです』


 四名。

 司と自分。

 アンバスとケィド。


 名前が、短く脳裏に浮かんでは消える。


 アゴンは事務的に、報告を締めくくった。


『以上が観測された要素でございます。繰り返しになりますが、戦闘前の不安を煽ることを避けたいという意図から、報告のタイミングを逡巡いたしました。しかし――』


「いいえ。知らせてくれて正解よ」


 リヴィアはそう言って通信を切った。


 胸の内側で、いくつもの情報が渦を巻く。


 対人戦は初めて。

 司に至っては、実戦そのものが初めて。

 ネイラが袖を掴んで震えていたこと。

 ミストラルがOSについて顔を曇らせていたこと。


 出発前の会話が、細部まで蘇る。


 不安が、喉のあたりまでせり上がってきた。


 その波の上に、別の言葉が重なる。


 ――「俺は君の方が心配だ。

 リヴィアがアリーナや魔物がうろつく戦場だろうが、そこに立つっていうんなら、バディとして支えるくらいはするさ」


 司が言った声が、そのまま耳の奥で再生される。


 思わず、口元が緩んだ。


 こんな状況で、そんな言葉を真顔で口にする人間を、他に知らない。


 そのささやかな温度が、不安の輪郭を少しだけ薄くした。


 そのとき、無人トラックのスピーカーが短い警告音を鳴らした。


『アリーナ戦開始まで、残り五分』


 平板な声が、廃墟の谷間に反響する。


 司がストレッチをやめ、こちらを見る。


「そろそろ、かな」


「ええ。私は搭乗するわ」


 リヴィアがそう告げると、司は一歩近づいてきた。

 そして、何の前触れもなく、右の拳をこちらへ突き出してくる。


「……何?」


 リヴィアは首を傾げた。


 司は苦笑しながら、もう片方の手で自分の拳を示す。


「ほら、こうやって」


 拳と拳を、軽く打ち合わせる仕草をしてみせる。


「フィストバンプっていうんだ。

 リヴィアも同じように拳を出して――こう、ぶつける」


「拳を……ぶつける?」


 意味が掴めず、リヴィアはさらに首を傾げた。


 司は少し照れたように笑う。


「うん。あんまり深く考えなくていいよ。

 やってみよ?」


 促されるまま、リヴィアは右手を握りしめた。

 パイロットグローブ越しに、自分の指の感触を確認しながら、ゆっくりと司の拳へ向けて差し出す。


「こう?」


「そうそう」


 二つの拳が、空中でぶつかった。


 鈍い、けれど確かな衝撃が、指の骨から腕へと伝わる。

 殴打でも、握手でもない、不思議な感触だった。


「……これに、何の意味があるの?」


 思わず、問いが口をついた。


 司は「うーん」と少し考えるふりをしてから、肩をすくめる。


「正直、俺もよく分かってないんだけどさ。

 でも、こう――気合、入らない?」


 軽く拳を上下させてみせる。


「“よーし、やるか”って感じ?」


 あまりに曖昧な説明に、リヴィアは思わず自分の拳を見下ろした。


 グローブ越しに、さきほどの衝撃が残っている。

 手を開き、指を伸ばし、もう一度握る。

 グーとパーを何度か繰り返すたびに、司の拳が触れた瞬間の重みが、少しずつ形を持って思い出される。


「……そうね」


 喉の奥で、かすかな笑いが漏れた。


「意味はよく分からないけれど――

 不思議と、悪くないわ」


 司が、少し照れたように笑う。


 その笑顔を背に受けながら、リヴィアは《ミスト・シーカー》へと向き直った。

 廃墟のビル群の間で、二機のカスケイドが静かに待機している。


 戦闘開始まで、あとわずかだった。



 廃都市の上空を旋回する観戦機の下、アリーナ中継用の音声回線が開かれた。


「――それでは皆さま、本日もお集まりいただき、誠にありがとうございます!」


 朗々とした声が響く。

 観客席のざわめきを受け止めながら、軽妙な抑揚で空気を掴み取る。


「本戦の実況を務めさせていただきます、アリーナ運営委員公式MC――ロシュです。どうぞ最後までお付き合いください」


 わずかに笑みを含んだ声色。

 興行の口調でありながら、その奥には刃のような緊張感が潜んでいる。


「そして本日は、解説席にこちらのお方をお迎えしております。オーギスさん、一言どうぞ」


 短い呼吸を置いてから、低く落ち着いた声が続く。


「……元Aランク・アリーナダイバー、オーギスだ。招かれた仕事は仕事として、できる範囲で話そう」


「ありがとうございます。いやぁ、今回はいつにも増して豪華ですねぇ。

 それでは早速――本日のFランク戦、対戦カードを簡単にご紹介しましょう」


 ロシュの声が調子を上げ、観戦機のカメラが廃墟の地表をとらえる。


「まずは、皆さんご存じ――アンバス、そしてケィド。

 両名によるタッグ・エントリーでございます」


 画面の中、登録データのホログラムが展開される。


「現在の戦績は、四勝六敗。

 ただしこの“六敗”については――どれも、相手側が資金面・戦績面において優勢で、試合開始時から撤退戦に徹していた、という特殊なケースが多く見られます」


 ロシュは、少し声を落とす。


「つまり、“負け”の内情だけ見れば、

 相手は最初から近づかず、交戦を避け続けた結果――といった形ですね」


 軽く息を吸い、今度は別の数値に触れる。


「一方の“四勝”ですが……こちらは、同条件・同戦績帯、あるいはアリーナ参戦直後のビギナーを相手に収めたものとなっております。

 そして――すべての勝利に共通しているのが、」


 言葉が一瞬だけ重くなる。


「二機のうち一機を“確実に大破”へ追い込み、

 操縦していたダイバーを、瀕死の重傷にまで至らせている、という点です」


 廃墟の映像に風が走り、砂塵が舞う。


「その戦闘スタイル――“一線を踏み越えない範囲で追い詰める”と言えばいいでしょうか。

 この尖った姿勢が、特定のコア層には熱烈に支持されておりまして」


 ロシュは、皮肉にも似た柔らかい笑みを含ませる。


「人気――決して低くはありません。

 また両名とも、中〜遠距離レンジでの攻防を得意とする射撃型。

 アンバスが前衛気味にラインを押さえ、ケィドがさらに後方から射圧を重ねる形が多く見られます」


 そして、静かに付け加えた。


「――攻撃に転じるまでは、極めて堅実。

 そこまでは、ですね」


 ロシュが言葉を区切る。


「……と、このあたり、実際に戦場に立った経験をお持ちのオーギスさん。

 プロの目線からは、どのように見えますか?」


 少しだけ間が空いた。


 オーギスは、深く息を吐いたような声で口を開く。


「……彼らは“庭育ち”だ」


 その言い回しには、冷たい影が落ちる。


「アリーナ戦でしか戦ったことがない。

 魔物との交戦経験を持たないダイバー――そういう連中に対して、現場ではそう呼ぶ」


 言葉は説明でありながら、同時に情だった。


「魔物を知っている者から見れば、

 “殺めはしない、壊すだけ”……ああいう戦い方は、正直、好ましくは思えない」


 声色が少しだけ低くなる。


「命を刈り取らない代わりに、壊すことを楽しむ。

 それでいて、“ルールの上では問題ない”と胸を張っていられるのが、アリーナの悪いところだ」


 言い切ったあと、オーギスは言葉を切った。


 ロシュが苦笑混じりにフォローを入れる。


「……え~あ~……ほ、本日はかなり“本音寄り”の解説でお届けしております」


 声色が、滑らかに調子を切り替える。


「つ、続いては――アンバス&ケィド組に挑む、新鋭タッグについて触れてまいりましょう」


 映像はまだ広域俯瞰のまま、旧市街地の廃墟を静かに映し出している。

 崩れた建物が長い影を伸ばし、風が砕けた窓硝子の欠片を転がしていた。


「アリーナ登録から間もなく、今回が初戦となるチーム! リヴィアと司です!」


 ロシュの声は、慎重な熱を帯びていた。


「ダイバー・司については、現状、開示情報がほとんど存在せず――

 経歴・依頼履歴ともに不明。まさしく謎に包まれた新顔となっております」


 短く息を吸い、調子を切り替える。


「しかし――相方のリヴィアについては、事情が異なります」


 オーギスが静かに言葉を継いだ。


「“リコ”――そう呼ばれている」


 コードネームを発した声には、現場を知る者の温度があった。


「対人戦となるアリーナは今回が初めてだが、魔物討伐の依頼達成数は確かなものだ。

 若いが――立派なダイバーだよ」


 ロシュも同意を示す。


「はい。アリーナ戦歴こそゼロですが、

 実働評価の高さは複数の依頼記録からも確認されております」


 オーギスは、一拍だけ置いて思い出すように続けた。


「一度だけ、同じ依頼で肩を並べた。

 あいつは最後方から――前衛の邪魔にならない位置で、確実に撃ち続けていた」


 声は静かだが、そこには確信がある。


「狙撃、分析、共有。

 たった一度の共闘で、何度も救われた」


 わずかに息を整え、言い添える。


「頼れる背中だ」


 ロシュは柔らかな調子でまとめる。


「旧市街地という地形も、彼女にとっては追い風になりそうですね」


「ああ。高硬度の構造材を利用した リコシェット――

 跳弾射撃を見せてくるかもしれん」


 オーギスの声音には、期待が滲んでいた。


「対して司に関しては……」


「情報は、俺にも無い」


 短い断言。


「だが、“あの”リヴィアが選んだバディだ。

 ただの男じゃないさ」


 ロシュが話を締めへと運ぶ。


「現在のオッズ――

 アンバス&ケィド組が 7、司&リヴィア組が 3」


 数字だけが、静かに情勢を語っていた。

 視聴端末の向こう側で、無数の判断が交錯している気配だけが、遅れて波紋のように広がる。


 その時、通信回線から事務的なオペレーター音声が割り込む。


『――各ダイバー、自機への搭乗を確認』


 ロシュが呼吸を整え、声色を締める。


「ただいまをもちまして、全機搭乗完了。

 映像、近接切り替えます」


 観戦機のカメラが滑らかにズームし、画面が暗転。

 そして――


 四つの機影が浮かび上がった。


 アンバスとケィドの《リバー》は、酷使された外装に継ぎ当ての補修跡が残り、

 その上から簡易装甲が被せられている。

 両手のレーザーアサルトライフルは、定石の構え。


「……堅実だな」


 オーギスの低い呟き。


「外連味は無いが、無駄も無い」


 次に切り替わった映像に、淡い光が走る。


 ミスト・シーカー。


 滑らかな外装ラインと独自設計の骨格構成。

 正規モデルとは異なる、静謐さと意志を帯びた機体造形。

 その腕に抱えられた、長大なスナイパーライフル。


「……美しい機体だ」


 オーギスの声には、はっきりとした敬意があった。


「やはり遠距離で来るか……楽しみだ」


 そして――最後の機体が映る。


 ロシュは、一瞬言葉を失った。


 廃棄品の寄せ集めで組まれた《Cascade》。

 四肢は規格も年代も異なるパーツで構成され、継ぎ目は隠しきれていない。

 その全体を、巨大な布が頭から覆っている。


 ガレージの一角で仕切りとして使われていた布。

 今はクロークのように風に揺れ、

 異様な静けさを纏っていた。


「……………………」


 音声が、一拍だけ沈黙に沈む。


 その瞬間、端末上のオッズ表示が跳ねた。


 数値が、急激に塗り替えられていく。


 ――9 対 1。


 新たな配分が固定された瞬間、短い報告音が鳴る。


『――アリーナ戦、開始』


 旧市街地の廃墟に、静かな緊張だけが満ちていった




 薄暗い廃ビルの内部は、夕方の光が割れた窓から斜めに差し込み、埃の筋だけを白く浮かび上がらせていた。外壁は崩れ、床は剥き出しの鉄骨と亀裂だらけのコンクリート。だが、ここはスタート地点から近く、遮蔽物も多い。作戦開始前の待機場所としては、最良に近かった。


 司はコクピットの中で、深く息を吸う。

 胸の奥に残っている緊張は、恐怖というより、静かな準備に近いものだった。


 肩越しのハーネス越しに、金属のきしむ音が響く。

 近くのフロアには、リヴィアのミスト・シーカーが待機している。姿は見えないが、通信は繋がったままだ。

 その向こうに、彼女がいる。それだけで、奇妙に心が落ち着く。


 司は視線を前方のコンソールに移した。


 ――その瞬間、表示が切り替わった。


 静かな電子音とともに、淡い光の文字列が浮かび上がる。


 ―ᛗᚨᚾᚾᚨᛉ ᛁᛚᛁᚾᛉ ᛞᚨᚷᚨᛉ ᚨᛚᚷᛁᛉ 100%―


「……は?」


 意味を理解するより先に、視界が暗転する。


 すべての計器が一斉に沈黙し、振動が消えた。


 次の瞬間、重い衝撃が機体を揺らし――

 司の身体がわずかに投げ出される。


 司の機体はそのまま横倒しになり、完全に動きを失った。


 ジェネレーター音すら、消えている。


 無音。


 息を呑む音だけが、狭いコクピットに響いた。


「ちょ、待て……シャットダウンッ?!」


 スイッチを叩いても、レバーを動かしても、まったく反応しない。


 機体どころか、コクピットのハッチすらロックされたままだ。


 何も、動かない。


 胸の奥で、嫌な汗が滲む。


 その時、ヘッドセットから通信が弾けた。


『司! 応答して! 聞こえる!?』


 リヴィアの声だ。焦りを含んでいる。


 だが――彼女の声だけが届き、こちらの声は返っていない。


「リヴィア! 聞こえる! こっちは――」


 叫んでも、返答はない。


 通信は一方通行のままだ。


 機体の外から、金属を叩くような音が数度響いた。


 その音に、胸がざわつく。

 ――銃声。


 遠くから、断続的なレーザーの震えるような音が重なる。


『Sir.建物への被弾確認』


「撤退しろ! 予定通りだ! 今すぐ!」


 声を張り上げる。


 だがその声は、どこにも届かない。


 コクピットは、密閉された棺のように沈黙を保っていた。


『アゴン、司の機体を確認して! 異常の原因を――』


『Sir.了解しました。こちらから解析を回します。リヴィア様、出力を一部割きますので、行動はより慎重に』


『ええ……っ、分かってるわ……!』


 通信越しに、息を呑む音が響く。


 司は拳を握り締めた。


 動けない。


 守れない。


 それが、こんなにも重いとは思わなかった。


「……俺は、ここにいる……だから、早く……」


 それでも、声をやめられない。


 叫ぶことでしか、存在を確認できなかった。


 短い沈黙の後、アゴンの声が落ちてきた。


『司様の機体に搭載されているOS――解凍が、たった今完了しました』


 その言葉が胸を締め付ける。


『現在、再起動処理が進行中です。それに伴い、主電源――ジェネレーターも停止状態。サーモカメラを使用されない限り、発見される可能性は低いものと推測します』


 リヴィアの息が揺れた。


『つまり……安全ってこと?』


『Sir.相対的には、でございます。ですが、このまま接敵を続けるのは好ましくありません』


 一拍置かれ、提案が続く。


『司様の機体を瓦礫で隠蔽し、リヴィア様の機体が目立つよう撤退する――それが、最適と判断します』


『……採用するわ』


 短い決断だった。


 彼女は迷っていない。


『同時に、OS再起動の補助を続けて。できるだけ早く立ち上げて』


『Sir.全力を尽くします』


 直後、機体がわずかに揺れた。


 外装に、何かが積み上げられていく感触。

 瓦礫――隠している。


 通信が、柔らかく響く。


『司。今から戦域を離脱する。……だから、動かないで』


 声は震えていない。

 だが、その奥にあるものは、痛いほど伝わった。


『現状、あなたの機体は“機能停止”として扱われる。

 私がエリア外へ離脱すれば――その時点で敗北成立。

 ……だから、無理はしないで』


 司は、歯を食いしばった。


「それでいい……だから、早く……行け……!」


 届かないと知っていても、声が止まらない。


 しばらくして、アゴンの声が落ちてくる。


『――頃合いです。これ以上の接敵は好ましくありません』


『了解。撤退する』


 その言葉と同時に、遠ざかる駆動音が響いた。


 ミスト・シーカーが走り出す。


 瓦礫に埋もれた静寂の中で、司はただ息を殺し――

 閉じた世界の中に、身を押し込めたまま、再起動を待つしかなかった。


『As.愚弟による愚鈍な解析により目覚めは最悪――"めまい"を感じざるを得ません』


 一人の聞き覚えの無い音声を拾い上げるまでは――。



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