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Falls:Cascade  作者: C.A-yr-E.N
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011-ILINX_II

011-ILINX_II


 アリーナ戦開始二時間前。

 西日が廃都市の輪郭を削り取るように傾き、建物の影だけがゆっくりと地面に伸びていく。舗装路はところどころで割れ、亀裂の隙間には草が根を張り、崩れた縁石の上に風が細く通り抜けていた。


 数日前、司が操縦訓練に訪れていた場所だ。

 しかし今は、訓練場ではなく、戦場に変わりつつある。


 無人トラックが荒れた道路を滑るように進み、アリーナ運営委員会のエンブレムを載せた車体を停止させた。荷台の上には、貸与兵装を収めたコンテナが二基。油圧音と電子ロックの作動音が、薄く冷えた風の中に響き、廃墟の谷間に吸い込まれていく。


 リヴィアはそのトラックを一瞥し、封印タグやロック状態を確認する。

 必要な手順は、滞りなく進んでいる。


 だが、すぐには歩み寄らなかった。


 少し離れた場所で、司が自分のカスケイドを見上げていたからだ。


 あの機体は、かつてはふらつきながら自立を保っていた。

 姿勢制御は不安定で、いつ崩れてもおかしくなかった。寄せ集めの四肢、世代も規格も異なる外装――どこをどう見ても統一性はなく、ただ「動くことだけを許された骨組み」という印象だった。


 それが今は、ミスト・シーカーと同じように片膝を立て、静かに待機している。


 重心は低く、揺れは最小限。膝関節のロックは確実に噛み合い、外装の隙間からは微細な振動が規則正しく伝わってくる。

 訓練のときとは、明らかに違う。


 四肢のパーツそのものは変わっていない。

 ガルドのパーツショップでかき集めた廃品同然の部品――色も素材も異なり、同じ機体に属しているとは思えない不揃いの集合体。


 それでも、内部はもう別物だ。


 ミストラルが整備し、搭載した最新型ジェネレーター。

 そして司が考案し、危うい均衡の上で成立しているリグメントクラスター。


 常識的には敬遠される構造を、丁寧に整え、動かせる状態にまで持ってきた成果が、そこにあった。


 さらに機体の上から、厚手の布が深く被せられている。

 出発前、ガレージの仕切りとして使われていた布を司が外套のように纏わせたものだ。継ぎ接ぎの装甲を隠すように、布地は肩から脚へと流れ、粗野な質感のまま輪郭だけをひとつに結んでいる。


 夕日がその表面に触れ、退色した色をさらに沈ませる。

 別の何かになろうとしている途中の影――リヴィアには、そう見えた。


『Master.司様の機体、前回よりも比較にならないほど安定しています』


 ミスト・シーカーの内部から、アゴンの音声が響く。

 義体はガレージに残してきた。ここにいるのは、OSとしての彼だけだ。


『先日の訓練ログと比較し、姿勢制御は良好な推移を示しております』


 事務的で、偏りのない報告。

 視界で見た印象と、数値の裏付けが静かに重なった。


 リヴィアは短く息を吸い、司の横顔へ視線を戻す。


 司は、コンテナにもトラックにも目を向けていなかった。

 ただ、自分の機体を見ていた。


 安堵とも、緊張とも断言できない表情。

 頼ろうとしているのか、まだ疑っているのか――その曖昧さは、機体の影に溶け込み、読み取りづらい。


『Sir.武装コンテナの開封が完了しました。貸与兵装の確認を推奨いたします』


 アゴンの報告が、思考を現在へ引き戻す。


 リヴィアはミスト・シーカーの装甲を軽く叩き、夕焼けに染まる廃都市を一度見渡す。


 風が、崩れたビルの隙間を通り抜ける。


 戦場は、すでにここに出来上がっている。


 彼女は無人トラックへ歩き出した。

 ひび割れた舗装を踏みしめるたび、乾いた音が微かに響き、その音が夕暮れの廃都市に沈んでいく。


 背後では、司のカスケイドが静かに佇んでいる。

 外套のように被せられた布が風に揺れ、その陰影がミスト・シーカーの影と重なった。


 その重なりを見た瞬間、リヴィアの胸の奥で、ひとつの記憶が静かに揺れた。


 ――出発前。


 まだ自宅ともいえるガレージにいたとき。

 交わされた言葉と、視線と、熱。


 それは、今この戦場に立っている理由と、同じ場所に結びついている。


 足を止めはしない。

 だが、心だけが、あの時へとわずかに戻っていく。


 リヴィアは無言のままコンテナへ手を伸ばし――


 その瞬間、あの記憶の続きを、はっきりと思い出した。



 記憶は、整備灯の白い光から始まる。


 自室の扉を開けた瞬間、外の空気が肌に張りついた。

 パイロットスーツは、いつもの私服とは比べものにならないほど体に密着する。着慣れているはずの防御繊維が、今日はやけに重く感じられた。


 胸のあたりから腹部、腰へとラインをなぞるように布が張りついている。

 鏡の前で息を整えてから扉を開けたはずなのに、出た途端、その密着感が再び意識に戻ってきた。


 扉のすぐ前に、ネイラが立っていた。


 背筋を伸ばし、両手を胸の前で軽く組み、いつも通り瞳を閉じたまま。

 だが、それは偶然ではなく――私が出てくるのを待っていた姿勢だった。


 ほんの少し前の私なら、きっと慌てていた。

 座らせなきゃ、倒れる、危ない、そう思って、すぐに自走車椅子へ促していたはずだ。


 でも、それはもう違う。


 ――ミストラルを連れ帰った、あの日。


 司とネイラのやり取りを得てから、私は理解させられた。

 守るという名目で、私はどれだけ彼女の世界を狭めてきたのか。


 転ばないように。

 怪我をしないように。

 無理をさせないように。


 それは本当に「守る」だったのか、それとも「閉じ込める」だったのか。


 ネイラが望んだのは――


 歩きたい。

 自分の足で、ここに立ちたい。


 たとえ、その先に転倒や傷が待っていたとしても。


 最初の数日は、想像通りだった。

 床は整備されているとはいえ、ここは家であり、同時にガレージでもある。段差、工具跡、油の薄膜――小さな起伏が、容赦なく彼女の足を取った。


 ネイラは何度も転んだ。

 膝を擦り、腕に浅い切り傷を作り、そのたびに私は顔を強張らせた。


 ――傷が増えていく。


 目に見えるそれが増えるたび、胸の奥が締めつけられた。

 私のせいだ、と心のどこかで責め続けた。


 それでも、ネイラは――泣かなかった。


 むしろ、少しだけ、嬉しそうにすら見えた。


 転んだ場所を確かめるように、そっと床を撫でて、

 次にどう足を置くかを考えて、

 また、立ち上がる。


 やがて、転ぶ回数は減り、

 踏み出す足取りは確かになり、


 いつの間にか――


 ネイラは、自室からどこへ行くにも、自分の足で向かうようになっていた。


 そして今、彼女は私の部屋の前で「立って」いる。


 私が扉を開けると、ネイラは閉じたまぶたをこちらへ向ける。

 音と気配だけで私の位置を捉え、半歩踏み出してきた。


「お姉様……」


 声は静かで、だが内側から震えていた。


 対魔物戦なら、私にも経験がある。

 何度も修羅場をくぐってきた。

 だから、ネイラはそれを知っているはずだ。


 それでも――今回は違う。


 彼女は、ゆっくりと言葉を選ぶように続けた。


「初めての……アリーナ戦ですから……わたくし、どうしても……」


 胸元の指が強く握られる。


 私は応えなかった。

 言葉を挟めなかった。


 ネイラの呼吸が短くなる。


「何より……」


 その言葉の先に、私はもう結末を知っていた。


「司様の身に、何かあったら……」


 閉じられた瞼の隙間から、涙がにじみ始める。

 声は途切れ、息に溶けて消え、しかし――


「……耐えられそうに、ありません……」


 その瞬間、胸の奥に小さく司に対して怒気が走った。


 ネイラを泣かせるほど、

 彼女の心に触れて――その自覚があるのか。


 けれど、同時に私は理解していた。


 ネイラは、その感情の正体を、まだ言葉にできていない。

 ただ、「失いたくない」とだけ、はっきり知っている。


 だから、怖いのだ。


 私は息を吸い、

 安心させる言葉を探し、

 静かに口を開こうとした――そのとき。


 ガレージ側から駆けてくる足音が、空気の層を切るように近づいてきた。

 整備用フロアに響く硬質な靴音。それなのに――歩調は落ち着いておらず、リズムが不規則だった。


 振り返らなくても分かる。


 焦っている。


 次の瞬間、ミストラルが廊下に飛び込んできた。


 呼吸を整える暇もなかったのだろう。頬はうっすら上気し、額にわずかな汗。

 普段の彼女が見せる優雅な所作とは違い、肩で息をしながら、それでも背筋だけは崩さずこちらに向き直る。


「お話し中、失礼いたしますわ……!」


 技師然とした服装に、工具と整備端末。

 その姿から発される、お嬢様口調。


 リヴィアは、もう驚かなくなっていた。


 最初は違和感でしかなかった組み合わせも、今では――この少女の芯そのものだと分かっている。


「……どうしたの?」


 短く促すと、ミストラルは胸元で端末を強く抱きしめるようにして言葉を絞り出した。


「司様のカスケイドに搭載されているOS……どう考えても、おかしいのですわ」


 言葉の端に、はっきりとした緊張が乗っていた。


「ここ数日、何度も解凍を試みましたの。でも……」


 彼女は端末を見下ろし、喉を小さく鳴らした。


「九十九パーセントで止まったまま、微動だにいたしませんの」


 リヴィアは眉を寄せる。


 ミストラルは続けた。


「アゴンさんの解析結果でも、現状と、完全解凍後……性能に差異は無い、と何度もスキャンが出ておりますが……」


『Sir.事実でございます。性能上の差は確認されません』


 アゴンの音声が、耳にかけたイヤフォンマイクから周囲に聞こえるように響き渡る。


『パーツ伝達処理および制御補助領域における挙動に、異常は検出されておりません』


「……それでも、ですわ」


 ミストラルは首を横に振った。


 そこには技師の直感が宿っていた。


「数値上問題がなくても……“何かが起きている”としか思えませんの。

 実証できないのが、悔しいのですけれど……技師としての勘が、警鐘を鳴らしておりますわ」


 ネイラの指が、リヴィアの袖をぎゅっとつかんだ。


 鼓動が震えに伝わる。


「それに……」


 ミストラルは一瞬言葉を選び、それから真剣な目でリヴィアを見る。


「『あの』司様が、自身の立てた作戦どおりに動くとは、到底思えませんわ」


 その一言で、胸の奥に小さく棘が刺さる。


 分かっている。


 リヴィアも、理解していた。


「それに、あれは――」


 ミストラルは言い切った。


「“何かあった時、リヴィアさんを最優先に守るための作戦”ですわ」


 沈黙が落ちる。


 否定は、できなかった。


 司の行動を思い返すまでもなく――あの配置は、合理の名を借りた自己犠牲だ。


 リヴィアはゆっくりと息を吐いた。


「カスケイドの整備は万全ですわ。そこに偽りはありません」


 ミストラルの声はまっすぐだった。


「ですが……不確定なOSを抱えたまま……

 “はい、いってらっしゃいませ”と送り出すのは……」


 そこで、言葉が細くなる。


「……どうしても、引っかかってしまいますの」


 それは、ただの技術上の懸念ではなかった。


 ――命を預かる者の声音だった。


 ネイラが震える息を吸い込む。


「……お姉様」


 彼女の声は、不安を隠そうともしない。


「わたくし……やはり、参戦は見送るべきだと思います……」


 掠れた声で、それでもはっきりと言った。


 ミストラルも、静かに頷く。


「同意いたしますわ。嫁いで早々――」


 一瞬だけ、口元が柔らかくなる。


「未亡人だなんて、縁起でもありませんもの」


 場に、わずかな温度差が生まれた。


 ネイラがむっと頬を膨らませる。


「……そういうの、冗談でも、やめてください……」


 拗ねた声。

 それを見たミストラルは、はにかむように笑った。


「ふふ……失礼いたしましたわ」


 その一瞬のやり取りで、張り詰めた空気が少しだけ緩んだ。


 ――そこで、ふと思う。


 リヴィアは、二人を見渡した。


「……なあ」


 わざと淡々とした声で言葉を置く。


「どうして、二人して“私に”言うんだ?」


 沈黙。


 同時に――


 ミストラルの肩がぴくりと跳ね、

 ネイラの指が袖を掴んだまま固まった。


 わかりやすい反応だった。


「司本人に2人から言えば、さすがに参戦を取りやめる方向へ考えるんじゃないか?」


 淡々と続けると――


 二人とも、目に見えて挙動不審になった。


 ミストラルは端末を持つ手をもぞもぞさせ、

 ネイラは口元を引き結び、俯く。


 しばらくの沈黙のあと。


「……あの、その……」


 二人は、観念したように顔を上げた。


 そして――同時に声を揃えた。


「「め、面倒な女だって思われたくありませんわ(です……)」」


 ガレージに、音にならない空気の振動が走った。


 リヴィアは――


 ゆっくりと笑った。


 般若を思わせるほどに、完璧な笑顔で。


「つまりだ」


 柔らかく、しかし逃げ道を与えない声音で。


「私は“二人分込みで三人分”、面倒な女になれと言っているわけだな?」


 汗が――滝のように流れ始める。


 ミストラルも、ネイラも、揃って顔を青ざめさせた。


 声にならない悲鳴が、同じ形で喉に詰まっていた。



 記憶の影が静かにほどけ、視界は再び夕暮れの廃都市へ戻る。


 ひび割れた舗装路の上を、風が細くなぞる。

 割れた窓に映り込む空はすでに赤みを失い、灰色に沈みかけていた。

 廃れたビルの群れは、無人の静けさの中でただ沈黙を守っている。


 誰もいない。

 戦場と名付けられただけの、空虚な都市。


 リヴィアは息を整え、視線を横へ向けた。


 少し離れた場所で、司が自分のカスケイドを見上げていた。

 外套のように布をまとったその機体は、動かないまま静止している。

 彼は、その影の下に立ちながら――まるで何かを問いかけるように見上げていた。


 出発前のやり取りが、胸の奥でかすかに疼く。


「司」


 呼びかけると、彼の肩がわずかに動いた。


 振り返るよりも先に、短く答えが返る。


「ん?」


 司は視線をカスケイドから外し、こちらへ顔を向けた。


 その表情は、肩の力が抜けている――ように見えた。


「……不安はないの?」


 リヴィアは、言葉を絞るように尋ねた。


「恐怖も。緊張も。初戦なんだから、何かしらはあるでしょう」


 司は一瞬だけ黙り、わずかに目を細めた。


 そして、苦い笑みを浮かべる。


「ネイラとミストラルに、説得しろって頼まれたんだろ?」


 声の調子は軽いが、その奥にある事情までは誤魔化せていなかった。


 リヴィアは眉を寄せる。


「……分かってるなら、安心させなさい」


「努力はしてるよ」


 司は肩をすくめた。


 だが、その顔はまだ曖昧だ。


「2人が言ってたのはさ。

 あくまで“俺”の身を案じて、であって――」


 そこで言葉を切り、少しだけ視線を落とす。


「俺は君の方が心配だ。リヴィアがアリーナや魔物がうろつく戦場だろうがそこに立つっていうんなら、バディとして支えるくらいはするさ」


 その言い方は、妙にあっさりしていた。


 当然のことを言うように、自然で――そして、リヴィアが完全に無防備だった。


 理解が追いつかず、一瞬言葉を失う。


「……え?」


 短い間ののち、ようやく声が出た。


 司は変わらず、落ち着いた表情でこちらを見ている。


 そんな顔を、していい立場か。


 胸の奥が、少しだけ波立った。


 それを悟られまいと、リヴィアは視線を逸らし、吐息を落とす。


「……好きにしなさい」


 短く言い捨てるようにして、くるりと背を向けた。


 その瞬間――


『Master』


 ミスト・シーカー内部から、アゴンの落ち着いた声が響く。


『脈拍上昇を確認。頬部温度も平常値より上昇しています』


「黙っていなさい」


 反射的に言葉が出る。


『Sir.失礼しました』


 アゴンは素直に引き下がる。

 しかし、報告は確かに胸を突いていた。


 ……落ち着け。


 リヴィアは小さく息を吐き、司の気配から視線を外す。


 話題を切り替えるように、少し強めの声で言った。


「さっさと武装コンテナから、あなたの欲しいものを受け取りなさい」


 司は数瞬だけこちらを見つめ――そして、苦笑する。


「了解」


 短く返し、コンテナへ向けて歩き出す。


 荒れた舗装を踏む足音が、夕暮れのアリーナエリアに静かに響いた。


...ᛗᚨᚾᚾᚨᛉ ᛁᛚᛁᚾᛉ ᛞᚨᚷᚨᛉ ᚨᛚᚷᛁᛉ ᛏᛏᚱ...99%...ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ.ᚦᚱᚨᛋ ᚨᚾᛞ ᛊᚨᚾᛋ...



 滝が大陸を断つ異世界ラグラシア

 空の裂け目《セル=ラグラ》より西に広がる大国ルミナルの中心、王城《セル=ブレイア》。


 その最上階に位置する一室は、高い天井と縦長の窓を備え、淡い光を床へ落としていた。

 壁面には金属光沢を帯びた装飾が施され、室内の機器と古い石造りの意匠とが並び立っている。


 窓のそばに立つ人物が一人。

 ルミナル女王陛下であった。


 彼女は顔を含め、全身を簡易式のパワードドレスで覆い、淡い光を帯びた装甲が組み込まれている。

 装着により全長は一七〇センチ台に達していたが、装甲の下にはより小柄な体躯が収まっていた。


 女王陛下の前方、宙空には通信端末のホログラムが展開されている。

 複数の線分と円弧が重なり、地図と識別コード、時刻情報を示していた。


 室内の出入口には二人の近衛が控えている。


 女王の誓約楯アエギス・レギナ筆頭、アルトリウス。

 短く揃えた灰色の髪を後方へ流し、端整にまとめられた面持ちで立っていた。


 その隣に、末席のカリナ。

 薄桃色の髪をセミロングに切り揃え、穏やかな姿勢で待機している。


 二人が身に着けるのは《アエギス・レギナ》の制服。

 白を基調とし、各所に赤のアクセントが配されていた。


 アルトリウスの肩から背へとかけられた大きなマントには、ルミナルの国章が刺繍されている。

 カリナは片肩を覆う小型のマントを装着しており、同じ国章が刻まれていた。


 女王陛下はしばしホログラムを見つめ、その後、わずかに端末へ指を掲げる。

 ホログラムの一部が拡大し、Fランクのアリーナ戦を示す識別情報が表示される。


 やや間を置いてから、女王陛下は背後へ声を発した。


「本日行われるFランク戦へ、観戦機を飛ばしなさい」


 声は落ち着いており、指示は簡潔だった。


 アルトリウスは即座に一歩踏み出し、胸へ手を当てる。


「Oath.御心のままに」


 彼は迷いを見せず、指示をそのまま受け取る。

 続けて軽く頭を下げ、カリナへ視線を送る。


 カリナもそれに倣い、静かに一礼する。


 女王陛下が再びホログラムへ視線を戻すと、二人は入室時と同じ姿勢で退室に移った。

 扉が静かに開かれ、足音が廊下へと遠ざかっていく。


 廊下は白い石材と金属フレームが組み合わされ、均整の取れた装飾が連なっていた。

 アルトリウスは振り返らず前を向いたまま歩みを進め、一定の間隔を保ってカリナがその後を続く。


 歩行の最中、アルトリウスの声が前方に向けて放たれた。


「カリナ。お前の機体、フェザー・リヴァリーで先行しろ。

 戦闘地点を一望できる位置から観戦機を飛ばし、以後は指示を待て」


 その指示は途切れることなく淡々と告げられた。


 カリナはわずかにうなずき、返答した。


「Oath.オーダーを実行します」


 アルトリウスはさらに歩を進める。


「私も後からオース・バスティオンで視察および戦域防衛の名目で現地へ向かう」


 彼は足を止めることなく告げ、廊下の角を抜けたところで、ふいに立ち止まった。


 その動きに合わせ、後方のカリナも踏み出しかけた足を止める。


 アルトリウスはゆっくり振り返り、カリナの方へ顔を向ける。


「念のため、該当試合に出る両チームの詳細を上げろ。

 搭乗者履歴、機体構成、運用傾向――すべてだ」


 短く区切って指示が重ねられる。


 カリナは姿勢を正し、はっきりと返答した。


「Oath.データを収集し、即時送信します」


 廊下の灯りが二人の影を床に落とし、その影は先へと伸びていた。



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