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第一話 出会い①

 


「頑張れ……これが終われば……」


 夜空に満天の星が輝く深夜。俺は一人、大量の書類に囲まれながら独り言を呟く。これはある種の御守りの様なものだ。こうでもしなければ、到底この状況を乗り越えることは出来ない。

 幸いなことは、広い部屋には俺だけだということだ。独り言を幾ら呟いたところで、誰かの邪魔をすることはない。深夜の事務室には俺一人だけだからだ。


「や……やっと……終わった……」


 ひたすらにペンを走らせると、最後の一枚を書き終えた。窓からは朝日が差し込んでいる。俺は太陽の光に眩しさを覚えながら、瞼を閉じた。


 俺の名前はヴェルト・アンダーソン。伯爵家の次男坊である。家督は長男である兄が継ぐことが決まっている為、次男の俺は王都で事務官を勤めているのだ。毎日残業をし、日の出と共に眠りにつく。そして出勤時間になれば、起きて再び仕事に勤しむ。そんな日々を送っている。




 ○




「おい! アンダーソン! 何を寝ている! さっさと仕事をしろ!!」

「……っ!? はい……」


 室長の怒鳴り声と共に、机が蹴られた。その振動で俺は飛び起きる。いつの間にか日が高くなっているのだ。如何やら、寝過ごしてしまったようだ。


「まったく! 皆、真面目に働いているというのに、お前と来たら! 寝ている暇があるなど余裕の様だな! ならば、これも全て任せてもいいな!」

「……えっ!? そんな……」


 一方的に怒声を上げると、室長は俺の机に未処理の書類を積み上げた。それは昨晩片付けた量の倍以上はある。思わず抗議の声を上げる。


「口答えするな! これを仕上げる迄、帰宅することは許さんからな!!」

「……え、いや……その……」


 室長は鋭い睨みと言葉で威圧すると、俺の意見など聞かずに早々に立ち去ってしまった。


「つまり、アンダーソンが、仕事をしてくれるってことだな。俺の分もよろしく」

「これは長官に持っていく書類だが、間違いがあるから訂正してお前が届けてこい」


 同僚達も室長に乗じて、俺の机の上に書類を重ねていく。言いたいことは沢山ある。だが、俺が伯爵家の次男坊であり、我がアンダーソン家には特に秀でたものはない。つまり特に有力貴族でない為、面倒な事務仕事を押し付けているのだ。我が家系は事務仕事だけは優秀である。


「……分かりました」


 溜息と共に了承する旨を伝えた。何方にせよ俺に断る選択肢はないのだ。俺は椅子に座ると、書類を処理する為にペンを走らせた。




 ○




「はぁぁぁ……」


 俺は書類を抱えながら、廊下を歩く。押し付けられた書類は、まだまだ山の様にある。だが長官に退出する書類を届けなければならない。就業の鐘が鳴れば、長官は帰宅してしまうからだ。


「早く提出をして、仕事に戻ろう」


 現在は昼休みの時間であり、廊下を歩く職員の姿はなく。足取りが覚束ない俺の様子を不審に思われる心配はない。そう考えると、昼休み時間に提出書類が完成したことは幸いである。

 長官が居るのは本館だ。中庭に面した外廊下を通り、本館に向かう必要がある。外廊下に通じる廊下へと出る為に角を曲がった。


「……っ!?」

「きゃっ!?」


 注意散漫で角を曲がると、小柄な影が視界に入った。その人影が傾いたのを支える為に、咄嗟に書類を手放す。


「だ、大丈夫ですか!?」


 掴んだ腕の細さに驚きながら、ぶつかりそうになった人物へと声をかける。


「は、はい。ありがとうございます」


 アクアブルーの美しい髪を持つ、令嬢が微笑んだ。





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