見知らぬ、街道
『街』と認識できたのには二つの理由がある。
まず、そこに人がいたこと。肩摩轂撃というほどではないが、天界の屋台のようにたくさんいる。
そして、建物がザ・街であったこと。どこかイギリスのシャーロックホームズを彷彿とさせる近代的な街並感…。
……ん?イギリス?近代的?
「待て待て待て待て」
おかしい。
あれ、聞いていた話と違う。
具体的には場所と時代が違う。
…いや、場所も時代も具体的に言ってないのは俺だ…。
確かにあの女神は言った。地球と環境が酷似している、と。そして多少の違いは動植物のみだ、と。
これはアレだ。俗に言うオワリってやつだ。現代レベルで発展してるならまだしも、この世界に果たして生活保護法なるものが存在するのだろうか…?
すなわち、露頭に迷えば即Death!
冷静に考えても結構ピンチではないだろうか。
「…とりあえず仕事探すか」
一週間前までは高校生活をエンジョイ…してねぇわ。してなかったわ。まあ、それなのにいきなり社会経験を積めというのはいささか無理がある。
ポケットには申し訳程度に銀貨が数枚。俺の今までの知識(全てラノベorマンガorアニメ)からするに、たぶん通貨制度は金銀銅貨だろう。まあ数日は耐えたとしても、職を得られなければ生きていけない。
ということで、ハローワークがてらちょっと散策。
こう、レンガ造りの建物が繋がって連立しているのを確かタウンハウスとか言うらしい。屋根だけがそれぞれ独立していて、建物どうしは隙間一つない。
石畳の街道がそこまで高くはない家々に挟まれて、さらにはレストランのテラスや八百屋の外にある売り場(あれなんて言うんだろ)などなど。
あと、やっぱり見たことないものが沢山。
屋台に売っているものは見知ったものもあれば、形状からして元の世界には絶対に存在しないと言い切れるものまで。
そしてなぜか言語は通じる。俺が日本語と感じるものが共通言語らしい。そういう仕様なんだろうか?やっぱ御都合主義だ。
街を歩き回ってみてわかったことがある。
ここ異世界だわ。
意外にも異世界だわ。結論に至るまでの物証は様々だが、決定的なのはやはり魔法。花屋の店員が空から水を出してそのまま植物にやっていたことにびっくりした。もし魔法に適性がなかったら俺もぜひやってみたいものだ。
俺が飛ばされたのはおそらく昼時。そして最初よりも賑わいが減って空がオレンジがかってきたころ、俗に言うギルドを見つけた。
この世界にもダンジョンなるものはあるのらしい。重装備の戦士や深い帽子を被った「いかにも」な魔法使いなどなど。
そんなゴロツキが集う場所に、のこのことヒョロっちい奴が職を求めてやってくるとは、なんとも滑稽であろう。まあ、ギルドなら求人の掲示板があるだろうと踏んで来たわけだし、俺みたいな安直な考えの人はいくらでもいそう。
下手すれば学校の黒板よりでかい掲示板を端から端まで探してみる。
結果的に俺ができそうな仕事が二つあった。
掃除と手伝い。
どうやら掃除の方が給料がよさそうだ。通貨の単位は知らないが、アラビア数字が使われているので多い方を選ぶのみ。
とりあえず、日が暮れる前に行くとしよう。
学校の黒板よりも大きい掲示板を端から端まで舐め回すように探してみる。
何も仕事の依頼だけでなく、行事のお知らせや迷い猫の張り紙などなど。やっぱりこういうのは地域性が出るんだろうな。
そういうわけで、俺でもできそうな求人を二件だけ見つけた。
掃除と手伝い。
どちらかといえば掃除の方が給料がいいっぽい。まだ単位はよくわからないが、数字は同じアラビア数字らしいから「どっちが特か」ぐらいはわかる。
まあ暗くなる前に広告主を訪ねるとしよう。
「ごめんねぇ、実はもう見つかってて…」
……え?
「そ、そうですか…」
「悪いけど、他を当たってくれるかしら?」
そう言うと、パタンと軽い音をたてて扉が閉まる。
遡ること一時間前…。
俺が先に向かったのは掃除の依頼。ひとまず仕事内容がはっきりしているやつから行こうという算段だ。
まあ、俺自身が掃除好きというのもある。
自身の強みを活かした仕事というのが長続きの秘訣とかなんとか、どっかで見たことがあるような気がするから、とりあえず興味本位で行くことにした。
依頼先は年季の入った宿。二階建ての木造建築なのだが、頭に大きく設置されている看板は斜めに傾いていて、窓はつぎはぎだらけ。ここが俺の新しい職場になるのだろうかと期待しながら足を運んだわけだが…。
ご存知の通りだ。
気のよさそうなおばちゃんが出てきて、仕事の話をしたらあっさりと断られてしまった。
もし次の仕事も断られたら俺はどうしていけばいいだろうか?公務員のような職はないのだろうか?最悪奴隷商かどっかで買い取ってもらうしかない。それか、うん、自決しよう。こんな簡単に命を投げ出しちゃいけないが、それは本当の意味で最終手段だ。
この怪しげな仕事に賭けるしかない。
ビラに書いてあった住所の元へと辿り着く頃には、辺りはすっかり薄暗くなっていた。これが黄昏時というやつなんだろうか?
目の前にあるのは屋根が平らな二階建てのレンガビル。アメリカとかにありそうな雑居ビルのような見た目で、一階の電気のみが点いている。ということは家主はいるな。
小さな階段を登ってドアの隣にあるインターホンらしきボタンを押す。チリリリとやけに弱々しい音を出すと、しばらくしてドアが開いた。
見るとそこには金髪の頭頂部。てことは……。
目線を下の方にやると少女が立っていた。
「こんばんは…。あの、ビラを見てここに来たのですが……」
俺は恐る恐る聞く。依頼人は本当にこの家だろうか?しばらくの無言で心配になる。
「ま、とりあえず中に入って」
ぶっきらぼうに言い放つと少女は中へ戻ってしまった。俺も失礼のないようにお邪魔させてもらう。
応接室のような部屋に案内してもらうと、そこのソファに座ってと、やっぱり愛想のない声で言われたので言う通りに座った。これは心象がいいとは言えないな。
ソファは膝ほどの机を挟んでもう一個ある。そこに雇用主が座るとみた。
一体どんな人なのだろうか、とかなんとか浮かれた気分でいたら目の前にどかっと座ったのはその少女だった。
「で?なんの用?」
冷えてんなあ。
「雇われにきました。ギルドに貼ってあったビラを見てきたんです」
「ああ、あれね。いいわ、採用」
「ヱ?」
「聞こえなかった?採用よ。さ、い、よ、う」
……理解が追いつかない。まず、いきなり採用ってなんだ?まだ面接らしい面接もしてない。え?罠?これ罠?
あと、目の前の子は本当になんなのだろう。早いところ家主を出してほしい。まさかままごとに付き合わされてるわけじゃないよな?
「あの、家主はいらっしゃらないんですか?」
「ここにいるわ」
「ここ?」
「ここ」
そういって自分自身の顔を指差す少女。
「え?君が?」
「何度も言わせんじゃないわ!私がれっきとしたここの家主よ!悪かったわね小さくて!!」
バァンッと見事なまでの台パン。息を荒くして睨みつけてくる。もしかしなくても怒らせてしまったらしい。
「失礼…しました…」
「フンッ!わかればいいわ。じゃあ説明するわよ」
話がどんどん進んでいく。相変わらず声に温度がない。
「まず私の名前ね。このエベルレイ探偵事務所を運営するライカ・エルベレイよ」
ああ、ここは私立探偵事務所な訳か。それで手伝いってことは大方片づけとか事務作業全般だろう。
「ビラの方には手伝いとは書いたけれど、実際のところは私の助手よ」
「助手?」
「安心しなさい。ちゃんと酷使するから」
なんも安心できない。
「残念だけど、福利厚生は期待しない方がいいわ。給料も出るかわからないし」
「…給料が出ない?」
「そうよ」
コイツ、自分で何言ってんのかわかってんのか?堂々と言うものじゃない。無償労働はもはや仕事じゃねえだろ。
「それなら話は別ですね。給料が出ないようであれば他をあたりますが」
「……」
雇用契約の原則は給料だろ。それがないっていうなら俺は迷わずに帰る。帰る家はないが。
「……そうね。正直言って今の状況で給料を払うのは難しいわ。なにせほとんど赤字経営なのよ」
まあ、私立探偵にそこそこの収入が入るのは大きく名が出ることが最低条件だろう。
助手を一人も雇っていないのはそこに経済的余裕がないからと見受けられる。しかしながら、現実は残酷なもので、現にこの部屋の散らかりようはひどいとしか言えない。雑に端に追いやられた本や書類は、きっとさっきまで散乱していたのだろう。これは確かに助手、元い手伝いが必要なわけだ。
「わかりました。では、代わりの案があるのですが、それでもいいでしょうか?」
「まあ内容次第ね」
「実は私自身、今現在家がないんです。給料がちゃんと振り込めるまででいいので、この家に居候してもいいですかね?」
正直、これは命運を賭けた取引だ。強気な姿勢でいかなければならない。我ながら大胆な提案をしたものだが、もうこれ以上の仕事は見つからなさそうだし、手元の数枚の銀貨であと何日生きていけるのかわかったもんじゃない。
しばらくの沈黙。手汗がすごくて思わず拳を強く握ってしまう。
「いいわ」
……マジか。
いや、てっきり断られるかと思ったわ。それがセオリーだし。
「ただし条件があるわ。朝昼晩の食事と、部屋の片づけはやってもらうわ」
「それだけ?」
「それだけ」
悪くはない。そこまでブラックじゃなかった。
「寝る場所は今はないからこのソファで寝てちょうだい。じゃあ早速働いてもらうわ」
早速か。
「晩御飯を作って。食材は冷蔵庫にあるわ」
「何か食べたいものはあります?」
「なんでもいいわ。食材がたくさんあるわけでもないし」
料理がある程度できてよかった。ありがとう前世の俺。
「ああ、それからもう一個。タメ口でいいわ」
「タメ口?」
「そう。私堅苦しいの嫌いなのよ」
いきなりと言われても困る。
「わかった。まあ少しずつそうさせてもらうよ」
まあ、そんなこんなで俺は晴れて、今日から私立探偵事務所の助手(雑用)になった。
たぶんこれから1話あたりの文字数が恐ろしいほど増えるとみたから、上下とかで分ける予定。
にしてもだいぶ期間をあけてしまった。
ほんとにこのシリーズ終わるのか不安になってきた。




