1章 2話 〜とある女神の休憩時間〜
「さてさて、」
アグネスがカウンターの反対側に座った。俺もやっと腰を落ち着かせられるぜ。
「転生先のリクエストについてですが、もう一度説明させてもらいますね」
机からポンっとフリップが湧いて出た。
「便利だなそれ」
「えーっとですね。まずリクエストというのはあくまでも希望の範囲内なので、全部叶うとは限りません」
「まあ、そのくらいは」
「そして、手順としてはこのフリップ通りなのですが」
見せられたフリップには時系列を説明するような図が描かれている。
「まず、『何になりたいか』です」
「人間のままだな。スライムとかろくな事なさそうだし」
「そして、『どこに行きたいか』」
これが重要だ。俺の主人公ライフを大きく左右すると言っても過言ではない。
「どんなところがあるんだ?」
「こちらも図付きで説明しますね」
フリップの絵が波に均される砂浜のように消えて樹形図が出てきた。
「大まかに分けると星は二つに分けられます。魔法がある世界とない世界です」
「アグネスがさっき使ってたのも魔法だよな?」
「そうですね。ちなみに地球も魔法を使う星に分類されています」
「ってことは、誰かが使ってたってことか…。ロマンあるな」
「その反応は意外ですね」
「どういうことだ?」
「いや、地球人って箱の中に人間を閉じ込めたり、物体を凍らせたり熱したりしてるじゃないですか?あれって魔法ですよ」
「あれ違うから。カガク。自然現象を利用してるだけ」
「十分魔法ですよ!」
天界もだいぶ雑な仕事するなオイ。
「まあ、俺は純粋に魔法に興味あるし、ある星がいいかな」
「わかりました。あとは何かありますか?」
「なるべく地球に近い感じの星にしてくれないか?ユゴスとかに飛ばされても困るし」
「努力はしますが…。わかりませんね…」
アグネスが言葉を濁らせると、机からパソコンが生えてきた。…天界にあるんか。しかもちょっと古いし。
「………あー。何件かあります」
「じゃあ、なんとかそこを頼む」
「承知しました!」
まあ、ゼロから始めるなんとかでもいいとは思うが、予備知識を使えるに越したことはない。
「最後は『オプション』ですね」
「ああー。よくアニメで見るようないわゆる『チート』ってやつか」
「そうですね。転生先での生活の支えになるようにと、そんな感じで渡すやつです」
「……そうか…。俺は別に世界征服したいわけじゃないしな…」
「大抵のお客様は魔法とか武器とかですね」
「まあ、そうだろうな」
「なんかありますか?要望がなければテキトーに決めますが」
「…そうだな。もう少し待ってもらえるか?慎重に決めたいんだ」
「できますが…期間は三日ってところですね。転生させるときに付与しますね」
「わかった。サンキューな」
「では、説明は以上となるのであとは自由に過ごしてもらって構いません。何か不明な点があれば指輪に聞いてください。また三日後にお呼びしますね!」
その言葉と同時に、周りの風景がジェンガのように崩れていき、俺はあの天窓の大広間の最下層にぽつんと立っていた。
今までのあらすじをざっとまとめるとこうだ。え?まだ一話なのにこんなに話があちこち行き過ぎて大丈夫なのか、だって?気にするな。
俺は死んで転生することになった。以上。
まったく、次は三日間の自由時間といったところか?やれやれだぜ。
上を見上げれば、天の優しい光が降り注いでいるのがわかる。階層ごとになっているのも相まって、なんだかショッピングモールにいるような気もする。
「そういや…さっき指輪って言ってたよな」
見ると、俺の左手の指に何かはまっている。
「…なんだこれ」
大きめの丸型がついた指輪だ。羊と…魚か?のハーフが描かれている。
「…アウトだろ」
どこぞの城に幽閉されてたお嬢様の指輪に見えるが…。
「で、コレに聞けって言ってたよな」
聞くと言われても、と思いながら指輪を軽くつついてみる。
「何かお困りです?」
「おわッ!しゃべったああ!」
「僕はエスメラルダだよ。君を案内するように言われてるから、よろしくね」
「お、おう…」
指輪から声だけが聞こえてくる。実体はないのだろうか。
「案内か」
「そう。この天界は広すぎるからね」
「なんかゆっくりできそうな場所ないか?」
「あるよ!」
「おっしゃ!案内頼むぜ、エスメラルダ」
「オッケー。じゃあまずこの広間をまっすぐにいって」
改めて見渡すとバカでかい広間である。野球ができるんじゃないか?
四方に伸びた廊下のうち、真正面にある道を進んだ。
「エスメラルダって妖精とかの一種なのか?」
「あながち間違いではないね。正確に言えば僕は精霊だよ」
「正確に?」
「そう。妖精は体がある、でも僕たち精霊には実体がないんだ。幽霊みたいなものだよ。姿を見せられないことはないけど魔力を消費するからあんまりないんだよね」
「なるほどな…」
「ああ、そこの門を右ね」
気づくと少し大きめの十字路にでていた。周りも街のようになっている。もうなんでもあるじゃねえか、天界。
「なんだか騒がしいな」
十字路の中心には芸術的な噴水が置いてあり、どうやらそこに人が集まっているようだ。
「ざわ…ざわ…」
「なんかあったみたいだね」
「ちょっと見に行くか」
十人ほどがみんなして噴水の彫刻をしかめっ面で睨んでいる。
「何があったんだ?」
俺はとりあえず近くの人に聞いてみた。
「ああ、なんか彫刻に貼り紙があってな」
「紙?」
…ダメだ読めん。まるで意味がわからんぞ!今まで見たこともない言語だ。
「救いはすぐそこにある、だね」
エスメラルダの声が聞こえた。
「救い?」
「僕もわかんないけどね」
「…まあ、きっと死んだショックでおかしくなったやつが貼ったんだろ」
他の人も周りに各々の考えを話したり、かと思えば何事もなかったかのように解散する人もいた。
「わからんものには興味ないね。行くか」
何かの伏線なのだろうか?だとしたら雑すぎるか?
「で、右だったよな?」
「そう、その先が目的地だよ」
俺は指示に従い、街の賑わいを聞きながら安息の地へと向かう。
「なあ、エスメラルダ」
「何?」
「やっぱこの人たちって死んでるんだよな」
「そうだね」
「…お前随分平然と言うな」
「そりゃまあ、事実ですから」
やれやれ、とでも言うかのようにため息混じりに言う。
「でも不思議だよな」
「どうして?」
「だって、みんな普通に生活してるんだぜ?」
「確かにそうだけど」
と、エスメラルダが間を置いた。
「…君は日本に生まれたんだよね?」
「そうだ」
「例えば、あのオオカミ男みたいな人」
俺の斜め前方を歩く屈強な獣人のことだろう。
「あの人は戦死したんだ」
「せんし?」
「そう、戦争で命を落とした」
戦争放棄の日本には考えられない響きだ。その戦争の文字が重くのしかかる。
「果物屋の前に立っている赤髪の女性がいるでしょ?」
確かに、店主と談笑しているきれいな女性がいる。笑顔が眩しい素敵な人だな。
「あの人は自殺でココに来てる」
「あの人が?」
「そう」
「冗談はよせよ」
「ホントさ」
「………」
楽しそうな表情からは、自殺の二文字が湧いてこない。
「みんなが普通に生活を送れたわけじゃないんだ。何かの悩みとか、責務とか、逃げ出したいようなことから逃げられずにいるとか」
「…そうなのか」
「だから、君にとっての日常はあの人たちの憧れなんだよ。戦争、社会的圧力、世論、責任、人間関係。すべてが誰にとっても嫌なことだし、すぐにでも逃げ出したい。でもその先にあるのが必ずしも100パーセントの幸せじゃないんだ。それがどんな出口であろうとね」
「…俺にはどんな出口があったんだろうな……」
道半ばで他人に断ち切られた俺の出口は。
「それはこれからわかることだろう?」
「…そうだな」
そうだよな。
「そろそろ着くね」
「そこにドアがあるでしょ?そこを通ったらすぐだよ」
「これが?」
俺はやけに真っ白の建物前にいた。見上げれば尖塔が建物のあちこちにあって、なんだか巨大な教会を思わせるような造りだ。目の前には両開きの大きな木製ドアがずっしりと鎮座していた。
「これ開くのか?」
「手をかざしてみて」
言われたとおりドアにかざしてみる。すると、重そうにズズズと音を立てて内側にゆっくりと開く。と、同時に建物内の光が一気に溢れ出してきた。
「まぶしっ」
「さあ、君がゆっくりできる場所だよ」
「……なんじゃこりゃ…」
言葉を失う、とはこういうことか。
光の先に見たのは、
「……草原?」
ドアの向こうには別の世界が広がっていた。嘘だろ?
「これは俗に言う別次元とかってやつか?」
「まあ、それに近しいものだね」
俺は一歩踏み出してみる。途端、グッと体の内側が引き込まれたような感覚に陥った。
「おわっ!」
ドアの内側へと引きつけられたと思えば、そこはあたり一面が草原だった。後ろにはあのデカいドアもない。
「君は完全に境界の扉をくぐったんだ」
「境界の扉?」
「そう、さっき言ってたように、いわば別次元のようなものなんだ。正確に言えば空間自体が変わってる。その空間のつなぎ目があのドアだよ」
「出るときはどうすりゃいいんだ?」
見た感じ出口のドアなど見当たらない。
「そのときは言ってね」
「わかった」
とりあえず、俺はやっと落ち着けるんだな。転生とか最初は考えらんなかったが、もうこの小一時間でこんだけいろんなもの見せられたら信じるしかないよな。
やはり俺と同じように休息の地を求めるものは他にもいるようで、各々がこのだだっ広い草原で時間を過ごしている。
適当に歩いているとふかふかそうな椅子を発見したものだから、そこに腰を下ろすことにした。
上には青いキャンバスにかすれた筆で描いたような薄い雲がぽつぽつとあった。こういうのを見ていると脳がぼんやりとしてくる。心地よいお日さまのもとで寝そうになるな。
「あれ、カズキさんじゃないですか」
このやけにはずんで明るい声は…
「…アグネスか」
「はい!私です!」
少しも遠慮することなく、俺の隣によいしょと座る。
「仕事は?」
「休憩です、休憩」
「一日中働き詰めなのか」
「いやーそんなことは…ないですが……」
なぜ言葉を濁す。
「おそらく、日本の社会人よりはホワイトかと……」
天国じゃねえか。
「そういや、仕事以外は何してんだ?」
「そうですね…」
少し言葉を選ぶように言って
「…実は…何もしてないんです」
「なにも?」
「いや、何もしてないってわけじゃないんですが…」
「街をふらついたりしないのか?」
「…ひとりじゃつまんないですよ」
……ひとり?
「…なあ、これはもしかしたらパンドラの箱になるかもしれないが…」
俺は慎重に言った。
「もしかしてお前、同期とかいない?」
「ッ!」
どうやらこれがダム崩壊の決め手になってしまったらしい。アグネスの目からボロボロと大粒の涙が落ちてきた。
「…ヒグッ……ぞうでずよ……わだじ友だぢ…いないん゙でず…うわぁぁぁん!」
おい、大声で泣くな。困るだろ…。
「なんか…ごめん」
「ヒギッ………わだしも行きたいでずよぉ……友だちと一緒に街とが………ヒグッ……」
「………」
弱ったな…。俺も友だちが多いほうじゃないから、どうしてやればいいのか。せいぜいネットの中と中学以来のやつだけだ。
「……じゃあ、行くか?」
「………え?」
アグネスが涙腫れした顔を上げた。
「買い物だよ」
「かい…もの?」
「友だちいないんだろ?俺がなるよ。一人目の友だち」
「ほ…ほんと?」
「ああ」
「でも…一日だけじゃないですかぁ……」
「そんなことないって」
「どうせ転生したら忘れちゃうんです……」
あーもう…
「決めた!」
バッと椅子から立ち上がった。
「俺の転生のオプションはお前と友だちになること、どうだ!」
これなら何も言えまい。
「俺がなりたいんだ!」
「………ほんと………ですか…?」
「そう、俺が、なりたいの!」
その言葉を聞いた途端、頬を伝っていた涙を拭いたと思いきや、
「行きましょう!行きましょう!!」
「わかったよ」
やれやれだな。
「というわけで、ここがショッピングモールです!」
広々とした中央通りに、上空を左右する橋の数々、壁は落ち着いたクリーム色にところどころツタが生えている。店どうしは満員電車の座席のようにピタリと隣接し、ざっと見ても百以上はある。
「……これ、どんぐらい広いんだ?」
「そうですねー…。だいたい日本の面積ぐらいでしょうか」
「に、ニホン?!」
それって38万km²だよな…。
「デカ過ぎんだろ……」
「はい。ですので、モール内に移動ネットワークがあります」
「あれか、祠とか、煙突とかみたいなのか?」
「何を言ってるかわかりませんが……たぶんそんな感じです」
「で?行きたいところとかあるのか?」
「んー。とりあえず見て回りましょう!!」
「わかったよ」
それから俺たちはいろいろなところに行った。服屋、雑貨店、レストラン、映画、更にはお化け屋敷みたいなところも。日本ほどの広さだけあってなんでもある。
「見てくださいよ!」
アグネスの目線はショウウィンドウの反対にいる猫に似たような動物に釘付けだった。
「魔獣?」
「それに近しいものですね。にしても……かわいいなぁ……」
「動物を飼ったりしないのか?」
「いえ…。実はあんまりお金がないものですから……」
「金欠女神……」
「そんなことないです!」
「そうか?その割にお前、飯のときとかやけに遠慮がちだったし、服も買ってたの二着だけだし…」
「そ、それはちがッ」
『ドゴォッ!!!』
突然、映画でしか聞いたことないような、腹の底に響くデカい音がした。
とぅーろんぐ