虚無の起源と、第一の預言者
―始まりの記録、眠れる意志が目を覚ます―
扉の向こうに広がっていたのは、時の概念すら曖昧になる異空間だった。
天井は見えず、どこまでも続く螺旋階段と、無数の光の書架。
書物が空中をゆっくりと舞い、言葉の光が壁に浮かぶ。
「ここが……禁書庫。」
ユナが息を呑む。
「想像以上だな。」
レンの目も、どこか懐かしげだった。
(ここは……かつて、俺が“虚無王”として踏み入れた場所でもある。)
彼はここで、虚無という概念に触れた。
すべての魔法の始祖。世界の原初。
そして――破壊と再生を同時に内包する、終わりなき存在。
書架の中心
中央の浮遊台座に、一冊の黒い本が静かに浮かんでいた。
表紙には、銀の魔法刻印。
開く前から、強大な波動が漏れている。
「これは……?」
レンが指を触れた瞬間、空間が凍りつくように静まり返った。
《確認――継承者クロザキ・レン、及び鍵所持者ユナ・エルヒア。
条件一致により、“始源の記録”を開示。》
黒い本が音もなく開き、光が走る。
次の瞬間――彼らの意識は、“記憶の世界”へと引き込まれた。
記憶の中の世界
そこは、現実とは違う――神々の時代。
空は紫、地は白く輝き、世界にはまだ“秩序”が存在しない。
混沌の中に立つ一柱の存在。
それは――第一の預言者《プロフェット・ゼノ=ルカ》。
長い銀髪に琥珀の瞳。
その手には、現在と未来を同時に記す「時の杖」が握られていた。
「見つけたか、“虚無の継承者”よ。」
彼の声は、空間に直接響いた。
「お前は、この力を恐れていた。だからこそ封印し、眠った。
だが運命とは皮肉だ。再び、“鍵”が目を覚まし、物語が動き出した。」
「お前は……?」
「私は“語り部”。この世界が七度滅び、七度蘇った記録を保つ者。
そして、最初に“虚無”という存在を名付けた者だ。」
ユナがそっとレンの袖を掴んだ。
「この人は……未来を知ってる?」
「未来など、幾つもある。だが一つだけ定められているのは――
“君たち二人が世界の“選択”となる”という事実だ。」
「選択……?」
「そう。滅びか、再生か。
そして“虚無”という力は、その“意志”次第でどちらにもなる。」
レンはゆっくりと問う。
「俺の前世は……結局、滅びを選んだのか?」
ゼノ=ルカは静かに首を振った。
「否。君は世界を守った。だが代償に、すべての記憶と感情を失った。
それが、“この世界での生まれ変わり”として君が与えられた罰でもあり、救いでもある。」
ユナがそっと本に手を伸ばすと、ページがめくられた。
『第七の崩壊期にて、虚無の継承者は再び目覚める。
彼の傍に立つ“鍵の乙女”が心を開いたとき、
封じられた“真の虚無”が解き放たれるだろう。』
「“真の虚無”……?」
ゼノ=ルカは最後にこう告げた。
「君たちが出会ったのは偶然ではない。
だが、絆が強くなるほど、世界は揺れる。
この先、お前たちには“選ばねばならぬ時”が来る。」
世界がゆっくりと崩れていく。
「さあ――目覚めよ。継承者たちよ。」
禁書庫・現実世界
「っ――はっ……!」
レンとユナは同時に目を覚ました。
周囲は変わらず禁書庫。
だが、彼らの胸の奥に――確かに“何か”が刻まれていた。
「……見たか?」
「ええ。あの世界……そして、“預言”。」
レンはそっと拳を握った。
(俺は、また力に向き合わねばならない。
だが今度は、ひとりじゃない。)
そのとき、禁書庫の外から、大きな揺れが走った。
「……敵だ!」
空間の結界が破られる音。
“深淵教団”の刺客が、ついに禁書庫にたどり着いたのだった――。