王家の鍵と、虚無の予言書
―“君の存在”が、運命を揺らし始める―
「……“王家の鍵”だと?」
レンは思わず言葉を漏らした。
その単語は、彼の中にある“過去の知識”を、無理やり引きずり出してくる。
王家の鍵――それは、かつて王国を築いた最初の王が残したとされる、禁書庫への封呪鍵。
そこには、世界の真理とされる「古代魔法」、そして“虚無”に関する最古の記録が封じられている。
「ユナ……君の家は、その鍵を“守る”一族だったんだな。」
ユナは少し困った顔で頷いた。
「はい。でも、父はそれについて、ほとんど語りませんでした。
ただ、私に“記憶封印式”を施したとき……こう言ったんです。」
“鍵が揺らぐとき、封印も開かれる。”
“君が記憶を取り戻し始めたとき、それは“世界”が君を求めるときだ。”
レンの眉が動いた。
(……記憶封印。しかも、その解放条件が“世界の変動”。)
これは偶然ではない。
誰かが、あるいは“何か”が、彼女の記憶を“狙って”開かせているのだ。
数日後。
レンとユナは、村の古文書庫へと足を運んでいた。
めったに使われない建物だが、古い魔術書や村の記録が保存されている。
「これ……“虚無の予言書”?」
埃をかぶった本を手に取ったレンは、ページをめくる。
その表紙には、崩れかけた古文字でこう書かれていた:
『世界は七度沈む。最後の沈黙の時、“虚無の王”と“鍵の乙女”が再び巡り合う。』
「……“鍵の乙女”?」
レンはすぐにユナを見た。
ユナは少しだけ頷きながら、自分の胸元のペンダントをそっと握る。
「このペンダント……父がくれたものなんです。
“もし記憶を失っても、これが君を導く”って。」
レンはそれを手に取り、じっと魔力の流れを探った。
(これは……魔導封刻だ。しかも、三重の符印……こんな術式、王家直属の古魔術師しか使えない。)
「つまり、この“鍵”は――王家の禁書庫を開ける本物の鍵ってことだ。」
ユナは目を見開いた。
「禁書庫……そこに、“虚無”の記録が?」
レンはゆっくりと頷いた。
「いや、それだけじゃない。“虚無”の起源……そして、俺が何者なのかさえも、そこにあるかもしれない。」
その夜。
村の北、森の中の古い神殿跡。
そこに一つの影が立っていた。
「……王家の鍵が動き出した、か。」
その声は低く、冷たい。
男はローブを脱ぎ、鋭い金の目を闇に浮かべた。
その背中には、禍々しい刻印――“堕天の印章”が浮かんでいる。
「ならば、我ら《深淵教団》も動く時だ。」
後ろから現れる、無数の黒装束の者たち。
「“虚無の器”が覚醒する前に、“鍵”を奪え。」
「「「イエス、ロード・ゼルハ=ネイ」」」
そして、空が裂けた。
真夜中の静寂を切り裂くように、黒い魔法陣が広がっていく。
世界は、静かに、だが確実に――運命の渦へと引き込まれ始めていた。
エピローグ:
その夜、夢の中で――レンは“かつての自分”の姿を見た。
燃え落ちる空。崩れる大陸。
そして、白いローブを纏った少女が泣いていた。
「……レン……」
その声は、確かにユナだった。
(あれは……“前世”?)
彼の胸の奥で、“何か”がゆっくりと、目を覚まそうとしていた。