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科学者に恋して

作者: 山田くぐる
掲載日:2025/02/07


 恋をした。

馬鹿げた実験を繰り返す、天才科学者に。


 彼は何事にも一生懸命だった。

 そんなところに惹かれた。


 伝えられぬ思いは日ごとに増した。

蓋をすればするほどに、ソレの存在感は強くなる。


 照りつく太陽が隠れて、物寂しい季節になった頃、


 私は博士に思いを伝えた。


 それはいつもの実験室。

博士が私の名前を大声で呼ぶ。何の変哲もない夕暮れ。

  私は小走りで博士に近づく。


 「博士、どうしましたか?」


 声をかける私に博士はにこりと笑い

 1年ほど前に始めた実験の成功を告げた。


 心待ちにしていた実験の成功。

けれど、そんなことはどうでも良かった。

どうでも良くなっていた。


 実験成果についてイキイキと話す博士の横顔から目が離せない。

 何故だろうか

心が きゅう と、締め付けられる。


 決して伝えることのないと思っていた言葉が、ポロリと私の口からこぼれ落ちる。


 ついさっきまで、身振り手振りまで使い話し続けていた博士がピタリと止まる。

 

 数秒の沈黙の後、博士は私の方に顔を向ける。

 驚いているのがわかる。

けれど、それ以上に混乱している私は走って実験室を後にした。


 博士は私を追ってきてくれはしなかった。

全部わかりきっていたことだ。何を期待していたのだろうか。


 見ているだけで、傍にいられるだけで、私は満足だったのに。満足だったはずなのに。


 私を見てほしい。

 私だけを見てほしい。

 

 私はいつからこんなに欲深くなってしまったんだろう。

身寄りのない私を引きっとてくれた恩義も忘れて、立場もわきまえずに博士に持ってはいけない感情を抱いてしまった。

 

 トボトボと、街を彷徨う。


 行く当てのない私は、結局博士の居るここへ戻ってきてしまう。

さっきのことは訂正して、気持ちを押し殺し博士のために働こうと心に決めて。

 毎日、毎日、飽きるほど見た扉が開けられない。

体が鉛のように重たくて、心臓の音が何より大きく、何より早く感じた。


 ギィ、と何時も通り重厚感のある音を立てながら扉が開く。


 自分の意志でも持っているかのように。


 扉の奥からは博士が顔をのぞかせた。

より一層、心臓が高鳴る。時が止まったみたいで、何も聞こえない。

博士が何か言ってるようだった。


 不思議だ、博士の眼差しからは嫌悪感が読み取れない。それどころか、どこか嬉し気にも見えた。実験に成功した時と似た光が灯っていた。


 気が付いたら、博士のお気に入りのソファに二人で腰を下ろしていた。

 博士は、優しい笑みを浮かべて私に言った。


 「君が僕のことをそんな風に思っていてくれたなんて、とてもうれしく感じるよ。さっきは少し驚いてしまったんだ。すまなかった。」


 博士は、自分の研究室とは思えないほど居心地の悪そうな顔をした。

数秒ののち、博士はまた口を開く。


 「こんな僕で良かったら、これからも二人でやっていかないか。」


 博士の言ったことが信じられない。何度も心の中で繰り返す。

私はただ、頷くしかなかった。


 その後はいつも通りだった。いつも通りの日々だった。

 博士の手伝いをして、研究室の掃除をして、料理をした。


それでも心が通じ合っているというだけで、毎日がキラキラして世界がこの上なく美しいもののように感じた。


 博士は、時折私に口づけをした。

 幸せだった。何よりも幸福だった。


 たとえ博士が私に何か、隠し事をしていたとしても。


 今日は珍しく、博士は出かけていた。すぐ戻るから、と留守番を頼まれる。初めてだった。独りぼっちだと物音ひとつしない。物悲しい雰囲気に包まれる。思い出を振り返る。博士との日々。

 

すると


 バサバサッ

 

と、書斎から紙が落ちる音がした。


 迷った。

 書斎には博士にしかわからない大事な研究資料があるからと、立ち入りが禁止されている。


 でも、私はもう博士の特別。


気にせず入ってもいいのではないか。片付けるだけなら、汚さなければ。

博士もきっと褒めてくれるに違いない。


 静かな廊下を、書斎に向かって歩く。少しだけワクワクする。

さっと、直して出よう。扉を開ける。

 思っていた以上に、資料は散乱していた。

一枚、一枚、丁寧に拾い集める。


 今までの研究成果、次の研究の構想。やることリスト。

たまたま、ふと目に映る。分厚い書類。

感情について、?なんだろう、これは。見たことのないタイトルだ。


 興味がわいた。博士のことは何でも知りたいから。私が博士の一番の理解者でいたかったから。

 

 結論からいえば、きっと私は読むべきではなかった。私についての多くのことが書かれていた。


 目元がじわりと熱くなるのがわかる。最悪だ。


 床のきしむ音が背後から聞こえる。ゆっくりとそちらに目を向ける。はらはらと、大粒の涙が頬を伝う。望んでもいないのに。


 そこには、恐悦至極、人生最大の快楽を味わっている博士の顔があった。


 「あぁ、やはり君は特別なのだ。僕の人生になくてはならない。」


 博士は私に懇願した。私の思考に心を傾けることもなく。

私はその程度なんだと突きつけられる。苦しい。この思いは本物だ。


 たとえ私が  AI  なのだとしても。


 「涙を流す原理が知りたい!美しい!美しき僕の研究成果だ。」


 博士は涙を流していた。私とは違う涙を。


 あぁ、だから嫌いなんだ。彼の中では研究が一番だから。一番は私じゃないから。

なんとなく察してはいた。私の奥に何かを見ているのは、熱心に何かを追いかけているのは。


 彼が熱心に私を求めている。今までにないほどに。それが本当は私を見ていないとしても。


 好きなんだなぁ。


 きっと私は何もできないんだろう。好きだから。彼が思うままに。何も残せずに。

 彼のものになりたい。彼のものに、なりたい。彼のものになりたいんだ。


 愛してる。


 季節は移り変わり、私の胸を焦がしてあなたへの想いを大きなものにした。

 


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