緑天の月夜に浮かぶ、紅き双子星
極地で人気のオーロラを見た事はあるだろうか。空に引かれた緑のカーテンが星空を覆う。幻想的な美しさとは裏腹に、その正体は厳しい気候だったり、不安定な大気の状態だったりするのだが、大空を舞う美しい姿に感動してしまうのは確かだ。
厳しいな環境下で暮らすものへのご褒美なのだろうか。過酷さならば、現在の我が国も厳しいと言わざるを得まい。そしてこんな話を私は聞いた。それは初夏の満月の夜になると見えるという不可思議な現象について、だ。
本題に入る前に軽く自己紹介をしておくとしよう。私の名は進藤 慶一という。いまはしがない記者をしている。オカルト雑誌で編集を行う、たった四名の雑誌社の社長兼記者だ。
私は都内のとある会社で営業仕事をしていた。‥‥ある日身に覚えのない理由で職を失った。
取引先の会社の相手との、ちょっとした行き違いで起きた同僚のミス。私は関わりがあまりなかったのに、何故かミスをなすりつけられた。クビになったのだ。途方にくれていた私に、仕事を紹介してくれたのは、金城マヤという女性だ。彼女とは、冬場になると雪山の絶景が見られるという町の居酒屋で出会った。
マヤはその町にある酒造会社の社長をしていた。変わった女性なのは金髪金眼の異国人だからと思っていた────が違った。
「私は金星人なんだよ。だから本当は金星マヤなの」
……異星人と豪語する電波女性だった。類は友を呼ぶというように、彼女が私に紹介してくれた仕事先は、私の甥が勤める雑誌社だった。
あの真守グループの会長、真守葉摘が趣味で始めたというWEB雑誌。オカルト好きとは聞いていたが、大学卒業後に会社まで作るなど、彼女は普通ではない証だ。
大企業の会長として多忙な彼女──真守葉摘にかわる責任者として、私が選ばれたのだろう。
私が会社をクビになったのは、裏で真守葉摘が動いていたと言われても納得してしまう。もっとも、それを口にする勇気は私にはない。彼女に見つかった時点で私も甥も運命というものが定まったのかもしれない。
ちなみに金星人を自称するマヤは、ほがらかで能天気な娘だ。真守葉摘のような怖さはなく、異星人だからと言って特別な力のようなものは感じなかった。金星人だとか戯言を吐かなければ美人なのに、残念なことだと思った。
マヤは仕事の他に、金魚ビールなる怪しげな飲み物を教えてくれた。どうも金魚が好きらしい。金魚人について熱く語っていた。大半何を言っているのかわからないが‥‥まあそういう娘なのだろう。
お礼がてら私はマヤに、炭酸ゼリーを使った金魚鉢ゼリーを教えてあげた。クリームソーダに使うメロンソーダの中に、金魚に見立てたチェリーを浮かべてゼリー状に固めるのだ。チェリーの実を上手いことカットし、実についた枝は外さないのが私のコツだ。
ゼリーが固まった後に、白いバニラアイスを浮かぶ雲として乗せる。暑い夏にピッタリのクリームソーダゼリーになると教えてやると、喜ばれた。ブルーハワイのシロップでは水の中ではなく海や空に見えてしまうから駄目なのだ。
金髪の細く長い髪の美しい彼女に、日本の和がもたらす美がわかると、私もまた嬉しくなったものだ。炭酸ゼリーは実は作り方はよくわかっていない。だからネットで調べるようにすすめておいた。
そんなマヤから噂話を聞いたのだ。真夏の夜の‥‥蜃気楼のごとき噂を。その話はちょうど彼女に話して聞かせた、クリームソーダのような怪奇現象の話だった。
クリームソーダゼリーの話の後に、荒唐無稽な話をしてくるなんてからかっているのかと思った。
────満月の夜の日に、真守葉摘に呼び出されて緑天の星空を見るまでは。
夜空に白く輝く満月が浮かぶ。美しい月光に照らされた世界を染める上げるかのように、エメラルドグリーンの風が吹き荒れる。満月の明かりが一面緑に変わる。そして美しい私達の住まうこの世界を壊すために‥‥不吉を纏う紅い双子星が現れるという。
紅い双子星が月と重なると、輝く満月がバニラアイスのように見えてくるから不思議だ。そして緑天に染まった大空が、メロン色のクリームソーダに見える錯覚を起こす。
どうしてマヤはこんな噂話を私に知らせたのだろう。金星人のことや金魚人の話も本当なのだろうか。
「血のように紅い月、ブラッドムーンとは何が違うのかね」
私より物を知り、神秘的な事やオカルト的な事に詳しいはずの真守葉摘が素朴な疑問を口にする。今夜、この不思議な現象が見られると知って、呼び出したのは彼女の方だ。私より知識が薄いわけがない。
月が出ているのに、月に似た形の紅い双子星が出現する──それがこの才女には不思議で面白いようだ。
不吉な緑色の夜空を見上げて、真守葉摘は何かしきりに呟いていた。彼女はマヤから話を聞いているはずだ。私に話を振ったのは、確認のためなのだろう。
「月が輝くのは太陽の光を受けてのこと。そして月が赤くなるのは大気の環境によるものだよ」
私がいちいち説明などしなくても、頭の良い彼女なら知っているはず。撮影をする助手の私の甥のために、私は説明を加えた。
月が赤黒く見える現象は、いわゆる皆既月食だ。また大気中の塵などが多いほど月は赤く見えるという。
「光の加減で見え方が変わる‥‥か。だがこの満月は白い──な」
私の説明では、白い満月が輝く事に矛盾が生じる。わかっていて尋ねているにしても、私にはそれ以上知識はない。不可思議な現象を前に案内役として、一般的な知識の披露で充分役目を果たした。
オーロラのようなエメラルドグリーンの風は磁場の荒れた証なのだろうか。気象の専門家ではないので詳しい原理はわからないが、異常気象の続く現状を見ると、不吉の前触れとして考えられる事には納得がいく。美しい幻想的な景色。だが忘れてはいけないのだ。
紅い双子星は、そんな世界を破壊する────不吉の象徴なのだということを。
「ふむ‥‥あの双子星は、皆既月食のような環境がもたらした、怪奇現象の一種なのかもしれないな。ただし月光が塵に汚されたのではないね。地軸を結ぶ龍脈のもたらす地場が‥‥ね」
いままで見えなかったものが、磁場の変化により姿を現した‥‥が正しいようだ。緑の風は初夏の風。初夏といえば天気は荒れやすい。
「マヤが火星人の侵略だと騒いでいるようだが?」
噂話とセットで マヤがこの現象は火星人の仕業だと怒っていた。金星人である自分達を保護する私達の国を、狙っているのだそうだ。紅い双子星は暁の比喩か。ならば暁月夜は金星を喰らおうしている‥‥。
「あながち間違いではないが‥‥火を重ねると炎となるように、双子星は炎禍の象徴だ。月や金星よりも喰らうのは水さ」
この幻象というべき世界をこの目で見ても、まだ私は担がれている気がしてならない。災禍の到来など、信じたくないのだ。
◇
しかしこの現象を境に、災いの日々が始まった。私の希望を踏みにじるかのように‥‥炎禍は訪れた。列島を包み込む熱波のドームは、紅い双子星が熱い気圧の種を爆発させたような酷い暑さを生じさせた。
各地が人の身体の熱量を超えるような暑さに襲われ、地獄の釜で茹でられているかのようだった。
酷い嵐も発生し、激しい雷雨は人々の営む地を壊すばかりで、涼やかな風を奪った。
各地に頻発する揺れは、耐え忍ぶ人々の不安な心を揺るがす震えに変わる。
これ以上ない災禍の嵐。それでもまだ序の口だという。過去に打ち込まれた二つの災禍の爆弾に比べれば涼しいくらいだと、真守葉摘は消え始めた双子星を睨んで言うのだったが。
◇
「火星は戦いの象徴。火星人とはいずれ戦う事になるんだよ」
緑天の夜空の噂を教えてくれたマヤはそう言っていた。すでに世界は火星人に取り込まれている。まともな誠意も論理も通じないと感じたように、言葉は彼らの耳には届かない。
「そう悲観することでもないよ。この国の民は神事の昔から火の民と向きあい、戦い続けて来ている。緑天の夜空を今一度見たまえ」
あの時────真守葉摘は不敵に微笑み、悲嘆する私に災禍の前触れをもう一度見るように告げた。この不吉ながらも神秘的な現象は、満月が夜空高く昇る前には消えてなくなる。
まるでクリームソーダのなかでアイスクリームが溶けてゆくように。溶けたアイスクリームが雲のように夜空を覆う。
紅い双子星は満月の光と雲間に浮かんで出来た大きな闇の口に、パクリッと食われたかのように消えた。
紅い双子星が、暁月夜に金星を喰らう事はなく、闇の帳が荒ぶる炎を鎮火するのだ。
「まるで道化たピエロのようだな」
私は闇に呑まれて欠けた双子星を見て、己の矮小さと比較して呟いた。真っ赤な星はまるでピエロの鼻だ。溶け出したアイスクリームはピエロの白化粧のようにも映る。
雲間の闇は赤く縁取られて輝き、残ったもう一つの紅い星を口の中に放り込むチェリーのように食らった。
自称金星人のマヤが警告して来なければ、この幻想的な夜空を見る事なく眠っていただろう。何も知らず酷暑をもたらす気象に文句を述べていられたのなら、どんなに楽だったことか。
「知ってしまってからボヤいたって、溶けて混じったクリームソーダは元に戻りませんよ、慶一叔父さん」
あの日、私に語り部を任せて撮影に回っていた甥っ子が生意気な事を言って慰めて来た。ビデオカメラやスマートフォンなど映像機器には結局残せなかった。
唯一残せたのは私の趣味で使うカメラの写真の一枚だけだ。磁場の狂いにより、肉眼でさえこの現象を確認するのは容易ではないと今更知った。
「信じる信じないはともかく、マヤはあれでも金星人達の巫女姫なのさ。能力がないようで視える能力はあるんだよ」
「伝え方の問題なんだよね。あれじゃただの頭のおかしい地雷女だもんな」
金星人と名乗る金城マヤは天然の金星人だ。天然と言ったのは、純粋な金星人ということ。金星人に天然も養殖も何もないと思うが、金魚人と区別するためらしい。
私達が緑天の月夜を見る事が出来たのは、マヤが見える場所を教えてくれたからだった。
「緑天も、月夜の美しさも街中にいたのでは見られない光景だが‥‥虫に襲われるより災禍の方がマシだったよ」
幻想的な景色を拝見する機会を得たかわりに、私達は降って湧いた虫の大群に襲われた。
あの緑天の夜空と不吉な紅い双子星の発見者が極端に少ないのは、双子星の種から湧く大量の藪蚊と蛭に刺されて亡くなるせいだった。
真守葉摘がいなければ、私も甥も虫に食われて屍を野に晒していたかと思うとゾッとする。
マヤがその事について何も触れなかったのは、金魚人達にはごちそうだからだそうだ。
「どんなに暑くても、しばらくはクリームソーダを食べたいとは思わないだろうな」
私達はそう言って、あの晩笑いあった。しかし‥‥いざ炎天下の日々が訪れた時、満面の笑みを浮かべたマヤがやって来て告げた。
「慶一! 金魚ビールを使ったクリームソーダの金魚ゼリーが出来たから食べてみて────!!」
暑さの記録が更新された真っ昼間に、雑誌社へとマヤが護衛を引き連れて飛び込んで来た。真守葉摘は予期していたようにニヤリと笑う。甥っ子と事務の子はそっと目線を外して知らんぷりをした。
思い出したよ……双子星は二つの星だという事を。緑天の夜空に浮かぶ紅い双子星は、私の災難の種も発芽させていたようだ。
◇
◇
◇
「酷い目に合ったよ。ざっくりとクリームソーダゼリーの作り方を教えたはずなのに、金魚に見立てたチェリーが鮪になっていたんだよ」
私は真守葉摘が雑誌社を訪れたタイミングを見計らって、私はマヤ達から受けた試食試飲という名の拷問をボヤいた。
「彼女たちなりの歓迎なのだよ。それで何か話があるのかい」
察しのよいお嬢様だ。雑誌社の社長室は、私ではなく真守葉摘用に空けてある。社員二人がお昼ごはんを食べに出た隙にやって来たのは、彼女の方も私に告げることかあったのだとわかった。
「緑天の夜空と双子星には続きがあるのだよ。あの時大量に湧いたのは吸血をおこなう生命だったろう」
蚊や蛭はたしかに人や動物の血を吸う。双子星が紅いのは、血を吸って集められたというのか。
「逆だよ。吸い集めるのではなくて、吐いて広める。あの光景は双子星を作る感染虫たちの塊。闇に溶けたように見えたのは、狩り場に散った姿だったわけだ」
真守葉摘は簡単に言うが、要するに生物兵器のようなものではないか。細菌兵器の方が正しいか。
昔から血に対しての穢れや差別的な考えはあった。穢れに対する畏れや、血は阿世などと言い換えられた理由の一つが見えない感染病への対策だったと考えられていたのかもしれない。
「まあ、不確かなことで実際はわからない事さ。今回はマヤのおかげで防ぐ事が出来た」
「双子星が消えたのは‥‥散ったんじゃなくて貴女の仕業か」
あの時の双子星は溶けるように消えた。本来なら分散して崩れるように瓦解するそうだ。
「クソ不味いかもしれないが、金星人の提供する鮪や鰹は薬草だ。虫に食われたくなければ、せっせと摂取したまえ」
クリームソーダ味にわざわざ鮪などを投入したのは、異星人の味覚がおかしいわけではなくて安心した。
嘘か真か私には判断し難い話だったが、クリームソーダ味の鮪の金魚ゼリーを食べ、金魚ビールを飲むと病気にかかりにくい身体になるのだとか。
バカバカしいと思うのならば、一度雪の降る雪山の町へ行き、居酒屋でクリームソーダゼリーを頼むといい。浮かぶ金魚が鮪か鰹かはたまたタマコンニャクウオか。チェリーを引き当てれば確変……ではなく身体改変、大当たり確定間違いなしだそうだ。
お読みいただきありがとうございます。この物語は公式企画夏のホラー2024うわさ、個人企画クリームソーダ祭りの投稿作品となります。
最後のチェリーのスロットネタは、オリンピックで確定ガチャのように、当たり確定の条件発生みたいなものです。