2話
神聖国家【キョウド】の首都圏内、【カイセの街】のはじっこにボロっと建つ【宿屋・休み処】の2階にある一室。そこからゼンジの一日は始まる。
「昨日書いたときは最高によかったはず⋯⋯! なんでこんなしょーもないんだ、俺の言葉は」
“死に死に死に死に死に晒せ、世界は丸ごと俺のもんだ”――寝起き十秒、額縁にいれて枕元に飾っておいたメモ用紙を見つめながら、ゼンジは恥辱に悶えていた。
「魔王かよ! つーーかこれじゃピリリカさんのパクりじゃねえか!」
「うっせえぞ隣の! 早朝から騒いでんじゃねえ! こっちは新魔王のおかげで寝不足なんだクソモンスターどもめっ!」
「――!」
隣室からの野太い怒鳴り声に、ハッとしたゼンジは大慌てで“遮音”の結界魔法を展開して“癒しのそよ風”を送る。昨夜、ピリカの一曲に全財産を投じて、件のモンスターを三匹ほど狩った報酬で行きつけの安宿に泊まったゼンジ。
同志として(すまない隣の冒険者殿よ、割腹の思いだ)申し訳なさでいっぱいになっての行動だったのだが。
「ハッ――! すぐに人の気持ちを察したりとかそーゆうのやめようって決めただろう!」
ゼンジは思い直した。
「よ、よーーし、ゆってやろうじゃねえか! お、オイコラ隣のオッサン! あんた、いや、お前の声の方がやかまチッ、いってえ舌かんだあーーーーーーッ!」
くしくもヤメたはずの善意からだした遮音の結界が、ゼンジの悲鳴を室内にとどめる。
「まっいいやそれより歌詞だ!」
こんなにウキウキするのはいつぶりだろう、いや生まれて三十年、初となる感情かもしれない。少年心とは、これなのだろうか。
机の上、ぐしゃぐしゃに丸めた用紙のゴミの山から、白紙を一枚手にとって、ペンをにぎる。
心情をうつすように汚れのひとつもないそれは、リスタートを決意したゼンジの心火を焚きつける。
「よし書こう」
ペン先を白紙に近づける。眉間にシワが寄る。穴が空きそうなほど見つめてみる。見つめてみる⋯⋯。見つめて⋯⋯見る。
しかし一向に手が動かない。
「いざ書くとなるとなーーんも思い浮かばん。 どーすんのこれ」
昨夜はその心の昂りのままペンが走った。豪雨のように言葉がふりそそいだのだ。
いや、ふりそそいだ気がしたんだけど。
「困ったぞ」
ゴミの山から紙クズを一枚一枚広げて見ると、どれもこれも先のパクリ歌詞と似通った内容。
“死に死に”から始まり、やれ“世界は丸ごとこの手の中”だの、“世界丸ごと握りつぶしたジュースで俺は星空と乾杯する”だの、“世界は塩漬け、俺は動かせる”だの、かなりイタい。
「魔王一家の大喜利大会かよ⋯⋯」
てツッコミにまた魔王をチョイスしてどーする――ゼンジは生まれて初となるセルフツッコミをした。
(そんなだから歌詞だってループしているんだ、俺の語彙力は城が砂山になるまで魔法球ぶちこんだら『ごめんなさい、世界は元通りになりましたから! ごめんなさい!』しか喋らなくなったいつぞやのジジイと同程度かよぉ⋯⋯)
「待て」
――あいつも魔王だったじゃねえかあああ!と、ゼンジは本日二度目に頭をかかえる。⋯⋯悶える仕草まで一辺倒とは、芸のない自分がイヤになりそうになったが。
「――っ! 偉大なる芸術家たちの多くは散歩とコーヒーを愛したという」
壁に飾られた花瓶の絵が視界に入ったとき、偉大なるひらめきを得た。もちろん手はアゴに、目はキリッとしている。
ボロ宿に似合わない水彩画で、以前(もしや⋯⋯?)と確認したところ、隣室に繋がるであろう小さな穴があったが⋯⋯(なるほど、画家が道端の野花を描くように、人を描くというのもアリなのか)
これまで人々に時間を費やすのみだったゼンジは娯楽とは縁が遠かった。
知識はあれど、経験はない。歌詞なんてとてもではないが、理解するほど聞いたこともない。(最後に歌を聞いたのはいつだっけかなあ⋯⋯ああ、枝にひっかかった風船を取ったお礼に、少女が聖歌を披露してくれたのがそうだ)
半年ほど前だろうか。当然、昨夜のピリカのそれをのぞくとではあるが。
「俺、世界中の人々を幸せにするって頑張っても、楽しみのひとつもなかったんだな」
ふるふるふる――ゼンジは沈みかけた感情に首をふって、情熱で上書きする。
今日から俺は俺を幸せにするため頑張るんだ――!
「よし」
紙とペンとキーを持ってポケットにつっこみサンダルに履き替え、口元にバンダナを巻くと剣のない鞘を背中にかけパーカーのフードをあげ、ドアをあける。
同時に、隣室のドアもギギっとあいた。
「ああ、お隣さん⋯⋯。 さっきは大声すみませんでした、次から気をつけますので」
「ああ? ああ、こっちこそ寝不足でイラついて怒鳴ったりして⋯⋯アンノウンヒーロー? あんた、バンダナ隠しの英雄だったのか!?」
「――しまった!」ゼンジは嘘をついたことがなかった。
「⋯⋯演劇の衣装を部屋から着てしまうとはプールにうかれる子供じゃないんだから!」
なんとか言葉をつむぎ、音を置き去りにする速さでバンダナを外すゼンジ。
「いやあお騒がせを、それではまた!」
足を踏み出しながらゼンジは思う。
(我ながらうまく誤魔化せた⋯⋯! これはいい歌詞が思いつきそうな予感⋯⋯! けど、いつのまにかいつものクセで。 もう顔を隠して生きる必要はないのに、危ない、顔バレするとこだった⋯⋯)
危機が迫ると語彙も増えるもんだ、と、自画自賛と重荷をおろした開放感からステップを踏みながら床を蹴って窓から飛び出したゼンジの耳には、
「今の動き⋯⋯まじでまじかよ本物じゃねえか。 あんな顔だったのかよ」
噂ほどは男前じゃねえな――小太りな山賊顔の男のつぶやきなど、届くはずもなかった。




